斬-the black side blood union-

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「さて、こうしてめでたく死者が出たわけだが──」
 硝子細工のような無表情で、先生が述べた。
 あれは怒ってる。
 たぶん、すっごく怒ってる。
 そんな先生に声を返せるのは、ソファに座って脚を組んでいる雪音さんだけだった。
「……全然めでたくないわよ。雛子ちゃんたちみたく、無害認定で終わってくれればいい
なって思ってたのに」
 そう言って雪音さんは額に手を当てた。
 それであんなにだらけてたのか。
 もともと積極的にこの件に手を出すつもりはなかったんだ、先生も、雪音さんも。
「やれやれ……」
 同じくソファに沈んでいた羽村くんが体を起こし、半眼で先生を見返した。
「だからやめようって言ったんですよ、これじゃ逆効果じゃないですか。な~にが『師匠
考案・バカ弟子のためのトモダチ作り大作戦』なんですか」
「う……うるさいな少年、仕方ないだろ? オレだってたまには失敗くらいする」
 一体何の話だろう?
 首を傾げるわたし・高瀬アユミと何故か目を合わせないように、先生と羽村くんがそっ
ぽ向く。
 不思議に思っているとうしろから雪音さんが両肩に手を置いてきた。
 1度わたしに意味深な笑顔を向けてから、話の先をうながす。
「さて、それじゃいい加減お仕事始めましょうか。性悪、説明」
「チ──くたばれクソ巫女」
 忌々しそうに小さく舌打ちしてから、先生が説明を始めた。
 澄んだ声がテレビのニュースを意識の外に追いやり、リビングに反響し始める。
「どうってことのない話だ。
 ある高校に仲良し5人組がいてな、彼らはいつも一緒に行動していたそうだ。放課後。
学生旅行。花火大会に夏祭り。
 最近のテレビじゃよく『ゆとり世代の横繋がり希薄化』なんて言われてるが、その5人
だけは例外で、まぁ遊び仲間を越えた家族みたいなもんだったらしい……というのはそい
つらのクラスメイトの証言だ」
 先生はいつもの黒セーラー服のままで、腕を組んで窓の外を見つめた。
 午後1時、今日も昨日と変わらず雨が降り続けている。
「さて……もう分かってると思うが。アユミ、これは桂智花とその仲間たちの話だ」
 先生の切れ長の瞳がわたしを見た。
 こくりと頷き返す。智花さんと5人組。彼女の部屋にあった、あの廃工場の写真。みん
な笑顔で、羨ましくなるくらいに楽しそうだった。
「ずっと一緒に遊んでいられると思っただろう。事実・そいつらは高校のあとも同じ大学
に進学すると約束していたらしいし、まだ2年にもかかわらず全員で受験勉強を始めるく
らいに真剣だったそうだ。
 そうやって5人は明るい未来に夢を馳せ、楽しい毎日を謳歌していた。だが──」
 そこで、先生の声が少しだけ沈んだ。
「ある日、その5人のうちの1人が事故に遭って死んでしまった」
「……え?」
 少しだけ、空気が重くなった気がした。
「事故の現場は駅のホーム。
 少し不可解な部分も残ってるが、まぁただの事故死だろう。
 そうして5人組が1人減り、残念なことに4人組になってしまった。それがいまから2
ヶ月前の話だ」
 ……智花さんの友達が、2ヶ月前に、死んでいた。
 それが、あの写真のことを尋ねた時に彼女が淋しそうだった理由。
「さて、そこで残った4人のうち1人、桂智花が浮上したのがいまから3日前。どうって
ことない。呪い寸前の怨嗟を纏ってたのを、たまたま皐月通りで双子が見掛け、雪音のブ
ラックリストに記帳されたっていうパターンだ。
 桂智花の抱いていた感情は「悲しみ」。仲間の死のショックが呪いと化す寸前まで具現
化し始めている。それがこのまま呪いになるか、消滅するか、或いは呪いになったらなっ
たで無害か有害か、それは蓋を開けてみるまで誰にも分からない。
 そこでアユミを接触に当たらせたのがつい昨日のこと。翌日の今日、遠くの児童公園で
5人組の1人・リーダー格だった吉田流星17歳が、死体で発見された。死因は脳挫傷。
これで残りは3人ということになるな」
 と、そこで羽村くんが不思議そうに口を挟んだ。
「──あれ? そういや先生、今朝そんなニュースやってましたっけ?」
「死体の処理はこっちサイド、“葬儀屋”に任せたから吉田流星の死がニュースに載るこ
とはない。銀一曰く、1週間後に他県から吉田流星宅に向けた手紙を送って、仲間の死に
耐えきれずどこかへ失踪したという風に偽装するそうだ。
 そしてオレたちの仕事はここから先。
 吉田流星は九分九厘、何かしらの呪いによって殺されていた。特定役は“葬儀屋”と双
子の両方を使ったからまず間違いない。オレたちはその下手人を特定し、狩り、葬らなく
ちゃいけない」
 わたしはスカートをぎゅっと掴んで、顔を伏せたまま呟いた。
「……智花さんが、犯人なんですか?」
「さあ。どうだろうな」
「え?」
 顔を上げると、先生は複雑な表情で窓の外を見つめていた。
「ややこしいのはそこなんだ。
 桂智花の他に2人、まだヤツらの仲間は残ってる。
 今朝1番に双子を高校に向かわせ確認させたが、残り2人のどちらもが桂智花と同様、
いつ呪いになってもおかしくないレベルの怨嗟を抱いている。尋常じゃなく悲しんでるん
だよ。3人が、同じくらい強く」
 他にも2人。
 それは、犯人が誰か分からないっていうことだ。知らず胸を撫で下ろしていた自分に少
しだけ自己嫌悪。
「はっきり言ってこれは異例だ。たった1人の死によって同じグループのうち複数人が呪
いを具現化させかけている。それだけ繋がりが強かったってことだろうな」
 さて、と先生は組んでいた腕を解いて、傍に立てかけてあった日本刀・小笹を手に取っ
た。
「では最後に、今後の行動方針についてだ。
 まずオレたちはこの3人のうち誰が吉田流星を殺害したのか断定するため、別個に24
時間体勢の張り込みを敢行する。
 アユミは桂智花、羽村は中林俊彦に張りついて、オレと雪音はその補佐に回る。以上、
解散」
 その言葉を合図に、先生と雪音さんが部屋を出ていく。
 取り残されたわたしは漠然と智花さんのことを考えていた。
 5人組。
 事故死。
 死んでしまった、2人の仲間。
 残された3人のうち誰かが、かつての仲間を殺した?
 どうしてそんなことするんだろう。
 大好きだったはずの友達に、どうしてそんなことができるんだろう。
 わからない。一体、何のために──。
「……アユミ」
 ぽつりと羽村くんが呟いた。
 見返すと、羽村くんもリビングを出ていくところだった。背中を向けたままで、彼は何
故か、唐突にこんな言葉を言ってきた。
「お前、死ぬなよ」
 雨はまだ、降り続けている。




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