滅殺ブラッドジェノサイダーZERO

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■最悪の敵

 アユミちゃんが元気に号令。
「よーし、頑張って犯人さんを捕まえよー! おーっ!」
「おぉー!」
 僕たちは、一般異常者の幽々子さんと共に、外国のヘリに襲われていたところをある人
物に助けられた。
 巨大化した朝野君。
 僕らが固唾を呑んで見守る目の前で、戦闘ヘリを全滅させるや否や、空から降ってきた
宇宙戦艦を朝野君が受け止めたのがつい5分前。「行け、行くんや九条君! もう振り返
るな、とっとと行けぇぇえええええええええ!!」などと感動の別れを乗り越えて、僕た
ちはいま、駅前を歩いているところだった。
「ところでねシンジ君。見てあの時計」
「え? ああ、あのよくある駅前の時計がどうかしたの?」
「うん。ほら、少しだけ時間が進んでる気がしない?」
「あホントだー。まったく、今度クレーム入れないとだねー」
「だよねー。時間に正確なはずの国鉄が、時間を間違えるなんておかしいよねー。わたし、
自分の記憶が飛んで、こっそり何かがなかったことにされたのかと思ったよー」
「あっはっはー。そんな都合のいい不思議現象、現実に起こるわけないじゃーん」
「だよねー。ありえな〜い。あははー」
 僕らは陽気に駅前歩く。
 わきあいあいと。
 ふとフェンス越しに駅を見やると、何やらホームが騒がしくなっていた。
「さあおいでなさい神話に呼ばれし邪悪トーマス! その呪われしぐるぐる視線光線で世
界を焼き尽くして! 何よ邪魔しないであなたたち、私は終末が欲しいの! 素敵な三途
の夢を見たいだけなのよぉおおおお!!」
「ええい静まりなさいヘンな人! せっかく生きてるのに何なんですかあなた、それは孤
独に震える私たちユーレイに対する挑戦ですか!? なら殺っちゃいますよ!? 意気
揚々とむしろはっぴー無敵に爽やかに線路へ蹴り落としちゃいますですよ!?」
「うるっさい黙れ馬鹿ユーレイ! そこの他殺志願者は周囲の迷惑考えて、部屋に帰って
隅っこで膝抱えてろ面倒くせぇ! ほら、まわりを見やがれ馬鹿2匹! なんで俺まで変
な目で見られなくちゃならないんだよ畜生……うぐぅ」
 幽々子さんがまた暴れていた。とりあえず誰かが止めてるみたいだし、僕らは関わらな
いようにしよう。
「ところでさアユミちゃん。あっちの方は何があるの? なんか微妙に空間ひらけてるよ
ね」
「あ、うんとね。あっちはバスケットコートがあるんだよ。いまはもう、あんまり使って
る人いないけど」
「ほほう……行ってみよっか」
「そうだね。犯人さんいるかも知れないし」
 たったったー、と僕らは駆け足で夜を駆ける。
 闇の濃い方向へと駆けていく。
 あれ? 何だろう。
 1歩進むごとに、街の喧噪が静かになっていくような……?
「…………」
 周囲は真っ暗。
 目指すはバスケットコートの明かりだけ。
 だんだんと近づいてくる。
 小さかった明かりが視界を占め始める。
 冷たい風に追い立てられて。
「? なんだろ、あの女の子」
 アユミちゃんが足を止めて呟いた頃、僕はようやく自分が不吉を感じていたことに気付
く。
 確かに、誰かいる。
 バスケットコートの真ん中に立ち。
 指先でボールを回す、金髪の少女が1人いた。
「…………マ、ジ……で?」
 刺された気がした。
 気管に何かを詰められた気がした。
 有り得ない。信じられないから注視する。
 金髪の少女。年齢はアユミちゃんと同じくらい。黒一色のゴスな服に身を包んだ、吸血
鬼みたいに鋭利な少女。
 あの容姿。あの背丈。何より悪魔みたいな不吉な空気。見間違えようもなかった。
「やっばい……逃げようアユミちゃん、あれはダメ。あいつとだけは出会っちゃダメ」
「え? なんで?」
「いいから早く。さ、行こう」
 アユミちゃんの手を引いて。
「ふーん。この私から、その鈍足で逃げられると思ってるんだ? そこの平凡」
「「!」」
 踵を返した瞬間に、すぐ背後から声が聞こえた。
「…………」
「何? なんか言いなさいよ。この私から話しかけてあげるなんて滅多にない大サービス
なんだけど? 跪いて泣きながら『ありがとうございました』って叫びなさい」
 しまった。失敗した。
 もう視認した瞬間に全速力で引き返すべきだったんだ。
「…………」
 ぎちぎちぎち、ぎちぎちぎち。
 威嚇するような音色に溜息。いまからじゃどうやったって逃げ切れない。
「……ありがとうございました、って何故に過去形?」
 仕方なしに振り返る。
 そいつは笑っていた。寒気がするような±0度の瞳で。
 振り返った僕を認め、その双眸がいっそう嗜虐的に細められる。
「決まってるじゃない。これが私からあんたにあげる、最初で最期の贈り物だから。愛は
籠もってないけどね」
 くす、くすくすくす——と儚すぎる声を漏らした。
 アユミちゃんは困惑している。
 僕にしたって、肉眼で彼女を見るのは初めてだった。
「今日はまったく会話に応じないと思ったら。“出て”たんだ? このカッターナイフか
ら」
 いっそう高く吊り上がる唇。
「死になさい……死ね」
 呪いの文房具の中の人。
 僕の知りうる限り最悪の敵が、僕そっくりなカッターナイフを手にして、0秒で間合い
を詰めてきた——!




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