滅殺ブラッドジェノサイダーZERO

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■怪異の夜に、踊らされる僕たち。

 僕たちは公園のベンチに腰掛けて、マックスコーヒー片手に情報交換することにした。
「色々なものがおかしくなってるの」
 赤い髪の女の子・高瀬アユミちゃんは目を伏せそう言った。
「……まぁ確かに、目が覚めたら自販機の中にいたってのは相当おかしい」
「あんなのまだ序の口なんだよ。おかしいの。もう本当に滅茶苦茶なんだよ」
「と、言いますと?」
「わたしはね、この街を守る……あれ?」
 ふと、アユミちゃんが声を詰まらせた。
 喉を押さえて目を見開いている。
「…………あ」
「どうかした?」
「ううん、違うの。わたしは、わたしたちは、この街を、守る……有害を……する……」
「………」
 僕に向かって何かを言おうとする度、ぱくぱくと喉を詰まらせる。ある単語を伝えよう
とした途端に声が出なくなるらしい。
 アユミちゃんは愕然と呟いた。
「なんで……言えなくなってる。さっきまでこんなんじゃなかったのに……」
 さっきまでは何ともなかった。でもいまは言えない。
 ということは、僕と出会ったことが何らかのトリガーになってしまったのだろう。
「そっか。ま、無理しなくてもいいよ。大丈夫大丈夫」
「うん……ごめん」
 アユミちゃんの素性を、僕に言うことが出来ない。そういう風にロックが掛けられてる
のだろう。でもたぶん問題ない。いま重要なのはそこじゃない。
「わたしたちはね。なんていうか、この街を守る人だったの」
「ほう」
「でも、今日になった途端にみんなバラバラ。いろいろなものが滅茶苦茶になったんだよ」
 アユミちゃんは静かに地面を見下ろした。その横顔に目を向ける。
「具体的には?」
「……例えば、わたしの友達。相方の羽村くん。わたしと同じこの街を守る人の1人だっ
たんだよ」
「“だった”?」
「そう、過去形」
 ずぅうんと暗く沈んで言った。
「……女子高生狩り。ヘンタイさんになっちゃった」
「うぉ……」
 ひどすぎる。
 街を守る人がヘンタイに。そんなレベルでおかしくなってるのか、この街は。
「しかし、女子高生狩りってことはその……殺人犯?」
「うん、確かに設定は殺人犯みたい。でもね、わたしが見かけた羽村くんは返り血まみれ
だったけど、死体はどこにもなかった。殺してない、だけど殺人犯っていう“設定”なん
だよ」
 なかなか複雑な状況だ。
「……ねぇ、君の仲間は? 2人だけで街を守ってたの?」
「ううん、他にもたくさん仲間はいたんだよ。わたしたちは1番年下で」
「ほぅ」
「でもね、どうがんばっても会えないんだよ。電話しようと思っても絶対に繋がらないの。
会いに行っても必ずすれ違うし、どうやったって伝言ひとつ伝わらない」
「………」
 これで情報は十分だろう。頭の中で整理してみる。
「…………よし」
 結論は容易い。
「……おっけ、分かった。やっぱりそういうことだね」
「え?」
 ごほんとひとつ咳払いして、僕は状況を簡潔に纏める。
「おばけやユーレイってのは本来、自然発生するものだよね。それは偶然の産物で、どん
な結果をもたらすかなんて誰にも分からないし、仕掛け人なんてどこにもいない自然現象」
「うん。それが、普通だよね」
「でもこの件は違うんだ。君たちを分断するっていう意図が見えてる。現象自体に人の意
志がある。なら答えは簡単だよ」
 僕は立ち上がり、手を差し伸べる。
「どこかに必ず“犯人”がいる。捕まえて、やめさせればそれで解決。OK?」
 恐らくこの街のどこかに息を潜めているのだろう。
 アユミちゃんを自販機に押し込んだり、おかしな話を現実化したり、僕をこの街に呼び
寄せたりしている張本人。
 そいつを2人で探し出し、さっくりこの事件を解決しましょう。
 そんな僕の提案に、アユミちゃんはどこか困ったように見上げてきた。
「でもシンジ君を、一般の人を巻き込むわけには……」
「お断りします。こんなやばい事件を女の子1人に押しつけるのは、ちょっとね」
「けど、危険かも知れないよ?」
「ああ——」
 確かに。
 僕はポケットに手を突っ込んで、あるものを差し出した。
「アユミちゃん。これがどんなものか分かる?」
「え?」
 滲み出す黒い霧。かすかに蛍のように発光している。
 カッターナイフを受け取ったアユミちゃんは、戦慄したように声を発した。
「なにこれ……すごい。見たことないくらい複雑な呪い……」
「そういうこと。僕にはこいつがあるから大丈夫」
 平凡な僕が持てる唯一の武力、恐ろしい呪いのカッターナイフ。
 なるべく頼りたくない切り札だけど、今回だけは酷使してもいいだろう。たぶんそうい
う状況だ。
 アユミちゃんはどこか咎めるように言ってきた。
「こんな危険なもの持ち歩いてるなんて。シンジ君、本当は普通の人じゃないでしょ」
「まさか。僕はいつでも普通平凡」
 ようやく静かに笑ってくれた。
 立ち上がり、2人並んで公園を歩き始める。遠くやたらめったら騒音が聞こえる。少し
早足で、恐らくあちこちが異常だらけになっているであろう街に向かっていく。
「あ、ところでアユミちゃん」
「え?」
「十字架ピアスのユーレイとか、見かけなかった?」
 キョトンとされる。
「ユーレイなのに、十字架?」
「うん。しかもルーズソックスで電波ノリ」
「さぁ……」
 見てないか。
 まぁあいつなら、こんなヘンな夜でも大丈夫だろう。むしろ意気揚々と便乗して誰かと
お喋りしつつ、ここぞとばかりに「裏飯屋さんはどこですかー」とか叫んでそう。
「……」
 裏飯屋さん。
 昨日の雑談で出た話題だ。仮に裏飯屋という食べ物屋が実在するなら、果たしてそれは
どんな店なのかっていう。結論は確か、時を越えて江戸時代に舞い降りた、猫山印の定食
屋さんだったかな。灰崎の希望で、ユーレイでも買えるお店ということになっている。
「! 止まってシンジ君!」
「え!?」
 ずまっしゃー、とアユミちゃんに引き倒されて後退する。
 直後、激震。
 寸前まで立っていた場所に空から衝撃が突き刺さった。
「………あ」
 目の前に降ってきた女の子。ピンクパーカーに金髪の、小学生くらいの女の子が僕を見
下ろす。どこか胡乱に淀んだ視線で。
「外した……」
 振り下ろした金属バットを肩に担ぎ、暗い表情でその子は自己紹介した。
「……団長の雛子でーすぅ……あぁ、憂鬱……」
 その背後から、別の2人がふらふら現れる。柳の下のユーレイだった。
「隊長の優奈……人の不幸は密の味……くすくす」
「……香澄」
 公園出口、灯台じみた街灯の真下で。その3人組は病んでいた。




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