滅殺ブラッドジェノサイダーZERO

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■あるいは本編・平凡と怪力。

「へっくしょい!」
 あ"ー。
 僕こと九条シンジは平凡である。平凡な僕はぐだぐだと、林に挟まれた直線道を歩いて
いる。
 夜の公園。どーにも公園であるらしい。どこの公園かは分からない。こんな場所来たこ
とないし、見覚えもなく、そもそも僕は家のベッドで眠っていたはずなのだ。
 それが気が付けば、こんな殺風景きわまる公園に放り出されていた。
「夢オチ……のはずなのに、なんでこんなリアル寒いんだろ」
 あるいは夢だからこそ余計寒いのか。いやだなぁ。僕の記憶に不備がなければ、いまは
初夏のはずなんだけどなぁ。
「………」
 月を見上げる。枯れ葉が駆ける。どう考えても夏風じゃない。
「……ホットココアの季節かな」
 てきとーにそう結論づけて、両腕を乾布摩擦しながら、道端に設置されていた自販機へ
ぱたぱたと歩み寄る。
「よし。なんだかよく分からないけど、ここはひとつココアであったま——」
 財布を取り出し120円投入。
 したところで、視界がやたら黄色かったことに気付く。ちゃりん。
「………」
 黄色い。黄色一色すぎるっていうか。
「……なぜに、マックスコーヒーオンリー?」
 しかもぜんぶコールドかい。なんですかこの自販機、やたら見本ならべてるけど全部同
じ銘柄じゃないですか。
 どうしよう。迷うなぁ。マックスコーヒー甘いしなぁ。
「よし、ゲットバック120円」
 ぐりんとお釣りレバーを捻る。
「………」
 捻ったがしかし、僕の120円が吐き出されることはなかった。
「ちょおおおおおおお!? 何、そんなにマックス買わせたいのこの自販機!!?」
 だんだんだんだんと自販機叩く。良い子は真似しちゃいけません。
「ななな何何なの、ノルマ制!? ひょっとして今週中にマックス30本売り切らないと
廃品されちゃうんです〜とかそういう競争社会のご出身なの!? 知らないよ! そんな
唐突に電話かけてきて猫撫でヴォイスで必死に会話繋ぎ続けようとしても宝石なんていら
ないからっ! 最後らへん面倒になって切っちゃうから!!」
「……い、痛いー」
「!?」
 ずまっしゃー、と僕は距離を取る。
 聞こえた。
 いま、確かに機械が喋った。と、いうことは——
「……やっぱり灰崎か。まったく、せっこい手ぇ使って僕のなけなしの120円をよくも。
ちょい見損なったよ。最低。自販機の中なんか隠れてないで、とっとと出てきなさい」
「…………自販機? え? あれ、真っ暗……なにこれ」
「む?」
 これは灰崎の声じゃない。
 確かに同い年くらいの女の子だけど、どちらかといえばもう少し年下っぽかった。
 なるほど、これはつまり——
「隠し芸か。しかし七色音声とはちょい予想外。わかった、怒らないから出ておいで灰崎。
120円はお捻りってことにしとくよ、まったく。欲しいものがあるなら素直にそう言え
ばいいのに」
「……あ、あの……そこにいる人。ちょっと離れてもらっていいですか?」
「へ? なんで?」
「いえ、安全のためというか何というか。事故だけは回避したいので、とにかく離れてて
下さい」
「んん?」
 よく分からないけど、そうか。まだ隠し芸の続きがあるのか。さすが自称・素敵ユーレ
イ、多芸なんだなぁ。
 僕はてくてくてくと6歩、右斜め後方に移動した。
「おっけ、離れたよ。んじゃがんばってフィナーレっちゃってよ灰崎」
「わたし灰崎なんて名前じゃないけど……まぁいいや、それじゃそこから動かないで下さ
いねー」
「はいはーい」
 さてどうなることかと見守る僕の、わずか6歩先で。
「はあああああああああああああああああああああああああっっっ!!!!」
 ガス爆発した。
「……、え?」
 爆音。
 唐突過ぎて、何が起こったのか分からなかった。
 一瞬の間に自販機が火を噴き、何か大きなものが目の前を横切り、ものすごい破壊音と
風切り音の乱舞が僕の鼓膜を殴打した。
 尻餅をつく。地震と風圧に転ばされて。
「…………あれ?」
 改めて静かになった周囲を見回すと、木々を薙ぎ倒して停止している『もと自販機』が
2枚あった。
 前後に裂けたらしい。
 自販機が。
 ほんのり地面も焦げている。
 さっきまで自販機があった場所には小さな人影だけがあり、焦げた地面の中心に座り込
んでいた。
「ふぅ……苦しかった。さすがに自販機って頑丈なんだね」
 ぱたぱたと手で顔を仰ぐ女の子。
 灰崎ではなく、中学生くらいの、見知らぬ赤髪の少女だった。
「……な、なななっ」
 まさか内側からブッ壊したとでも言うのだろうか。あんな華奢な女の子が、腕力で? 
「………手動販売機だ……」
「はい?」
 キョトン顔の女の子。メガトン手動販売機だった。




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