斬-the black side blood union-

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「ただいま~」
「遅い」
 ずがん。
 日が落ちるのとほぼ同時に玄関を押し開け、俺がまず始めに見たものは日本刀の切っ先
だった。
 銀光が音の速さで目の前を駆け抜けドア枠に食い込んで停止する。俺が失明しなかった
のは単に、常日頃から慣れているせいで体が自動回避しただけだ。
 ぽけーっとそれを観察してから家の中に目を向ける。
 すると、日本刀を振り抜いた体勢でこちらを見ている高校生と目が合った。
「ただいま帰りました、先生」
 俺が先生と呼んでいるこの家の主にしてお師匠サマである。
 彼女はビキビキと剣を捻って引き抜き、風の動作で鞘に仕舞った。いつもの黒セーラー
服でないということは下校してから結構時間を持て余していたということだろう。
「うむ、おかえり少年。
 ところで今日はまた随分と遅かったな。とりあえず死んどくか?」
 肩まででバッサリ切った髪を掻き上げながら、先生はどす黒い笑みを向けてくる。
「えーとまず、とりあえずで人を殺すのはやめましょう。次にコワイ顔して日本刀に手を
掛けるのをやめましょう。最後に、なんか土産に苺大福とか買ってきたのでその怒りを静
めましょう」
「む。そうか、ご苦労だったな」
 花月堂の紙袋を受け取った先生は上機嫌でリビングに撤退していく。
「あそうだ忘れてた。少年、一応聞いておくが街の方はどうだった? 何かおかしなもの
とか見掛けなかったか」
 靴を脱ぐ手をぴたりと停止する。
 そういえば、昼間たしか自称「予知能力者」の高校生に出会ったような。
 ……どーでもいいか。
「異常なしですね。平和なもんですよ、本当」
「そうか、ならいい。
 ひきずり魔事件が終わったいま、これでしばらくは休日確定だな」
 それっきり、今度こそリビングに引っ込んでいく女子高生。
 横暴な魔女でも甘い物を与えておけば大人しくなるのか。覚えておこう。
「さてと。
 アユミ、今日の晩飯当番は俺だったよな。冷蔵庫の中なんか残ってるか?」
「あ、えっとね。昨日買い出ししてきたばかりだから色々残ってるよ」
「できれば洋食系がいいな。運動して腹減ったし、ボリューム作れるやつがいい」
「粉チーズとベーコンと白ワインが残ってたから、今夜のオススメはパスタかな。カルボ
ナーラ」
「おーけ、得意料理だ。それでいこう」
 玄関口にグローブと買ってきたばかりの野球ボールを放置して、キッチンへ向かう。
「羽村くん、このCDは部屋に置いとけばいいかな?」
「おう。先に聴いててもいいぞ」
「アユミー! 早く来ないとオレ1人で食べ尽くすぞーっ!」
「あ、いま行きますっ!」
 ぱたぱたと先生のもとへ走り去っていく。
 俺はパチリとキッチンの電灯をON。
 リビングからは、陽気なホームドラマの台詞が聞こえていた。
『お母さん、お父さんがヘンなとこ触ってくるよ~っ!』
『あらあら。ふふ、まったく。キツくお仕置きしてあげないといけないわね』
『や、やめるんだ洋子! 笑顔でガラス灰皿を振りかぶるなッ!?』
『死んじゃえお父さん! だいっきらい!!』
『くそ、なんて非道な娘だ! お前なんて生まれてこなければよかったんだ!!』
『まぁ。我が夫ながらなんて身勝手で理不尽で自己中心的でお子様なダメオトナなのでし
ょう。
 あなた、ひとの心が分からない人間には親になる資格なんてなくてよ? ……ふぅ、な
んて嘆かわしい。人親が資格免許制になるのは一体いつなのかしらね?』

 ──こうして今夜も暮れていく。




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