斬-the black side blood union-
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衝撃が、神社を大きく揺るがした。
「「!?」」
喧嘩の最中だった魔女と巫女が、境内隅に目を向ける。
「なんだ。不発弾でも埋まってたのかこの神社」
「さあ……」
爆煙に包まれた震源地。
そこから。
轟音が閃光のように駆け上り、天を穿った。
「む」
「つぅ!? 何よこの音――!」
ビリビリと神社のすべてを振動させる。
大気が割れそうになる。
平穏を引き裂くケモノの遠吠え。
物理衝撃にさえ成り得るほどの、それは、エレキギターの至高の爆音だった。
『はああああっはっはっはっはああああああああああああああ!!!!!』
マイクを通して発せられる、何者かの荒々しい咆吼。
爆煙が晴れ、震源地を露わにしていく。
見えたのは固い何かの光沢だった。
――レスポール。往々にして『ひょうたん型』と表記される、ロックギターの正統であ
り最終進化形。
カラスのような黒。
使い込まれたことを示す表面は傷だらけ、それでも重厚さを失くさない王者の風格と歴
戦の証明。
「フン……いくぜ相棒」
そんな猛獣を繋ぎ止める首輪、中低音の絶叫を伝達する鎖は極太のシールド線。犬小屋
さえも規格外。特注の大型アンプ、有名ブランドとデザイナーの二手を借りてこの世に生
を受けたそれは見た目にも禍々しい。全面に呪詛の如く綴られたメッセージ、その中でも
一際目を引く「鋼鉄魂」の文字。
ギタリストが再度、6弦すべてを裂くように弾く。応えるように、音は物理衝撃となっ
て神社を震撼させた。
立ち尽くしていた魔女と巫女に、兵器じみた機材のどれより禍々しい男の双眸が、宣言
した。
『よう――来てやったぞクソ共。喜べ。お前たちはいまから、インディーズ帝王・世紀の
復活劇を、その節穴で見届けるのさ』
言い知れぬ威圧感に、魔女巫女は唾液を嚥下した。
否。
魔女のそれは、歓迎の武者震いだった。
「クク……ククククク……!」
右手が蠢き、立て掛けてあった日本刀をひっ掴み、乱暴に鞘を投げ捨てる。
銀の光が威嚇する。
前髪を掻き上げ、魔女は邪悪極まりない声をギタリストに叩きつけた。
「はーっはっはっはっは! 来たな、現れたなバケモノがッ! いいタイミングだぞくそ
ったれ、今度こそは一方的に切り刻み、力を誇示し、オレがオレたる所以をその身に教え
込んでやる!」
「その魔王顔やめなさいっての」
「はぁぁぁあああああああああっ!!」
戦場の獣。
人外の速度で境内を駆け迫る魔女に、ギタリストは狂笑で応える。
『ひゃっはあああああああッッ!!』
もたげるギターのヘッド。
振り下ろし、アップピッキングでパワーコードの重低音を奏でた。
「!?」
文字通りの音速で駆ける衝撃。
目を見開いた魔女に、横殴りの鉄槌を喰らわせる!
「くぉッ!?」
木の葉のように吹き飛ばされた。
地面を削って背中から不時着する。
沈黙。
不動のゲームオーバー姿勢のままで、魔女は遠い青い空を見上げて呻いた。
「鬱だ死のう……樹海はどこだ、誰か連れて来い早く……がくっ」
「うっそ。プライド折れてるとはいえクソ魔女が殺られるなんて」
言葉とは裏腹に、巫女は真剣に驚愕していた。
『さぁて、これで邪魔者は消えたわけだ。そんじゃ始めるぜ。1曲目はハードにヘヴィに
決めようや』
またマイク越しのMC。
そこからギタリストは勝手にソロライブを始めた。
『はあああああっはっはっはっはああああああああああああああ!!!!』
巫女は強い視線で注視する。
あのギターの弦が振動するたびに、神社に存在するありとあらゆる物体が殴られたよう
に壊れていく。
目の前に突き立った日本刀を抜いて横薙ぎに振るう。火花。不可視の衝撃を打ち落とし
た。
無惨に壊れていく境内を見回し、呻く。
「やってくれるわねぇ……真っ昼間から人様の家でよくもまぁ」
巫女は、境内隅で無惨に折れている神木を見付けた。
喧嘩の最中にやってしまったらしい。
突然この場所にギタリストが現れたのもあれが原因だろう。
視線を研ぎ澄ます。
霞む輪郭。ギタリストは理に反して世に残留した者、亡霊だった。
「いー! うーるーさーいー!」
「あー! 耳が壊れるなのですぅ!」
悶える双子。
ギタリストは止まらない。
「放っておいたら全壊か……早いとこカタつけないとね」
鍔を鳴らし、八相に構えた。
「雪音さん!」
「む……おや、アユミちゃん。いいところに」
赤髪の少女が石畳を駆け上がってくる。
それに続いて2人の小学生も。
雛子が耳を押さえながら、半眼で非難する。
「うげ……なにあの超メーワクなオッサン。コンセント抜いて死ねばいいのに」
「子供がそんなこと言わないの」
「むぎゅ」
雪音の手の平に窘められた。
「しっかし困ったわねぇ。さっきのクソ魔女を鑑みるに、無理に切り込もうもんなら格好
の的だわ」
ギタリストの呪いは遠距離に手が届く。
対して魔女は近接戦闘の専門であったため、あっさりと敗北を喫してしまったのだ。
「そんなの簡単だよ。あたしがいるもん」
ふふん、と雛子が前に出る。
「おー、そうだったね。OK、この雪音さんが許可します。全力でやっておしまいなさい」
ぽん、と雛子の金属バットが具現化。手に馴染む武装をバトンのように高速回転させ、
大きく振りかぶって挑戦的に笑う。
「近所迷惑――」
踏み出す左足。
風を薙ぐ。高く高く打ち上げるように、暴風を散らしてフルスイングした。
「考えろぉぉおおおっ!!」
甲高いジャストミートの衝撃。
打ち飛ばされた風圧が、黒い弾丸と化して大気を疾る。
ギタリストの眉間に迫るライナー。
しかし激突の寸前に、その唇が弧を描いていた。
「「!?」」
小規模爆撃。
ただし爆煙は、不可視の壁に阻まれていた。
めきめきと具現化していく半球体の壁に、バッターは絶叫した。
「ATフィールド!? なにさアレ、自閉症シールドのくせしてよくも正義の子供打法を
コケに!!」
「だーから、子供がそういうこと言わないの」
「もぎゅっ」
ギタリストは微塵も揺るがなかった。
『はああああっはっはっはっはァ! 効かねぇな、全然ハートに届かねぇよそんなんじゃ、
つか誰が近所迷惑だテメェ! おい聞いてんのかクソガキ! 騒音なんて呼ぶんじゃねぇ
よ、崇高で芸術的なアート様なんだよ!!』
「うっさい! こっちは耳が痛いって言ってんの! 大体、あんたらギター小僧は時間も
わきまえずにジャカジャカジャカジャカもうほんと迷惑だっての! 音痴! へたくそ!
じゅけんべんきょーの邪魔! 無性にイライラするからお母さんの家事だって手につかな
くなってまたあたしが八つ当たられちゃうんだよ!! 勝手に人の生活圏脅かしといて、
すーこーアート様もくそも、あるかーっ!」
『あ、すいません……って誰が素直に謝るかゴルアアア! 覚えありすぎて思わずドキッ
としただろうがよ! 胸に届いちまっただろうがよッ! 明日から壁の向こうが気になっ
て練習が疎かになっちまうじゃねぇか、この、悪魔がぁぁああああああ!!!』
ギタリスト激怒。ぎらんと雛子の目が輝く。
「――勝った」
「2曲目ぇえええ! 哀愁の、リデンプションンンンンンッッッ!!!」
そこからは、爆速の速弾きメタル曲が展開される。
より威力を増した波涛。神社の破壊が加速していく。
それを見て、アユミがゲンナリと呻いた。
「逆ギレた……」
「いや、お見事。完全に挑発しちゃったわね雛子ちゃん」
「えへへー」
金髪少女が照れたように頬を掻いた。
『ぐるるぶぉあああああああああああああ!!!!』
デスシャウト。
ぴしり、と亀裂の入った鳥居を横目に、雪音は呆れたように言った。
「まるで音の結界ね。真正面から突破するのは無理かも」
「コンセント抜いちゃえばー?」
「無理よ。あの機材一式が半実体だし、そもそも近づければ苦労しないわ」
そんな危機的状況を、他人事のように傍観していた人物が1人。
「…………う」
仄暗い少女、西條香澄。
いつにも増して眠そうだった。ふと持ち直し、耳を押さえ、誰にともなく呟く。
「音割れ……」
繊細な鼓膜に慣れない轟音を叩きつけられ、呆然と、人知れず意識朦朧としていた。
彼女の胡乱な双眸は、目の前の一切を見ているようで見ていなかった。
『へっ! つまりお前たちには、俺のステージに立つ資格はないってことさ! 大人しく
頭振って堪能しやがれ!』
鼓膜を振るわせるMCに、彼女の意識がふっと覚醒する。
不思議そうに呟いた。
「ステージ……?」
進退窮まっている背中たちを観察してから、周囲に視線を巡らせる。
目に留まった。
縁側に放置されていたそれが。
「……雪音さん」
「何!?」
「延長コード……ある?」
「え」
香澄の胡乱な双眸は、埃まみれのキーボードに向けられていた。
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