暇潰しの夜 03/13

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「……え〜と」
 翌日から、メリィちゃんのホラーもとい嫌がらせは始まった。
 早朝の下駄箱は僕と灰崎だけ。
 僕たちは九条シンジと書かれた靴箱を覗きこみ、上靴の上に乗せられていた1枚の手紙
を見ている。
「……ラブレターですねぇ」
 ですよねー。
 何のつもりだろうメリィちゃん。白い封筒にハートマークのシールで封をして、ちゃん
と差出人まで書いてある。「田中芽衣李」って本名の方で。
「はっ!?」
 しかし灰崎が何かに気付いたようで、がばっと大袈裟に身を引いた。
 挙動不審に床を見て、何故か頬を染め、恥じらうように視線チラチラ。
「これは……恋?」
「んな馬鹿な」
 昨日のあの流れで、どうして恋しちゃえるんだ。しねとかバカとか書かれてる方がよっ
ぽど自然だ。
「むぅ……」
 僕は封筒を太陽に翳してみる。開けた瞬間にものすごい量のカミソリが出てくるとか、
ぺしゃんこになったGの死骸が出てくるとかでもないようだ。
「先輩。とりあえず開けてみません?」
「……そだね」
 開けないことには何とも言えない。
 僕は慎重にシールを剥がし、再参危険がないか確かめながら手紙を開いた。可愛らしい
便せんには一言

 好き。

「えー」
「まごうことなきラブレターですねぇ……」
 可愛い文字まで青春してる。
 とりあえず本気じゃないのは分かるけど、そんな嘘をつく意図が分からない。僕たちが
困惑していると。
「あーっはっはっはっは! どうよ、見たかこのすっとこどっこい共め!」
「あ。おはよ」
「おはようですメリィちゃん」
 階段の上で、仁王立ちしている中学生がいた。
「どう、驚いたでしょう!? びびったでしょう、いきなり過ぎて困ったでしょう! で
もそれ嘘! ドッキリ! ニセモノなの! どう!? 驚愕のあまり逆に平謝りしたくな
ったでしょう、敗けを認めたくなったでしょう!!」
 分かるようで分からない。てかホラーはどこに行ったんだ。
「……灰崎、採点」
「100点中2点ってとこですかね。確かに意味不明すぎて、逆に恐い気もします」
「そだね、心配だね。メリィちゃん大丈夫? 普段は何考えて生きてるの? 謎の自殺電
波受信したりしてないよね?」
「────、」
 何故だろう。愕然と目を見開き冷や汗まで垂らしている。
「……ふ、そう。そりゃそうよね。
 えぇ分かってた。こんな程度じゃ通用しない相手だってくらい分かってたから。見てな
さい、次こそ本当に恐怖させてあげるから」
 強気に言って、とぼとぼと階段を上がっていくメリィちゃん。背中に哀愁、顔に暗雲。
「……何よ……2点とか言わないでよ……せっかく頑張って考えたのにひどいじゃない…
…ぐすん」
 すげぇ落ち込んでる。がんばれー。



 教室の入口にロープが張られていた。
「……」
 簡易トラップの初歩の初歩。
 気付かず踏み入ったら転ぶだろうけど、僕はそこまでボケてない。
「恐怖……かなぁ」
「1点です」
 当然僕は跨いで入った。
 自分の席に座って腰を落ち着け、教科書を整理整頓していると。
「どわたっ!? ちょま、なんや!? 何が起こったんや!? 鼻打ったでしかし!!」
 僕の友達の朝野トウヤっちが引っ掛かっていた。



「ぬぅおおおおお!? 誰やねん、教卓をこたつにすり替えたヤツ! 座ろうとしたら頭
打ったやんけゴルア! ご丁寧にクッション敷いといてくれてありがとう!」
 すげ。見てなかったよ朝野君、よく引っ掛かったね。



「ひぃぃいやああああ!? 佐藤君の机の中から4匹のトカゲがぁぁああああ!! キモ
イでしかし! ってオモチャかい!?」
 そりゃびびるね、さすがだ朝野君。あ、そろそろ自分のクラスに帰った方がいいと思う
よ。ホームルーム始まるし。



「うお!? な、なんだこの窓枠に仕掛けられた画鋲の群れは!? チ……くそ、1階に
トランポリンが置いてあったのはこのためか! うぉおおぁぁぁああああッ!?」
 窓から入ろうとした黒川ヤマト氏が、ひゅーんと音を立てて落ちていった。ぽよよ〜ん



「な、なんや!? 知らん間に財布の中身がちょっぴり増えてる!? ラッキー!」
 やったね朝野君。だからもうホームルーム始まるってば。
「コラ朝野! テメェとっとと教室帰れ、撃ち抜くぞゴルア!」
 あーあ、春子先生に怒られちった。
「ぬあああ!? 気が付けばパンツが新品にすり替えられてる!? これは……あれ? 
喜ぶ場面かここ?」
 知りません。



 そんな感じで、メリィちゃんの嫌がらせもといイタズラが延々と続いた。
 昼休み。
 ざわざわ、ざわざわ。
 次々と的外れな結果を出し続けるそれを見て、灰崎ヒカリは密やかに。
「可愛い……すごい一生懸命で可愛い……」
 萌えていた。
「ぬっぎゃー!? 気が付けば生徒会立候補の山田君ポスター、鼻の穴に画鋲がッ!?」
 そして何故か、僕の代わりに朝野君がとてつもない強運でメリィちゃんのイタズラを引
き当て続ける。
 さすが通称「暴走王」、どこまでも暴走し続けている。
 標的の僕が言うのもなんだけど、メリィちゃんそろそろ泣いてるんじゃなかろうか。
 ざわざわと生徒達が談笑する昼休み。その中でも飛び抜けてはしゃいでいる朝野君、あ
れたぶん楽しんでるよね?
「なんや!? 黒板の隅っこに謎のミステリーサークルが描かれてる!? じっと見つめ
てたらイイ感じに目がチカチカするでコレ! 4時間ゲームボーイやり続けた時のあの満
足感が、たった5秒で味わえる!?」
 めざといなぁ。ざわざわ。ざわざわ。
「どばぇぇ!? なんとなく掃除用具入れを開けたら人体模型が倒れてきたッ!? 地味
にびびったやん!?」
 おっと、王道で攻めてきたか。ベタだけどいままでと比べれば少しだけホラーっぽい。
「ぴぎぃやあああ……あれ?」
 しかしそれで打ち止めだったらしい。唐突にトラップ地獄は終了した。
 ざわざわ、ざわ──ぴたり。
「………………え?」
 示し合わせたように静かになる教室。口々に喋っていた生徒達まで停止する。
 セミの声。
 夏風はぬるく。
 陽射しが枯れ色の床を照らしつけ、目映く机に反射する。
 ミンミンゼミは最期の一週を叫び続ける。
 朝野君以外、誰も声を発さない。白い教室。誰も動かない。みんなただ黙って凝視して
いる。
「……え? 何? なんで俺見られてるん?」
 誰も何も答えない。ただじっと朝野君を見ている。
 不意に夏草の匂いが吹き抜けた。
 謎の沈黙が流れる教室で、灰崎に視線を投げると、ただカーテンが揺れているだけだっ
た。
 あれ? どこ行ったんだアイツ。



「いない……」
 廊下に出て、周囲を見回してみても灰崎はいなかった。
 いつも通りの喧喧噪噪。よぅく目を凝らしてみても、黒川ヤマト氏が何やら彼女さんと
痴話喧嘩してるだけだった。ああ林原さん、包丁は没収ね。
「えいっ」
「ちょっと九条君!? 邪魔しないでよ、もうコイツ埋めるんだからッ!!」
「ナイスだぜシンジ! 恩に着る!!」
 うぉおおおおと声を上げて特攻していくヤマトっちを背景に、からんと包丁を捨てて廊
下を歩く。
 いつもは探すまでもなくそこにいる背後霊。1人だけ制服違うからすぐ見付けられそう
なもんなのに。
 不思議に思いつつ、なんとなく屋上に続く階段を上がっていく。
 すると鉄扉の向こうから声が聞こえてきた。
「うぐ……ひっく……なんでよ、なんで引っ掛かってくれないのよ……」
「よしよし、大丈夫です。メリィちゃんはよくがんばってますよ」
「そうだよ、わたしがんばったんだよ……ほんとがんばったんだよ……だけど、ぐすん」
 本当に泣いてるし。
 屋上に割って入る気にもなれず、僕は溜息しつつ腰を下ろし、鉄扉に凭れる。しばらく
このまま待ってみよう。
「そうですねぇ、ちょっと相手が悪かったかも知れません。
 なにせあの朝野君が邪魔してますから。あの人野生のカンがありますからね、先輩に降
りかかりそうな災厄を無意識に引き受けるんです。厄介でしょう、迷惑でしょう」
「そんなの……そんなのって、ぐず」
「仕方ないですよ。関西人ですから」
「でも……でも……うぐ、ひっく。やっぱわたし、ホラーの才能ないのかなぁ……?」
 ないですね。
 僕はいいことだと思うけど。
「よしよし、泣かない泣かない。
 そういえばメリィちゃん、昨日たしか先輩の部屋間違えて、彩ちゃんの部屋に入っちゃ
ったでしょう。でも無傷でしたよね、ちょっと尊敬しちゃいます」
「え……?」
 灰崎がぴんと人差し指を立てた、ような気がする。
「それは本当にすごいことなんですよ。そうですねぇ、例えるならライオンの檻に閉じ込
められたインディジョーンズみたいなものでしょうか。私には到底真似できません」
 人の妹を猛獣みたいに言うな。
 うちの彩はそんなに可愛くない。優しく例えて10/1スケール巨大ゴジラとかそれく
らいだ。
「……だけど……わたし、やっぱ駄目ユーレイだよ。ちっともあの人を怖がらせられなか
った」
「うーん……まぁ、確かにそれはそうなんですけど……」
 そんな会話を聞きながら、僕は静かに扉の向こうの光景を思い描いてみた。
 泣きはらすメリィちゃんと、その頭を撫でてあげている灰崎。
 そっか、灰崎がお姉さん役か。
 それじゃ安心だな。元気づけるのとか得意そうだし、僕の心配なんて必要なさそうだ。
 穏やかに笑みを浮かべ、その場をあとにしようとした僕はしかし。
「分かりました。この素敵ユーレイ灰崎が、少しだけ知恵をお貸しします」
「……え?」
 去り際に、何やら不穏な展開を聞いた気がした。



 結局、午後の授業が終わっても灰崎とメリィちゃんは姿を見せなかった。
「……」
 帰り際の下駄箱で。
 僕は靴を履き替えようとして、停止。
「ん?」
 僕の靴箱に、また白い封筒が入っていた。
 ただし今度はハートのシールではなく、筆ペンで力強く「挑戦状」と書かれていた。
 とりあえず封を開けて読んでみる。
 ──拝啓、私の愛する先輩へ。
 遺言は10秒だけ聞いてあげます。
 今夜午後8時、2年2組教室までおいでませ。@アイスハートぴかりん
「……えーと」
 そっか、灰崎が敵になったのか。
「え? なんで?」
 意味がわからなかった。




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