暇潰しの夜 12/13

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「待って!」
 壊される寸前で、わたしはカッターナイフに手を伸ばした。
「い——っ!?」
「ストップです先輩! 壊すくらいなら高値で売り飛ばすべきですっ!」
 じゃきーん、と灰崎さんの鎖が彼の手を止める。
 危うくわたしの手がプレスされるところだった。
「…………あれ?」
 灰崎さんは不思議そうにわたしを見た。
 わたしはカッターナイフを強く抱き締め、庇うように背を向けた。
「いいの、壊さなくてもいいの! この人は何も悪くないから!」
『さわるな気色悪い』
「………」
 拒絶されて、見下ろす。
 すこしだけ間があった。
 その後で、頭の中に諦めたような溜息が聞こえた。
『でも文房具扱いしなかったから許したげる。ほら、なんであたしを庇ったの? 言って
みなさい』
「3人。わたしのせいで死んじゃったんだよ、3人も。わたしが自分でも知らない間に不
幸を振りまいてたの」
「待ったメリィちゃん、それは——」
「そうです——」
 2度目の溜息で遮って、カッターナイフの中の人は言った。
『くっっだらない。いい? あの惨殺マニアはね、行動範囲の広いあんたに取り憑いて利
用してただけ。仮にもし取り憑かなかったとしても、あいつは他の誰かを3人殺してたっ
てだけの話じゃない。誰にも絶対に防げなかった。だからその、べ、別に弁護してあげる
わけじゃないけど………あんたのせいじゃないわよ』
 ありがと、カッターナイフさん。
「でも、いいの。大丈夫。わたしは大丈夫だから……」
 あの3人の顔が蘇る。
 とても驚いて、怯えていた。あの人たちが死んでしまった。それを思うだけで、胸の奥
が突かれるように痛んだ。
「そうだね——」
 真っ黒な夜空に約束する。
「———罪滅ぼし、しなくちゃね」
 決心は数秒で済んだ。
 始まりはいつだったろう。長い間、わたしはずっと恐怖の都市伝説だったから。
「メリィちゃん……?」
「メリィなんて呼ばないで」
 もうお終いにしよう。
 やらなくちゃいけないことがあるから。
 立ち上がって、しっかりと笑顔を浮かべてみせる。
「わたしの名前は田中芽衣李。どこにでもいる普通の女の子、イタズラっ子な芽衣李ちゃ
んなんだから」
 月も星もない夜に。
 こうして恐怖の都市伝説メリィは、幕を下ろした。
 ちゃんと伝わるだろうか。
 オバケではなく人間として。
 わたしは、恐がらせてしまったたくさんの人たちに、謝らなくちゃいけないんだ。

 ……ごめんなさい、と。

「さて灰崎。僕の見立てでは、芽衣李ちゃんやっぱり鬱ってるわけですが」
「ですね先輩。こんな時は、力業による荒療治が必要です」
「え?」
 がし、と灰崎さんに腕を掴まれる。
「え? あの。ちょ、ちょっと何?」
「あはははは」
「うふふふふ」
 ずるずるずると引っ張られていく。腕力で。強制的に。
「ちょ、ちょっと! こんな時間からどこ行くの!?」
 2人は黒い笑みで振り返り、ざっくり言った。
「無論。これから深夜カラオケ治療法なわけですが、何か問題でも? ああ気にしなくて
いいよ。料金は何故か不思議なことに、1人分で済むから」
「ちなみに朝まで帰しません。声が枯れても帰しません。もう無理です許して下さいごめ
んなさいとか泣き叫んでも、ぜったいぜったい帰しません」
「ふ……」
 不良だ——!




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