滅殺ブラッドジェノサイダーZERO

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■滅殺ブラッドジェノサイダー

「坂道?」
 横を歩くアユミちゃんに、僕は続ける。
「うん、さっきヘンな猫が言ってたんだ。そこへ行けば終わるかもって」
「坂道……坂道かぁ」
 場所は綺麗な住宅地。人の気配はまるでない。2人分の足音だけが反響している。
「あ、そうだ。確かすぐそこにあるはずだよ、長い坂道」
「マジ?」
「うん。えっとね……この学校を抜けた方が近いと思う」
「ほほう」
 立ち止まる。
 すぐ右手に見えた駐車場入り口。大きな建物、学校の裏口だった。
 縁条第一中学と書かれている。
「……行きますか」
「うん、行ってみよー」
 チェーンを跨いで足を進める。
 電灯の明かりを頼りに校舎脇を抜け、広い運動場へと出た。
「……あ、確かに坂道」
「でしょ?」
 遠く、正門の向こうの方に、住宅に挟まれた坂道が見えた。
 何の変哲もない道路。
 本当に、あこへ行けば終わるのだろうか?
「……シンジ君」
 そんな問答をしてる暇はなかった。
 夜風が駆ける。
 広いグラウンドの出口で、その野良犬みたいな少女は待ち構えていた。
「…………」
 セミロングの茶髪。恐らくアユミちゃんと同年代だけど。
「……アユミちゃん、知ってる人?」
「ううん、知らない人」
「そう。僕の知り合いでもないし、幽々子さんみたいに一般市民ってわけでもなさそうだ」
 カッターナイフの呪縛を起動。
 熱と共に掌から輸血されていく情報。どこかの残酷少女の身体能力。
「条件は揃った。たぶん、あの子がこの夜のラスボスだね」
「誰がラスボスよ、ったく……ああめんどくせー」
「え?」
 その子はやたら気怠そうに言った。
 ぶっきらぼうに髪を掻き上げながら、僕のカッターナイフを見て、ごくごく自然にその
名を言った。
「吸血侯爵の人食い鏡……うげ、手配中の危険物持ちなんて、本当ツいてない……ねぇ、
それ、いま中身は誰の血液よ?」
「え……いま、なんて?」
 舌打ちされる。
 このカッターナイフを知ってる? あれ? なんで?
「あー、網名市所属の柊ゆかりちゃん権限で、いまこの瞬間に宣言します」
「!? あなた、まさか——!」
 何やらアユミちゃんが息を呑んでいる。
 ちゃりちゃりと揺れるドッグタグ。
 中学生くらいの茶髪の少女は、僕に向かって拳を構え、夜そのもののような瞳で吐き捨
てた。
「……お兄さん有害認定決定ね。死刑」
 ずだんっ、と嘘みたいに飛んできた。
「「!?」」
 どこぞの邪悪プリンセスもかくやという速度。
 僕らは反射で散開し、振り下ろされた鬼のような拳を回避するが。
「あいそこ。死ね」
「!?」
 一瞬の間も置かず僕に振り返り、光を纏った拳を振り下ろしてくる!
「ぐ!」
 カッターナイフと拳が衝突。
「ふん……」
 火花を散らしながら、少女の右拳が僕を押し潰そうとしてくる。何なんだこの光。掌を
伝って筋肉を痺れさせてくる。
「お兄さんシロウトでしょ。だめだよーそんな危険物盗んだりしちゃ。何が目的か知らな
いけどね、やっていいことと悪いことってあるじゃん?」
「別に、盗んだわけじゃ……!」
「へいへい。泥棒はみんなそう言うんだよー」
 軽く言いながら少女の左手が動いた。
「!」
 情けない、男子にあるまじき声を漏らしそうだった。
 右拳だけで両腕がふさがれてるって言うのに、彼女の左手は、いつの間にか短剣を握っ
ていたのだ。
 本当ハサミで紙でも切るように振り上げられる。慣れた手つき。殺される!?
「ストップ! 待って! 待って下さい!」
「あん?」
 と、アユミちゃんが彼女の背後で叫んでいた。
「あの、あのあのあのですね。あなた、アレでしょ? わたしと同じアレですよね絶対」
「アレと言われりゃ誰だって当てはまるだろうけど、何よ。まさか、あんたみたいなぬっ
っっるい顔した女の子が、私の同業者だとでも言いたいわけ?」
「そのまさかです! シンジ君は有害なんかじゃないです! だから、ストップ!」
「………」
 不服そうな表情。変わらず右手だけで僕を圧倒し、左手は振り上げられている。
「……問1。第一現象の正式名と、その内容を詳細に答えよ」
「え?」
「初歩の初歩でしょ。これ答えられないんじゃ詐称と見なしてあんたも有害。さあ答えて、
いますぐこの場で」
「あ……ぅ、その……えっと」
 強く言われて、アユミちゃんが視線を巡らせる。
 ハッと希望の笑顔で答えようとする。
 が、僕を見て固まった。
「うわ……うわあああ……」
 絶望したように頭を抱えた。
 なんだ。何の話してるのか、何故にアユミちゃんが僕を見て困るのかも分からない。と
りあえず助けて。一刻も早く。
 アユミちゃんは言葉を濁しながら答えた。
「ゆ……ユーレイ。ユーレイです、第1番的なそのポジションにはユーレイ的な何かそう
いうやつが収まって和解を」
「交渉決裂よ。用語がひとつも出てないじゃない」
 濁しすぎだった。
「うおわあああああっ!!」
「チ」
 髪が散る。
 振り下ろされた短剣を情けない体勢で回避した。
 即座にカッターナイフの機能ツー、こいつが蓄えた呪いを発動。4つのカマイタチが、謎
の少女に威嚇を投げる!
「はっ!」
「げ!?」
 威嚇だったのに、4つすべてを叩き落とされてしまった。
 拳で。
 何なんだ一体。あの手と短剣を覆う光。触れた途端、ばちんばちんと掻き消されてしま
った。
 少女は、切れ目の入ったロングTシャツを観察して言った。
「……切断の呪いか。なんつー悪質な」
 ざ、と1歩間合いを詰めてくる。
 僕の前にアユミちゃんが滑り込んでくる。
「ストップ、ストーップ! だめだってば! 本当に敵じゃないんだってば!」
「はいはい、悪党は得てして進退窮まったらそう言うんだよ。あんたらなんでしょ、この
街をわけわかんねー状態にしてる犯人。ふざけんなっつの。こっちは大事な仕事の真っ最
中だったのに」
 ああダメだ。
 すげーイライラしてるよこの人。冗談言っても即殴られそうなふいんき(何故か変換で
きない)だよ。どうやったって、和解なんて出来そうにない。
 だがアユミちゃんは強かった。素晴らしい機転を利かせてくれた。
「だっ、大体! あなたこの街の所属じゃないよね!? どうして網名市のアレさんが、
こんなところで仕事してるのさ!?」
「ぶッ」
 咽せた。
 痛いところを突いたらしい。ナイス!
 少女は足を止めないままで、暗雲を纏って語り始めた。
「違うんだよ……ここんとこイヤなことが多かったから、ちょ〜っと『ああ、私誰かに不
幸の呪いかけられてんじゃね? わはー』って呟いただけなんだよ……」
 なるほど。いまこの街で、その手の独り言は禁句だろう。少女の周囲には現実化した不
幸オーラがくっきり見えた。
「私は柊ゆかりちゃん、通称滅殺ブラッドジェノサイダー……」
 アンラッキーの呪いに苛まれながら、ふらふらと亡霊のように近付いてくる。
「そうだねー。確かに私、いま領域侵犯してるよねー」
「そ、そうです! だからいいかげん平和的に和解を!」
「そうだねー。いろいろと問題だもんねー。だから、さ」
 少女、柊さんは、満面の笑顔で拳を握った。
 肩をいからせ。
 息を吸い込み。
「目撃者は、消えろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっ!!!!」
 めちゃくちゃな子だった!
「もうやだ、何なのよこの街、次から次へと不幸ばっか押し寄せて来て! 楽しいか!?
私をいじめるのがそんなに楽しいのか!? ちくしょぉおおおおお!!!」
 八つ当たり気味な叫びを上げて、盛大に涙を振りまきながら、鬼の形相で走り来る。
 きっととてつもない不幸に襲われてきたのだろう。
 いまも彼女の頭上に何かが現れ、周囲を影で覆っている。
「ぢゅわああああっぢぃいいいい」
「ぼむぎゅ!?」
 不幸にも巨大な右手に踏み潰された。地震。ビッグになった朝野君だった。
「「「……………………」」」
 いやさ、だめだよ朝野君。
 転んで女の子踏み潰すなんてよくないよ。
「あ、九条君や。夢の中で会うなんて奇遇やなぁ」
「そ、そうだね」
 デカ朝野君と会話する。胸に響く大音声。
「俺はもうちょい、あっちの方でスターウォーズしてくるさかい。ほなさいなら〜」
「そ、そう。がんばってね」
「だぁぁああああっはっはっはっはあああああああああああ!!!」
 両腕を伸ばして飛んでいく。
 無情だ。
 どれだけ人間対人間で高レベルな戦いをしようと、しょせん1人の巨人の出現でパワー
バランスは壊れてしまうのだ。
「………い、痛いー」
 何故か関西弁。無惨にめり込んだ女の子。
 そうだねどんだけ強くても人間だよね。あれでまだ気絶してないのがすごいけど。
「もうやだ、もう耐えられない……早く地元に帰りたい……がく」
 力尽きた。
 それきりぴくりとも動かない。
「「…………」」
 ひゅーと秋風駆け抜ける。一応4月1日らしいけど。
「よし、行こう」
「……そうだね」
 僕らは事件の解決を優先した。




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