滅殺ブラッドジェノサイダーZERO
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■すぺくたる宇宙大決戦
「「…………」」
さて現在、僕らはこの街のメインストリートとでも呼ぶべき大通りにて、呆然と立ち尽
くしているわけですが。
「にぎやかな街だねぇ」
「混乱! これはパニックって言うんだよっ!」
人走る超走る。
いきゃーとかうわーとか絶叫を上げながら、人間の群れが大混乱で逃げていく。
横断歩道の真ん中で。
あまりにも厚い人壁に阻まれて、僕らは立ち往生しているのだった。
流れていく膨大な声に囲まれながら、アユミちゃんと背中合わせで会話する。
「さて問題です。アユミちゃん、この逃げ惑う人たちが途切れた時、僕らの目の前に現れ
るのは一体どんな異変なのでしょう」
「うぅ……あんまり想像したくないなぁ」
声が薄くなる。
徐々に徐々に減っていく。
最後のサラリーマン氏が転びながら抜けて行ったあとには、僕らと静寂だけが残された。
「…………」
周囲を警戒。背中合わせで360度。
無人の横断歩道を冷たい風が抜けていく。
「………………あれ?」
でもどれだけ視線を巡らせてみても、異変はどこにも見当たらないのだった。
「アユミちゃん。何か来た?」
「ううん、何も来ないね。どうなってるんだ、ろ——?」
妙な音が聞こえた。
例えるならヘリコプター。空を渡って近づいてくる。それは徐々に徐々に大きくなって、
空気をバラバラと振動させ、しまいにゃまるで僕らの頭上にいるかのように——ん? ひ
ゅーんってこれ花火?
「上! つかまってシンジ君!」
「う、ぉおおおおおおおっ!?」
むんずと首根っこひっ掴まれた、と思ったら空を飛んでいる。どうにもアユミちゃんが
僕を引きずってジャンプしたらしい。
風切り音とすれ違う。
空から降ってきた巨塊は横断歩道の真ん中に激突するなり閃光を走らせ、周囲に爆煙と
爆炎とおっっそろしい風圧をバラ撒いたのだった。
「んな——うあああああああ!?」
吹っ飛ばされてアスファルトを転がる。
一帯が煙と瓦礫のバーゲンセール。そして変わらず、頭上にはバラバラ音。
「にゃ……にゃんですとぅ?」
姿形はヘリに似ている。音だってどう考えてもヘリに聞こえる。それは例えでも何でも
なく、まごうことなき戦闘用のヘリなのでした。
「え……ちょ、マジ? あれ? アユミちゃん?」
「うそ…………でも、これって——」
晴れていく爆煙の中、恐る恐る、上空のヘリコプターを注視する。
見えた。
見えてしまった。見てはいけないその国旗。
「民主主義人民共和国!? 名前長っ! 滅びればいいのに!!」
「逆だよ、わたしたちが滅ぼされかけてるんだよ!」
言ってるそばからひゅーんひゅーん。
次々と爆弾のような魚雷のような何かが降ってきて僕絶望。爆発以前に重量で潰されそ
う。
「うわ、うあああああああああああああああっっ!!!?」
「逃げるよシンジ君! 離れないで!!」
アユミちゃんに腕を引かれ、僕は爆風の中を無我夢中で駆け抜けた。
音が遠い。
リアルにアスファルトが激震している。
「ああ……」
そして僕は察してしまったんだ。
平和ボケした日本人に、戦争なんて出来やしねぇと。対人ストレスで首吊っちゃうよう
なナイーブ民族が、いまだに第二次世界大戦中だと思い込んでるようなタイムスリップた
ちに勝てるわきゃねぇと。
全速力で路地裏を駆け抜け、袋小路に転がり込む。
「ぐへ……はぁ、はぁ。やだね、戦場ストレスって。苛烈すぎて自決しそう」
「だめだよシンジ君、最後は『小泉総理まじイケメ〜ン』って言いながらだよ」
やな戦争。
ようやく爆撃の止まった夜空を仰ぐ。However、よくよくヘリを見てみると。
「……半透明?」
「だね」
察するにユーレイに似た何か。これも異変のひとつってことか。
しかし爆風は熱かった。焦げるかと思った。幻影だと思ってぼーっとしてたら即ゲーム
オーバーっぽい。
どうする僕。さすがにカッターナイフの憑依を使っても、あんなに高くまではジャンプ
できない。
「……アユミちゃん、届く?」
「無理だと思う。半分も跳べれば上出来なくらい」
それも人間技じゃないけどね。
頭上のバラバラ音はあちこちにライトを走らせている。見付かったらまた爆撃か。やば
いなぁ。
そこでアユミちゃんがぽつりと零した。
「空を飛べる友達もいるんだけど……」
「けど?」
「さっきの3人組の1人。1番ダメになってた子なの」
そりゃ無理だ。逆に空から落とされかねない。
そうこう言ってる間にヘリの音が増えた気がする。ものすごい量。コウモリが空を埋め
尽くすみたいな。これはまさか。
「……ぞう」
「えん……?」
やめて下さい、これ以上一般市民を痛めつけないで下さい。
壁に凭れて体育座り。横に並んではぁと溜息。いやだ。戦争ってすごくやだ。
「うふふ……ほらね。やっぱり来ると思ったのよ……」
「「え?」」
声が聞こえた。
目を向けると、僕の隣に見知らぬ女の人が体育座りしていたって、えぇ!?
「だだだっ、誰!? 誰ですか!?」
「い、いつからそこに!?」
僕たちずまっしゃーと距離を取る。その人はなんでもないように言った。
「かれこれ6時間前から……」
「どんだけ暇人なんですか」
もっすごい陰気なお姉さん。似てるし、貞子さん(仮名)でいいや。とりあえず隣に座
り直す。
「で、貞子さん」
「……違うの」
「はい?」
その人はゆらゆらと立ち上がり、長すぎる髪の中で唇を半月形に歪めた。
「そう……違うのよ。私が貞子をパクったんじゃない。貞子が私をパクったのよ」
んなアホな。
「私の名前は安田幽々子。柳の下の幽々子ちゃん」
お姉さんはヤベェ笑みで自己紹介した。なんてか人殺しの笑み。
とりあえず聞いてみる。
「ユーレイなんですか?」
「何言ってるの? そんなのいるわけないじゃない」
何なんだ一体。とりあえず作戦会議しよう。
「ひそひそ……ねぇアユミちゃん、どう思う?」
「ひそひそ……警察、かな」
「失礼な子たちねェ……」
うふふふふふーと儚い声で壊れた笑い。
「で、幽々子さん。あなたはこんな所で何やってたんですか?」
「ふふ……くすくす……特に何も。私はねぇ、日本の終末を見届けに来ただけ。ずっとこ
の日を待ち焦がれてたの……」
ふふふふふ〜と声を上げながら踊る回る。海底のワカメのようにユラユラひらひら。ア
ユミちゃんドン引き。僕も頬を引きつらせるが、何とか会話を続行する。
「日本の終末?」
「そう……終末。終末よ。ノストラダムスのバカ野郎は、地球呪殺に失敗したけど」
「いやいやいや」
「でも北の国なら! あいつらならきっと殺ってくれると思ってた!」
またヤベェ笑み。
救いの女神でも仰ぐように、手を組んで戦闘ヘリにお祈りする。
「ああ天使様、神のしもべの天使様……どうかこの腐った日本に終末を。唯一の救いを与
えて下さい……アーメン」
アユミちゃんたじたじ。泣きそうになりながら後ずさり、心底いやそうな声を漏らす。
「……なまのほんもの」
異常者だった。
「さあこっちへ! 鋼の天使様、私に救いを! 生まれた時から往き損ないな、この柳の
下の幽々子ちゃんにも! 素敵な三途の夢をみさせてぇぇぇえええええええええっ!!」
「「っ!?」」
金切り声が耳をつんざく。僕らは驚くしか出来なかったが。
「げ、最悪……!」
「わわ、わわわわわわわ!?」
無数の照明が僕たちに一点集中する。あんだけバカ騒ぎして見付からないはずがなかっ
た。
正面上空にかなり低空飛行のヘリが滑り込み、僕の視界を白く染める。
轟音近い。ミサイル射出。ミサイル!?
「ちょ、マジでやば——!?」
「逃げ場ないよ!?」
「ふふふひひゃひゃひゃはははははははあああああああああああああっっっ!!!」
僕たち恐慌。あえなく絶叫。他殺志願者大歓喜。
白煙の尾。スローモーションでミサイルが僕らに迫り、死ぬ——!?
『じゅわあああああああああああああああああっっっっぢぃいいいいいい!!!!』
「「「!!?」」」
空から声と壁が落ちてきた。
もっすごい重量が地面に激突、3人纏めて大きく跳ねた。
「え……なに……?」
肌色の壁に阻まれ、ミサイルは向こう側で爆発したらしい。
「…………」
なんだ。今度は何なんだ。
地面を抉り壁を突き破って落ちてきた壁。それがまるで意志を持っているように浮き上
がり、翻り、僕らの目の前でヘリを叩き壊した!
「うわあああっ!」
「な、なななな——!?」
爆発。熱風ストリーム。必死で地面にしがみつく。唯一なぜか平気な幽々子さんは、燃
える風の中で膝をつき、仰々しく両手を広げて嘆いていた。
「天の使いが! 私に救いをくれる救世主様が! なんてことを……い、あげぇぇえええ
えええええええええっっ!?」
ばひゅーんとどこかへ飛んでった。もう来ないで下さいね。
「…………何なんだ、一体」
ようやく爆風が収まった。
恐る恐る視線を上げる。
高く高く見上げるはめになってしまった。何故なら、それは巨大すぎたから。
「で、」
でかい。
信じられないくらいにバカでかい。なのに何故だか見覚えがある。
『だあああああああっはっはっはっはぁあああああああああああああああああ!!!』
それの大音声が街を揺るがす。
耳痛い。
アユミちゃんはぼーぜんとしていた。
僕は必死で立ち上がり、羽虫みたいなヘリに照らされている、それの頭部に向かって叫
んだ。
「あ、朝野君!? なんでそんなに巨大なの!!?」
そう。
それは、僕の友人、朝野トウヤ氏が巨大化した姿だったのだ!
『男なら、誰でも大きな男になりたいと願うぅぅうううう!』
聞こえているのかいないのか、全長45mの関西人が拳を天に突き上げ叫ぶ。
『俺はいつも憧れとった! 弱きを助け強きを挫く! そんな! 人を助ける大きな男に
ぃいいいいいいっっ!!』
「だからって、物理的に巨大化してどうすんのさ」
『だぁぁあああっはっはっはっはああああああああああ!!!!』
哄笑を上げながら巨大な拳を振りかぶる。
逃げようとする羽虫たち。しかし工事ハンマーより恐ろしい右フックから逃げ切れるは
ずもなく。
『でゅわあああああああああああああああっぢぃぃいいいいっっっ!!!!』
あっさり撃墜。上空で爆発。そこから巨大朝野君は、ヘリ軍との大決戦を始めた。やべ
ぇよ。スケールが違いすぎるよ。
「はっ!?」
アユミちゃんが正気を取り戻し、空に叫ぶ。
「わ、わたしも出来れば大らかな女性になりた——ぅむぐ!?」
「悪ノリ禁止! 本当に大らかになったらどうするのさ!」
必死で口を押さえる僕。
じたばた藻掻くアユミちゃん。僕は夜空の特撮を見上げる。頬にミサイルを受け、それ
でも無傷な朝野君。
『日本男児を、なめんなやぁぁああああああああああああああああっっ!!!!』
両腕を振り回して破壊破壊破壊。
いっそコミカルなほどに圧倒的な巨人。それを見上げて、僕はとうとう笑ってしまった。
「行こう、大丈夫だ」
「え? でも——」
「大丈夫だよ。朝野君は関西人だから」
「そっか……って、え? あれ? それって理由になってるの?」
きっと1人の死者も出さない。
絶対に最後まで、喜劇のままで終わらせてくれるはずだ。
「…………」
僕らは駆ける。
上空から注ぐ爆音と閃光をよそに、狭い路地を駆けていく。走りながら僕は考えていた。
「幽々子さんが戦争を願ったから、戦闘機が具現化しちゃったと……」
「え?」
「で。大きな男になりたかったから、朝野君は巨大化した」
そういえばアユミちゃんは自販機に押し込められていた。どうして?
3人組の女の子はネガティブしていた。『人間は誰でも鬱を飼ってる』とあの子は言っ
た。確かにそうだ。けど。
「…………」
何なんだろう一体。分かるようで分からない。
要は何かが現実化してるんだ。
でも、何が? 願望? 希望? 絶望? 全部?
僕はアユミちゃんに声を投げた。
「一体この犯人は、何が目的なんだろうね」
「さあ……全然わかんないよ」
ま、その辺は捕まえて聞き出せばいいだろう。ふと携帯を取り出して見ると、時刻は午
後10時47分を示していた。
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