斬-the black side blood union-
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「……そう、また殺されたの」
早朝の早坂神社。
屋根の下、縁側に腰掛けて、俺は手の中の湯飲みを見下ろした。
隣には雪音さん。
雨の中、巫女さんは灰色の雲を見上げて物憂げに呟いた。
「まったく、どうしてこんなことになるんだか。仲良しなはずの友達が次々と」
透き通った瞳が世のしがらみを心から憂う。
中林俊彦。
俺が、俺たちがもっとしっかりしてれば、彼が殺されることはなかったのかも知れない。
「……」
知らず、拳を握り締めていた。
無力な手だ。目の前で消えゆく命ひとつ救えなかった。
「顔を上げましょうか」
ふぅ、と息を吐いた雪音さんの横顔を見る。
潔白の小袖。
瞳はただ真っ直ぐに、雨の縁条市へと向けられていた。
「覆水盆に返らず、と言うでしょう。あなたたちは最善を尽くした。それは私が保証して
あげる。そう、それこそ予知能力でもない限り防げなかったのよ。こればかりはどうしよ
うもない」
静かに、彼女は説いた。
「けれど、だからと言って立ち止まっていいわけじゃない。このまま盆を傾け続けていれ
ば、水は次々と零れていってしまう。いずれ……最後の一滴が枯れるまで」
ぴちゃり、と終末の音色が聞こえた。
そう遠くない幻聴。
現実にするわけにはいかない。
「……止めます。ぜったいに」
残り2人。
俺たちにはもう後がない。
どちらか1人が真犯人で、残るもう1人はそいつに命を狙われているんだ。だからあと
1人殺されてしまえば、この事件は最悪のカタチで終わるのだろう。
「……させるか」
先生は朝一番に家を出て、美濃信士の監視に向かった。
静かに玄関を押し開ける先生の横顔が、とても険しかったのを覚えている。
俺もそっちに行って補佐しなくてはいけない。桂智花の方はアユミと雪音さんが。この
布陣で、4人掛かりで事件を終わらせる。
「アユミは、どうしてましたか?」
気にならないはずがない。
あのバカ、きっと1番つらい立ち位置にいる。このあと事件がどう動いても悲しまなけ
ればならない位置に。
「どうもこうも、普通に友達してたわよ。本当に仲良しになったみたい」
「……そうですか」
何故だろう。
そのとき、不意に悪寒に襲われた。
「そう、まるで姉妹みたいでね。桂智花さん。思ってたより、とってもいい子よ」
そういえば、昨日の朝も同じことを思ったんだ。
アユミの華奢な背中が、何かに誘われて、俺の知らない場所へと連れ出されていく。そ
んなよく分からない幻視。
幻の中の、遠くへ行ってしまうアユミはとても幸せな顔をしていた。
真っ暗闇の雨の中。
誰かの手を取ったアユミが、まるで命より大事な宝物を得たように、笑う。
「…………」
──なあアユミ。お前は、死なないよな?
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