斬-the black side blood union-

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 ──ガコン、ずばきぃ、めきめきめきっ
「……むぅぅ」
 あたしこと早坂雪音は巫女である。
 巫女というのは職業の名前だ。いまやコスプレやら萌え属性やらのひとつとして数えら
れることの方が多いのは良いのか悪いのか知らないが、これでもれっきとした職業なので
ある。
 給料はまぁ……そこそことしか言いようがないのだろうが、うちの神社はそれどころじ
ゃない。なんたって神主がいないのだから。なので私は神主代理 兼 巫女という面倒か
つ雑務の多い立ち位置にいる。
 あとマメ知識だが、一般的に巫女が巫女として働ける期間は物凄く短かったりする。停
年がおっそろしく早いのだ。そこら辺の理由は知らないし、それもまたあたしには関係が
ないこと。
 ──ずがしゃっ、ぼき、ずごんがこん
 ただ……問題は、経営の話である。
 無論こっちだって商売だかサービス業だかの一環として神社を経営しているのであり、
国から入るお金(以下検閲)なので、神社の経営不振はうちの家計不安に直結することと
なる。
 ──めきょ、ぼきべき、みしばきごきぃっ
「……むぅぅぅぅ」
 つまりは、だ。
 こんな朝っぱらから縁側でお茶啜ってるバヤイではないのである。
 そもそも「暇」というのは忙しい仕事の合間にあるべきものであって、なのにうちの神
社ときたら、暇の合間にちょこちょこっと仕事をやってるような状態なのだ毎日。まずい。
このままでは来月辺りに経営破綻しそう。
 ──ぼきがきっ、ずごしゃん、べきばきめきごきずごおぉぉぉぉおおおおおん
「……あ」
 ものすごい轟音を立てて、境内に生えていた大木が1本、倒れた。
「…………」
 それを見下ろす誰かの視線は絶対零度。何故か頭に白いハチマキまきつけて、こめかみ
辺りに火の付いた蝋燭を2本立て、右手に金槌・左手に五寸釘なんぞを握り締めているア
ホがいた。
 そいつは吐き捨てるように呟く。
「……脆い」
「ちょっと!? さっきからヤケにうるさいと思ったら、アンタあたしの神社で何やって
くれてんのよ!?」
 ぬらりと振り返ったのは黒い女子高生。
 可憐な外装から駆け離れた地獄のような声で、もと相棒の魔女は呻いた。
「見て分からないのか? 牛の刻参りだよ」
「ぜんぜん牛の刻じゃないし、そもそもやり方間違ってるし、こんな朝から誰を呪ってん
のよ」
「ふ……無力な自分の無力さを呪っているのさ……」
「はぁ?」
 ブツブツと亡霊のように呟いて、また別の木に五寸釘を打ち始める魔女。
 その背中、なんだか色素が薄いような。あれは遠回しな「落ち込んでます」的な漫画表
現だと受け取ってもいいわけか?
「……珍しい。あの理不尽でも世の不条理に悩んだりするのかしら」
 そういえばあいつ、前回の仕事で大失敗かましちゃったんだっけか。
 真相を掴めずに振り回され、一般人相手に2度もしてやられたという、ベテランにある
まじき大失態。その記憶と、いますぐにでも首を吊りかねない哀愁の背中を見比べて納得。
「なるほど……プライドが折れちゃってるわけね。いい気味」
 ずずずとお茶を啜って今日の日程を考えてみる。
 仕事の予定が一切浮かばないことに、あたしは小さく溜息を零した。




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