暇潰しの夜 08/13
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「……う……ぐすっ」
ようやくメリィちゃんが落ち着いてきた頃、僕は頭の中で状況を整理した。
要は簡単な話だった。
あのバラバラ殺人の被害者たちは、メリィちゃんがここ3ヶ月間に驚かした人ばかりだ
ったらしい。
だけどメリィちゃん自身は何の危害も加えていないし、ちゃんと彼女たちの背後に立っ
て驚いている姿も見届けたし、ましてや殺してなんかいない。
なのにメリィちゃんの行く先々で人が死んでいる。
「……」
この流れで行くと、次の被害者は僕になるのだろうか。
「きっと偶然ですよ」
ぽつりと灰崎が漏らした。僕もひとまず同意しておく。
「ああ、そうだね。偶然だよ偶然。気にしちゃダメダメ」
「そんなの……そんな偶然あるわけないよ……」
灰崎の腕の中で。
メリィちゃんは、自分の手の平を愕然と見下ろした。また肩が震え始めている。
「わたしのせいだ……きっとわたしのせいで死んじゃったんだ……わたしが知らない内に
何かしたんだ、きっとそうだよ……」
それは違うと思うけどな、僕は。
灰崎が視線を向けてきた。『どうしましょう』と困惑している。
僕は空気を変えるために、努めて明るい声を発した。
「よし、遊びに行こうメリィちゃん」
「え……」
いや我ながら不謹慎。
しかしこちらにも事情があるのです。
それに、いまの彼女に必要なのは、悩んだり真相を突き止めたりすことよりもまず、心
の休息だと思うから。
「キミは疲れてるんだよ。しばらく何も考えない方がいい」
「けど……」
「そうだメリィちゃん、私たちのとっておきスポットに連れて行ってあげますよ。いっぱ
い遊んで、悪い考えなんて吹き飛ばしちゃいましょう!」
ね? と笑いかける灰崎に、メリィちゃんは目を伏せた。
+
初夏の街は、人で溢れかえっていた。
赤木市。
田舎と都会の入り乱れたこの中規模都市だけど、駅前に出ると視界は都会一色に埋め尽
くされる。
四角いビルに切り取られた夏日。白い陽射しが目に眩しい。
交差点の信号を聞きながら、噴水に腰掛け、通り過ぎていく雑踏の背中を見上げる。
「今日もいい天気ですねー」
「そだね」
うるさい雑踏は声を掻き消す。
3人並んで腰を下ろし、噴水に冷やされた空気を浴びて休憩中。
「…………」
メリィちゃんは元気がなかった。
当然だろう。
不可解だけど、知っている人たちが死んだ。バラバラにされた。同じ状況に置かれたら
僕だって混乱するし、落ち込む。
「メリィちゃん……」
灰崎はしきりに彼女を心配していた。
2人がユーレイでさえなかったら、僕がジュースでも買ってくる場面なんだけど。
「灰崎さん……わたし」
「はい」
「わたし、きっと悪霊だね。最低最悪のユーレイだよ」
「またそんなこと言って。忘れましょう、気にしちゃ敗けです」
「でも……」
彼女はあっというまに疲弊していた。そりゃあプチ喧嘩で泣いちゃうようなナイーブさ
だもんね。意地っ張りなだけで、本当は虫1匹殺せないような優しい子なんだ。
怯えの影を宿した瞳を見やって、灰崎は丁寧に促す。
「悪霊なんかじゃありません、メリィちゃんはちょっと疲れてるだけですよ。だから、何
も考えずに休憩しましょう? それだけでいいんです」
「でも……っ!」
つい、とまたアイコンタクトが向けられる。移動しましょうの合図。僕は無言で立ち上
がる。
「さ、行きましょうメリィちゃん。すぐそこに私のお気に入りのお店があるんですよ」
「お気に入りの……お店?」
不安そうな目が灰崎を見上げる。
「えぇ。そこはすごいんですよ、なんたってユーレイだって遊べちゃうお店なんですから。
今日はこの灰崎ヒカリが、特別にメリィちゃんをご招待します」
確か、あの場所を発見したのは灰崎だった。
ユーレイも一緒に遊べるスポット。退屈を持て余した僕たちが、決まって一緒に行く店
だ。
+
顔が近い。
僕はアメリカンなダーティヒーローの目の前に立っていた。
「……へぇ」
「あらら」
「うわ……」
入店するや否や、3人して呆然と部屋全体を見回すのだった。
すっげ。なにこの個室マジすっげ。
いつのまに改装したんだろう、内装も机も設備自体も全部変わってるし、天井にはスト
リートアート的な巨大絵とか描かれていた。ぶら下がったメッセージフラッグとか壁のペ
イントとかダメージ加工のソファとか鑑みるに、テーマはパンクか。部屋全体がやたらギ
ラギラしている。
中でもこの隅っこに立つイカつい1/1フィギュア。アメリカンダーティヒーロー。パ
ンク!
「……あの、灰崎さん」
「はい。なんですかメリィちゃん」
「えっと、ここ……カラオケだよね?」
ご明察。
僕たちは、駅前カラオケボックス『メガカラ』にいた。ああ違う、そーいや表の看板変
わってたね。いまは『ギガカラ』になったのか。
「よし、やっちゃうか灰崎!」
「はい! やっちゃいましょう先輩っ!」
僕たちはソファに飛び乗り、液晶リモコンを放置して分厚い本の方を手に取る。通はア
ナログを肯定するものなのだよ、ふっ。
僕がパラパラとページを捲り、灰崎が覗きこんでくる。
「さ、メリィちゃん何歌う? ちなみに僕は結構なんでも好きだよ」
「は?」
それはまるでお皿のように。
まん丸と見開かれた目に僕ちょっと感動。半透明の中学生は、期待以上のリアクション
を見せてくれた。
「はぁ!?
カ、カラオケするの!? わたしが!? 歌うの!? でもユーレイだよわたし!?」
「はいはい、そんなカタいこと言わないの。いいじゃん別に、死んでようが生きてようが、
音楽は誰にでも平等なんだから」
「先輩! 私、この曲がいいですっ! 懐メロですよ懐メロっ! なんだかもう懐かしの
タイトル見ただけで胸に染みますっ!」
「はいはい。ほらこっち来なよメリィちゃん、ちなみに料金は気にしなくていいよ。なん
とびっくり、不思議なことに1人分で済むから」
「あ……ぅ、えぇ……?」
信じられない、あなた本気ですか。
そんな感じではあったけど、とぼとぼと寄ってきて、メリィちゃんも渋々本を覗き込み
始めた。
「……カラオケって言ってもなぁ……もう久し振りすぎて、流行ってる曲とかぜんぜん分
かんないよ……」
でもぽつぽつと呟く横顔は、ほんの少しだけ生気が戻っていた。
僕微笑。いやあ、よかったよかった。
「1番灰崎、いっきまああああすぅぅぅっ!」
うお、すげ。灰崎のヤツ今日はいきなり全開だ。察するに、あれはユーレイになる前の
女子高生時代のテンションと見た。
「……ふふ」
カラオケボックス──それは万人を分け隔て無く受け入れる現世の竜宮、なのかもね。
+
メリィちゃん歌ってる。
その隙に。
「先輩」
灰崎が視線を動かさずに言ってきた。
「分かってる。持ってきてるよ」
僕のポケットには冷たい感触。
静かに、血を待つ刃物が息を潜めていた。
メリィちゃんの懸命な、しかしどこか弱った声が部屋に響く。
無防備な横顔に目を細める。
「…………」
あの首筋に。
僕は——
+
採点ゲーム開催中。
「100点!」
「86点!」
「79点──ってえぇ!? また僕の敗け!?」
1位灰崎、2位メリィちゃん、3位僕。
「ぬっふふー甘々ですね先輩。さ、では景気よくがんばっちゃって下さい」
「わたし腕立て伏せが見たいなー、休みなしで見たいなー、全速力で見たいなー」
「はいはい……」
ブラックライトの溶けるような空気の中で、床に手を付き、罰ゲームの腕立て伏せ20
回を休みなしで頑張る。見下ろしてくる灰崎がおーっほっほと似合わない声で女王様女王
様している。踏まないで下さいね?
僕は少しフラフラ気味だった。たった20と侮るなかれ、塵も積もれば山なのである。
「さ、もう1回勝負だ。言っとくけど次はぜったい敗けないからね」
ぱしっと燃える瞳でマイクを握った。でもちょっと息切れ気味。我ながら体力ないなぁ。
「100点!」
「82点!」
「81点──惜しい! ぐぬぬぬぬ」
1位灰崎、2位メリィちゃん、3位僕。
「ぬっふふー苦々ですね先輩。さ、では景気よくがんばっちゃって下さい」
「わたしスクワットが見たいなー、休みなしで見たいなー、全速力で見たいなー」
「はいはい……」
僕は頭の後ろで手を組み、罰ゲームのスクワット20回を休みなしで頑張る。見下ろし
てくる灰崎がおーっほっほと似合わない声で女王様女王様している。蹴らないで下さい
ね?
「さ、もう1回勝負だ。言っとくけどもう2度と敗けないからね」
ぱしっと燃える瞳でマイクを手に取った。でも全身が筋肉痛でバテ気味。さすがに疲れ
てきたなぁ。
「100点!」
「85点!」
「19点……ああ、そう……」
1位灰崎、2位メリィちゃん、3位僕。
「ぬっふふー機械に嫌われたようですね先輩。さ、では景気よくがんばっちゃって下さい」
「わたし重量上げが見たいなー、休みなしで見たいなー、全速力で見たいなー」
「……うぅ」
僕は仕方なくユーレイ2人が座るソファに手をかけ、頭の上でパンプアップ20回を決
行した。体重感じないとはいえ気持ち重いんですけど。2人は声を上げて喜んでいた。
「…………はぁ……ぐ、はっ」
「さ、もう1回勝負ですよ先輩。次こそは何が何でも敗けないんですよね?」
「わたし、ローリングヘッドスプリング二回転捻りがみたいなー、休みなしで見たいなー、
全速力で見たいなー」
「………………」
勝負開始。終了。
「101点!」
「99点!」
「0点、ってふざけんなっ!!! こんな作為的な採点結果、奇跡でも起こりえるかぁあ
あああああッッ!!!!!」
ばっこーんとマイクを投げ捨てる。
部屋の中は静寂。
はぁはぁと息を切らす僕を見て、灰崎とメリィちゃんが呟き合った。
「……そんなこと言われましても」
「勝負は出した結果がすべて、だよねぇ?」
「っていうか灰崎! なに平然と100点ビンゴしてんの!? 何!? ぜったいおかし
いよね間違ってるよね!!?」
「……え、ビンゴじゃないですよ? 最後101点ですし」
「むっきぃぃいいいいい!! なに、その1点はなに!? 一体歌ってる最中になにがあ
ったの!? どんだけ上手く歌えば限界値突破できるの!?」
「ねーえーそんなのどうでもいいじゃん。それよりわたしはやく、ローリングヘッドスプ
リング2回転捻り回転片手倒立腕跳びが見たい」
「だから何なのその筋トレ! もう脳味噌のリミッター解除しても無理でしょ!? って
いうか人体の動きを完全超越してるよね!? 物理の壁に頭ぶつけて死んじゃうよね!?」
「わっっっがままな先輩ですねぇ〜。もういいですよ、早く次の曲歌って下さい。ほーら、
マイク持って。次こそ敗けたらちゃんと罰ゲームしてくださいね?」
「うがー!」
僕はマイクを投げ捨てて地団駄踏んだ。びしと画面を指差して叫び付ける。
「なんで僕がマイク持った瞬間にもうマイナス200点とか表示されてるの!? おい、
聞いてんのかサイバーDOM、お前絶対僕になんか恨みでもあるんだろ!! 僕が一体何
をした、答えろこらあああぁ!!」
がっしゃーん、ばきごきごっしゃーん。ずぎゃめきごきぼきごぎゃあああっ
暴れ狂う僕を静かに眺め、ユーレイ少女たちはこそこそと囁き合っていた。
「……ねぇ灰崎さん。わたし、あの暴れ方どっかで見たことある」
「ああ、妹の彩ちゃんですね。ほら見て下さい、本を投げた時の放物線までもうそっくり」
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