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斬-the black side blood union-
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「ん……」
目を覚ました場所は学校の教室だった。
懐かしい机にもたれ掛かり、彼女は自分の席からぽかんと黒板を見る。
・明日の全校朝会について
・避難訓練の予定
・国語の宿題は、月曜日に提出しましょう
……などなど、HRで書かれたらしき内容が羅列してある。
「うぅ、寒っ」
身を震わせる。空を見ればとっくに真っ黒で、少女自身は安っぽいパーカーにデニムス
カートなんていう薄着。季節を考えれば、あまりにも考えなしの服装だった。
「はぁ……」
再度ぱたりと机にもたれ掛かる。
久し振りの小学校。自分がフトウコウになった後もみんながずっと通い続けている教室。
内装はずいぶん変わってしまったが、変わらないものだってちゃんとある。
黒板消しのチョークのにおいとか。
カサついた床の感触だとか。
窓際の席から見る校庭の風景だとかは、いつまでも同じだ。
「…………」
もう2度と、足を踏み入れることはないだろう教室。
この場所で、仲のよかった友達が今日も明日も笑い合うんだと考えれば、とても淋しい 気持ちになる。
「ふん、関係ないしっ」
それでも彼女は首を横に振った。
席を立ち、足元にあった金属バットを拾って夜の教室を元気に飛び出す。
──今日、夕暮れの公園でとても嬉しいことがあった。友達ができたのだ。2人とも年
上で片方はちょっと意地悪だけど、どっちもいい人。
フトウコウなお陰であの2人と出会えたんだ。だから別に、哀しくなんてない。
+
ぶん、ぶんと風が鳴る。
イメージするのは白い球体。
すごいスピードで迫ってきて、あっという間に通り過ぎていく。
いつもは真っ直ぐだけど時折変化したりして、結局ただの一度も打てなかった忌々しい
野球ボールだ。
「ふん──とりゃっ!」
真っ暗な校庭の真ん中で、何度も素振りを繰り返す。
明日は打つ。
絶対に特大ホームランを叩きだして、2人をあっと驚かせてやるんだ。
疲れなんて感じない。
親指を立て、期待の笑みを向けてきたピッチャーを思い返しているから。
おねぇちゃんはきっと「すごいね」って褒めてくれるだろう。
あたしはそれに胸を張って言い返すんだ。「ふふん、これくらい余裕だしっ」
そのためには、カコクなトレーニングを乗り越えないといけない。
テスト勉強と同じ。
みんなに隠れて密かにがんばっておけば、本番で自分でも信じられないくらいの結果を
出せる。
思いついた正解の秘訣は片っ端から暗記して。
ときには教科書にない解き方を自作することだって厭わない。
大切なのはただ勉強するのではなく、ちゃんと正解を出せるような体勢を自分で作り上
げることなんだから。
ぶん、ぶん、と風が鳴る。
「はぁ……はあ」
ずいぶんと頑張った気がする。
たぶん1時間は振りっぱなしだっただろう。
ふと手の平をみるといくつもマメが出来ていて、スポーツは勉強と違って1日に出来る
練習量が限られているんだと気付いた。
「ちょっとだけ、休憩かな」
カラカラとバットを引きずって水道を目指す。
見上げた時計は給食の時間。ただし、いまは真夜中だけど。
「努力家なんだね」
「…………え?」
声を掛けられてようやく気付く。
水道の前。
街灯の真下に、人影が立っていた。
「─────」
背の高い誰かが静かに佇んで、薄っぺらな瞳であたしを見下ろしている。
向けられる笑みは友好的な笑顔。
けれど、ソイツが銀色に光る何かを持っていることをあたしは見逃せなかった。
「……誰?」
「誰って、昨日会っただろ? コンビニの裏で、猫と遊んでたときにさ」
こつ、こつ。
ソイツが陰の中から歩み出てくる。
時刻は午前2時46分。
アイスピックを手にした高校生に笑いかけられた。
そいつは嬉しそうな笑顔であたしに近付いてくる。
「……な、なによ?」
「特に何も。強いて言うなら予定かな、これも予定表のうちなんだ」
「予定、表……?」
そいつはとても気軽に言った。
あたしは予知能力者なんかじゃないから。
「うん、実はもう決定事項なんだよ。君は今夜、ここで死ぬ」
──その日が自分の命日だったなんて、まったく知らなかったのだ。
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