暇潰しの夜 09/13
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カラオケを終え、3人並んで店を出る。
僕は完全に疲れ切っていた。ぐったりとエレベーターの壁に凭れて呟く。
「……まさか本当に故障してたなんて」
「ほんとびっくりですよねー」
「うん。ちょっと、おもしろかったけど」
あのあと店員さんに見てもらったところ、どうにも採点機能に不備があったらしく。つ
いさっき「サーセン、今日中にでも修理出しておきやす」と言われた。
僕はガラス張りの向こうに目を向ける。
夕暮れの街。夜が訪れるまでまだ少しだけ空き時間がある。
「……さて。2人とも、悪いけどちょっと付き合ってくれる?」
「え? まだどこか行くんですか?」
うん。ここからなら徒歩5分で行ける。
「ネカフェ」
「なんでまた」
不思議そうに見上げてくる2人に、僕はぽつりと声を零した。
「……ちょっとね。調べておきたいことがあるんだ」
+
平日のネカフェはがらがらだった。
さくさく個室に通してもらってPCの電源をオン。インターネット検索で目的のページ
を探していると、行き当たった。
背景は黒。
入り口に猫。なんだか安っぽいページだけど、カウンターだけはいい感じに回っていた。
「……ks?」
「黒猫怪奇相談室の略……って書いてありますね」
ま、ここでいいだろう。
とりあえずてきとーにあちこちクリックしていると、プロフィールのページに行き当た
った。
「管理人は──“猫”?」
「あらら。猫さんが経営してるのでしょうか」
「まっさかぁ、ただのハンドルネームでしょ。ああでもそれ面白いかもね、パソコンする
猫。きっとこう、肉球でカタカタHP作ってたりするんだよ」
「あはは。暇な猫さんもいるものですねぇ」
「だよねー」
そんなバカ話をしながら適当にページを進めていく。
「求ム都市伝説……メールアドレスは…… ……」
「ふむふむ。では先輩、この猫氏に華麗なる灰崎ヒカリ武勇伝を提供してあげましょう」
「しないから。お、メリィちゃん載ってるよ」
「…………」
無言で俯くメリィちゃんを余所に、ざっと目を通しておく。
ほほぅ、なんかいろいろ諸説あるんだねぇ。人間だったり人形だったりするそうだ。で
もやっぱり、ゴミ捨て場から始まるこのデフォルトなやつが1番しっくりくる。あらすじ
読んだだけで背後が気になってきた。振り返る。ユーレイが2人もいた。きゃー
「えーと」
さすが有名な都市伝説さんは格が違う。
そして僕は、なるたけメリィちゃん物語の結末部分をよく読んでおいた。
通説は2種類、最後の『うしろにいるよ』メッセージのあとで、振り返ったときに誰も
いない結末と死ぬ結末。正解は前者の平和な方。しかし、最近は少し変わってしまった。
「…………」
僕はメリィちゃんが俯いているのを確認してから、別ウィンドウでニュースサイトを検
索し、クリック。
目的の連続殺人の記事に素早く目を通した。
青木晴海さん、坂井美里さん、一之瀬加奈さん。
事件概要にも特筆事項なし。ただ3つの事件は夜間に集中している。それだけだった。
「先輩……」
「うん」
夜間に集中。
それは断定できるほどの要素ではないんだけど、大体ユーレイが起こす事件にも似たこ
とが言えるらしい。
怪談の基礎事項。
ユーレイは夜に活動する。
怪奇現象は決まって夜の街に訪れる。
夜は、僕たちの常識の外にある彼らが動きやすい時間であり、また自然と動いてしまう
時間でもあるという。
以前灰崎に聞かされたことがあった。
ユーレイという存在の根幹を為すもの、それは残留衝動──有り体に言えば、呪いであ
るという。
ユーレイは自身の呪いには逆らえない。
何故なら、それは自身の体を構成する根幹であり、基本骨子であり、また自身の存在意
義でもあるからだ。
で、その呪いが疼くのは昼よりも夜の方が多いらしく。
突き動かされ、暴走した挙げ句、誰かに害を為してしまう。それがいわゆる悪霊という
やつ。いまさらな話だけど、灰崎ヒカリは暴走しないので厳密には悪霊ではないのかも知
れないこともないと認めないこともない。僕にとっては悪霊だけど。
「……さて」
横目に俯いたままのメリィちゃんを観察する。
暴走。
彼女が?
まさか。
記憶飛ぶこともあるらしいけどねユーレイって。
彼女がきっぱり自分のせいじゃないと言い切れないのはその辺だろう。
暴走か。
確かに、その可能性は0じゃない。
「へぇ、いろいろあるもんだねぇ。バイク男に鎌男爵、花宮市の天使目撃談、呪いの首飾
り、正義の幽霊自警団バレットガールズ、ドッペルゲンガー、狐面の世直し人斬り、網名
市大規模爆発事故の謎、廃墟の人喰い少女にノコギリストーカー」
「ほぅほぅ。
では先輩、明日からこの鎌男爵って人探しましょう。たぶんきっと優しくて紳士な人で
すよ。友達になるべきです。出会わないと人生の9割を損します」
「そうかなるほど、僕はまず間違いなく首を刎ねられる系の怪談だと思ったけど実は間違
ってたんだね。
がんばれ灰崎。出会ったらまず罵倒して殴ってツバ吐きつけるのが最近のフレンドリー
だよ」
そんな会話をしながら、色々なページに目を通す。
しばらくしてちょっとだけ興味の湧くページ発見。これもまた都市伝説なんだけど。す
げ、出会った時の対策まで載ってるよ。おっぺけぺー。って何? これほんとに呪文な
の?
「……ふむ」
ま、調べ物は終わったんだし。もう少し色々見てみるか。時間はまだ残ってる。
「──あ」
「え?」
ぼーっと掲示板をのぞいていると、目に入った。
HNマコトさんの投稿。
駅前ゲームセンターに佇む、憂鬱な顔のユーレイ。何をするでもなく、ただ黙って、い
まにも泣き出しそうな瞳で同世代の子たちを眺めていたという目撃談。
孤独な、人形じみた、まっくらな瞳。
この世のすべてに絶望したような顔で、1人ぼっちで、時折本当に泣いていることもあ
ったそうだ。
「……」
そのゲーセンなら僕も知ってる。
そんな子が確かにいた。いまはもう、この世のどこにもいなくなってしまったけれど。
「先輩、なに見付けたんですか?」
「グロ画像」
「ままままじですか。わわわ私にも見せてください」
「二次だよ?」
「ななななおさら、みみみ見せてください」
「ダルマだよ?」
「まままますます、ぜぜぜ是非とも見たいです」
「嘘だよー」
「……はぁ」
灰崎は真剣風味な眼差しを崩し、楽しそうな笑顔を浮かべた。
「まったく。どうせそうだと思いましたよ、このへたれっ」
心配いらないですよ。見知らぬミハエルさんとやら。
「しっかし……ほんと、同一人物とは思えないよね」
「はい?」
あの日の憂鬱はどこへやら──最近の彼女はこんな風に、いつも笑って過ごしています。
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