暇潰しの夜 10/13
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ビルの側面に貼り付けられた巨大画面が、件の連続殺人を報道していた。
「……」
雑踏の中で足を止め、見上げる。
青木晴海さん、坂井美里さん、一之瀬加奈さん。
何も変わらないし、何の進展もない繰り返し報道。別段それほど誰かの関心を引くでも
なく、ただつい数秒前までなんとか笑顔で雑談に興じていたメリィちゃんを黙らせるだけ
だった。
「……行こう」
「はい」
再び雑踏の流れに身を任せる。視界一面の人人人、鉄筋コンクリートとアスファルト。
見上げた空は黒一色。
初夏の熱は日が落ちる頃には洗い流された。過ごしやすい夜だった。
交差点の信号が変わり、横断歩道を灰崎と抜ける。
何の会話もないまま、ただ流れに任せて車道の河を渡りきる。
歩行者信号が赤に変わって、ふと隣が灰崎1人だったことに気付いた。
「……?」
振り返ると、メリィちゃんが横断歩道の真ん中で立ち止まっていた。
「…………」
彼女はぼうっとアスファルトを見下ろしている。
車は通行を再開する。
反対車線。
向こうから駆け込んできた車が、立ち尽くすメリィちゃんを眩しく照らす。駆動音がや
けに耳障りだった。
激突。
でも乗用車はあっさりとメリィちゃんの体をすり抜け、当然のように事故は起こらなか
った。
+
夜の公園を抜けていく。
その途中でふとメリィちゃんが立ち止まった。僕たちのうしろに立って、彼女は地面を
見つめ、消え入るような声で呟く。
「ねぇ……灰崎さん」
少女の肩は細かった。
本当に、風が吹いただけで飛ばされてしまいそうなほど。
「はい、なんですか?」
「わたし、自分が信じられないよ。ぜったい何もしてないって言い切れない」
「……」
灰崎はじっと黙り込んだ。
「やっぱりわたし……わたしがあの人たちを死なせちゃったのかな……?」
メリィちゃんが顔を上げる。そこにあったのは、やはり怯えの色だった。
僕は静かに彼女を見返す。
「どうしてそう思うの?」
「だって……だっておかしいよ……わたししかいないんだよ? わたしの、メリィの行く
先々で人が死んじゃうんだよ……」
何かに耐えるように背中を向けて、広い公園に聞かせるように彼女は声を零した。
「あはは、そっかわたしだ……そうだよね。
振り返ったら死ぬんだよ。人間のことが憎いから、誰彼構わず道連れにしようとする。
それがメリィなんだよ。だってわたし憎んでる。嫉妬してる。まだ生きてる人たちに」
弱々しく言って、ユーレイは自身の醜さを嘲った。
「……いいえ」
でも、もう1人のユーレイはそれを否定する。
「メリィちゃんはひとでなしなんかじゃありません。そうやって悩んで、苦しんで、赤の
他人のために悲しんで嫉妬する。えぇ、どこにでもいる、年頃の多感な女の子です」
灰崎は笑っていた。それが当然であるかのように。
「おかしいよ……そんなの絶対おかしいよ」
メリィちゃんは、背中を向けたまま、言った。
「だってわたし、わたしは……ユーレイなんだよ? もう人間じゃない。ただそこにいる
だけで怖がられる、そんな意味わかんないイキモノなんだよ? なのにどうしてそんな手
放しで信用できるのさ……わたし自身だって信じられないっていうのに」
僕は小さく息を吐いた。
「……違うよ。キミは何も悪くなんてない」
「そうですよ。大体、メリィちゃんはそんなことできる子じゃないでしょう?」
僕も灰崎も知ってるさ。
この子は単にナイーブなだけで、人殺しなんて絶対に出来ない。僕の部屋で灰崎を止め
ようとしたくらいだもんね、すごく一生懸命に。
「それと。人間じゃない、なんて哀しいこと言わないで下さい。今度言ったら泣いちゃい
ますよ?」
灰崎は、メリィちゃんの両肩に手を置いて言い聞かせる。
「傷ができれば痛むでしょう? ひとりぼっちは淋しいでしょう? 我慢できなくなった
ら涙だって出るでしょう?」
「それは……」
「メリィちゃんのそれは偽物ですか? 違うでしょう。たとえ命を失っても、心だけはち
ゃんと胸の中に残ってます」
よしよし、と頭を撫でる。
「確かに、間違った命かも知れません。私たちは死んでしまった。もう2度と家族にも会
えず、友達に会うこともできず、ただこの記憶《からだ》がなくなるまで世界を漂い続け
るだけの虚しい存在……ひどいですよね。あんまりです」
「……灰崎」
彼女はかぶりを振って、物憂げな溜息を零すに留まった。口元の笑みだけは絶やさない。
「でも、この苦しみだけは本物だから。
私もメリィちゃんも死んじゃってるけど、でもやっぱり、ただの人間なんですよ」
「…………けど」
メリィちゃんが振り返る。
もうその顔には、強がりなんてかけらも残ってはいなかった。
「もう分かんないよ……なんで? どうして死んじゃったの? わたし、これからどうす
ればいいの……?」
切実な双眸が灰崎を見上げる。
でもそんな空気を、誰かが派手にぶっ壊した。僕だった。
「おっぺけぺー」
「「 え? 」」
あ、すんげぇびっくりされた。灰崎も目を丸くしてるし。
なんだか恥ずかしくなってきたので、僕は誤魔化すように早口で続きを呟いた。
「……やっぱ効かないんだ。残念」
さて、と目を向け直す。
「出たよ灰崎。アイツだ」
「……え? 何?」
メリィちゃんはただ困惑していた。
灰崎はメリィちゃんを庇うように抱き寄せ、そいつに目を向けながら、あきれたように
呟く。
「……ほんと先輩の目、心配になるくらい強くなってますね。私だって最初は見間違いか
と思ったのに」
そいつは。
メリィちゃんの後方10mの街灯下に、立って、いた。
にたりと笑う口元。気味が悪いけど、その笑みで腰が引けない程度には予備知識を仕入
れていた。
「……ノコギリストーカー。
女の子に取り憑いて、死ぬまでチェーンソーで追っかけ回す悪霊、でしたっけ」
「ドンピシャ正解、だね。はは、ほんとすごいなインターネット。気紛れで調べてみただ
けなのに」
容姿はアメリカンなダーティヒーローのよう。
それは、さっきのカラオケ個室で微動だにせず突っ立っていた、怖ろしい風貌のチェー
ンソー男だった。呼吸再開。同族にすら気付かれないほど希薄だった体が、みるみるうち
に半実体化していく。びきびきびきと世界の法則を乱す音。
「な、なに……何なのアイツ……!?」
見開かれた瞳に、僕はようやく回答を告げた。
「……言ったでしょ。キミは
つかれてる
んだよ、って」
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