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■微妙に遠投プロローグ

「うげっ」
 俺、羽村リョウジは姉萌えである。
 なんだその設定とか突っ込んでる場合じゃない。気が付けば制服が返り血まみれで、制
服なんて初めて着たのになんだこの扱いとか不満も覚えつ、そうして夜の路地裏で敗北し
たのが俺だった。
「ふふふのふー。いけませんねぇ、そんなんでこの灰崎ヒカリを倒そうなんて10万年早
いと思われますのです」
 ユーレイだ。もう説明等は一切省く。
「ところでそこの不良少年さん。ひとつお聞きしたいのですがよろしいですかね」
「ああ、うん。勝手にしてくれ」
「裏飯屋さんはどこですかー」
「そりゃお前、裏にあるんだろ。裏だ裏。裏へ行け」
「だから、一体何の裏にあるのか分からないから困ってるんじゃないですか。ゴミ箱ひっ
くり返し自販機ひっくり返し、通り魔ひっくり返してもまだ見付かりません」
「1番はホームレス2番は器物損壊、3番はまぁ、正当防衛ってとこだがお前。もう少し
尽力しろよ。力を尽くせよ。行動範囲300mってなんだそりゃ。自縛霊かお前」
「いいえ、ただのぷりちーはらぺこユーレイです。私はお腹が減ったのです。もうなんか
気怠いので、頑張っても半径150mしか動けません。と、いうわけですので」
「ん?」
 キラキラの星空を背景に。
 腹ぺこユーレイは右手を差し出し、花より可憐な笑顔で俺の襟首を掴んだ。
「あなた、食べます」
「OKいいだろう裏飯屋探しだな、分かった早まるな協力してやる。大船に乗った気でい
ろさぁ行くぞ」
 がっしとモノノケの腕を引いて走り出す。冷たい腕こわい汗だらだら背後でウフフ。
 夜風を切って駆け抜ける。
 気持ちだけは、音速で。


■炎上市の街並み

 さて商店街を歩いている。
 裏飯屋などという素敵看板は見付からない。
 恐る恐る隣のはらぺこユーレイを盗み見るが、唐突に「あ」と声を上げた。
「不良さん、不良さん」
「連呼すんな」
「見て下さい、あれ、あれ」
「なんだよ」
 はらぺこユーレイがわたわたと空を指さす。
 魔王ちゃん0歳(仮名、形状はドス黒い小惑星)が浮いていた。
「あの球体、なんかすごくヤバイ気しません?」
「そうだな。たぶんあれはかなりヤバイな」
 どうでもいいけど。俺はただの通り魔だ、治安なんて知らない。
 ぼうっと観察していると、魔王ちゃんが謎のビームを地上に照射し、直撃喰らった人間
を黒ドクロ感電させてびびびびびーと吸い上げていった。
 ほうほうと頷いて、はらぺこユーレイが言ってくる。
「この街はいつもこうなんですか?」
「ああ。縁条市ではよくあることだ」
 つかつかと歩き続ける。
 道すがら顔のないサラリーマンが惨殺死体の足首を掴んで元気に駆けていたり、地面か
ら生えた腕の大軍が車道を占領してハッスルしたりしていた。あ、旗掲げてる。罵裂屠我ばれっとが
愛流頭あるず 愚連隊だとさ。
「にぎやかな街ですねぇ」
「そうだな」
 阿鼻叫喚の地獄絵図。でもこんなのどこにでもある風景だろう、現代は荒んでるらしい
からな。
「さてぼちぼち、平和パート終了です」
「もう意味わかんねーけどな」
「来ます! 空から!? 魔女かシータが降ってきます!」
「よっしゃ逃げるぞ」
 ずだだだだーとまた走る。
 エンカウント拒否。俺ビビリ。


■無能と平凡と素敵ユーレイ

 すたかたと商店街歩く。
 はらぺこユーレイはキョロキョロしながら宣った。
「ほんっっっっと、不思議なくらいに見付かりませんねー、裏飯屋さん」
「見付かっても逆に不思議だが、そもそも何なんだよ裏飯屋さんって」
「え? 不良さんは聞いたことないんですか? 言うじゃないですか、うらめしやーうら
めしやーって」
「いやそれは分かるが——」
「つまりは伝説のレストランなんですよ!」
 ちゅどーん、と彼女の背後で爆炎が上がる。特殊効果かと思って戦々恐々してみたが、
単に北朝鮮の爆撃機が空襲してきてるだけだった。
 ひとにげる超にげる。俺をガシボキ突き飛ばしまくりながら。
「ぶごっ」
「ややや。生きてますか不良さん」
「チ……いいねぇ、ユーレイ様はお気楽で」
 立ち上がりながら夜空を見上げると、爆撃機は半透明。ありゃ誰かの呪いだな。戦闘機
型ってのもレアっちゃレアだがどうでもいい。
「いいですか不良さん。ユーレイはふらふら柳の下から出てきては、決まって口癖のよう
に『うらめしやー』『うらめしやー』と仰います」
「まぁ、確かにそんなイメージもあるわな」
「何故みんなして裏飯屋さんを呼ぶと思います? 裏飯屋裏飯屋。簡単です。要するにで
すね、飢えてるんです。皆様常日頃から唱えちゃうくらいに行きたくて行きたくて仕方な
いんですよ。裏飯屋さんに」
「だから何なんだよ、その裏飯屋って」
「まだ分からないんですか!?」
 アリエナイとばかりに叫ばれる。
「……何故でしょう。普段なら既にあははうふふの呼吸で意思疎通完了してくれてる人が
いたような」
「おい、何の話だ」
「高機能な所有物の話です……とまぁそれは置いといて」
 ぴし、と女子高生は人差し指を立てて纏めた。
「つまりユーレイに大人気。しかも歴史は江戸時代近辺まで遡ってしまう、そんな素敵な
レストランなのです。裏飯屋さんは」
「へぇ」
「セレブユーレイ御用達! もうなんか伝説! 言わずもがなユーレイ料理界の有頂点!
噂によると、選ばれた素敵ユーレイしか入店できないとまで!? これはもう、憧れるな
って方が無理なのでしょう!」
 手を組んできらきらぽわぽわしてやがる。
「いいじゃねぇか庶民のクセに。裏バーガーでも食ってろ」
「ドリームクラッシャー!? しかも語頭にナチュラルが付く! なんて乙女心の分から
ない人!!」
 あーはいはい、すいませんね。
「しかし……なんだ。根本的な部分で間違ってる気がしないでもないな」
「そんなことありません。私の思考と直感は、恒常的に太陽系をも超越します」
 大スケールの電波じゃねぇか。
「まぁそんな感じです。分かったらとっとと連れてきて下さい、店ごと」
 あー疲れた、とか言いながら道端に座り込むユーレイ。
「……」
 若干顔色が悪いな。
 はらぺことか言ってたが、もしかして単に弱ってるのだろうか。なんとなく声を掛けて
しまった。
「……なぁ。アンタさ」
「はい?」
「名前なんていうんだ」
 ユーレイはにっこり笑って名前を告げた。
「ヒカリです。灰崎ヒカリ」
 そりゃまた、随分と明るいお名前だ。
 ユーレイのクセして希望の光。矛盾してる。そもそもこうやって死者と生者が隣り合う
だけで何かが矛盾している。
「で、不良さんのお名前はなんていうんですか? 見たところ年下のようですが」
「羽村」
「なんと。殺し屋みたいなお名前ですね」
 ぱんと手を叩いて意表を突かれたような顔。
 かと思えばくすくす笑い出しやがった。なんてか、陽気な亡霊だ。
「確かにな。光と殺し屋じゃ仲良くなれそうもない。どうにもアンタとは、属性が合わな
そうだ」
「え?」
 はらぺこユーレイこと灰崎は、何故か静かな笑みを浮かべて、無人の寂れ商店街に目を
向けた。
「……どうでしょうか。あなた、私の知ってる人にそっくりですよ」
「へぇ」
「容姿は似ても似つきませんが。たぶん、中身はそっくりさんなんだと思います」
「……」
 灰崎はぽんぽんと地面を叩いた。隣に座れと言いたいらしい。
 腰を下ろすと、どことなく楽しげな瞳を向けられた。
「不良さんって、あれでしょ。普通になりたい人でしょう」
「意味わからん」
「そして知らんぷりが得意っていう。見えてるもの知ってるもの自分が生まれつき持って
いるもの、そういったものに目を伏せて、個性を廃して生きようとしてる人です。無色透
明で在りたいというか。早い話が——」
 灰崎はかすかに、眩しそうに目を細めた。
 言外で褒められた気がする。よく分からなかったが。
「私は、そんなあなたたちが嫌いではありませんよ。むしろ見守ってあげたくなります。
ずっと先まで。出来ることなら、あなたたちの一生を」
 たんと身軽に立ち上がる。
「ありがとうございます、もう大丈夫です。慣れてるんですね。ユーレイの扱い」
 さっきまでの顔色の悪さは消えていた。やはり、灰崎のような無害亡霊には、日常会話
が一番効くのだろう。
 俺も静かに立ち上がる。
「………」
 見知らぬ少年との出会いの映像。かすかな未来視。何の理由もない直感に笑みながら。
「……アンタの所有物氏とは、どっかで会うことになるかもな」
「仲良くなれると思いますよ。きっと」
 よく分からない会話を終えて、静かに商店街を歩き始める。
 さて、俺たちは何の話をしていたのだろう。
 それは誰にも分からない。
 きっとこいつと俺の組み合わせも2度とない。
「では、改めて裏飯屋探しに参りましょう! 爆撃さんのお陰様、地形が変わって遠くの
方にやたらボロっちぃ神社とか見えるのですが! あれこそもしかして裏飯屋さん!?」
「い——ッ!?」
 凍り付く。
 だらだらだらと汗が流れる。
 神社? 神社だと? それは巫女とか魔女とか怪力娘とかがいる件の本拠地のことか?
 待てやばい。
 よく思い出せないが、この返り血まみれの制服では思い切り危険な気がする。
 だが莫迦ユーレイはがっしと俺の手首を掴み、既に何かの予備動作に入っていた。
「ちょ、いや待て! あの神社はダメだ、対戦車用の地雷原に飛び込むようなもんだ
ぞ!?」
「街を一望出来る位置、しかも外装は確実に和風! あれこそ間違いありません裏飯屋さ
んです! すかさず直行しますよー!!」
「飛ぶなッ! いやもういい勝手に行ってこい、せめて俺を置いていけええぇぇええ!!」


めでたしめでたし。


 ところでここは縁条市内の噴水広場。
「……あれ?」
 その少年は呟いた。
 高校の制服、低めの身長、そしてポケットにはカッターナイフ。
「……」
 我平凡なりと言わんばかりの普通少年。
 ふと気が付けばここにいた。
 夕方頃に相方の自称素敵ユーレイとカラオケに出かけ、いつも通り罰ゲームを喰らって
へとへとになり、帰宅して夕飯の出前ピザを巡って妹に敗北し、風呂へ入り、自宅の暖か
いベッドで眠ったというのが今日のあらすじ。
 だが、気が付けばこうしてベンチに腰掛けていた。
 頬をつねる。痛い。
「…………あれれ?」
 九条シンジは戸惑っていた。





滅殺ブラッドジェノサイダーZERO
-unknown-











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