斬-the black side blood union-
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「なにこれ?」
「見て分からないか? ボールとバットとグローブだ」
「いやそれは分かるけどさ……」
いったん家に帰って戻ってきた俺は少女にバットを、アユミにグローブを押し付けた。
「ま、せっかくの晴天なんだし爽やかに青春謳歌、訳して野球でもやろうじゃないかとい
うお兄さんの提案だ。誰か反対意見のある者はいるか?」
「はいはーい! オッサン、あたし盛大に反対ですっ!」
みし、とこめかみが引きつるのを感じる。
「よしちびっ子、その理由を簡潔に述べよ。3文字以内だ」
「ダルイ。以上」
「文句言うな!」
「いたっ!?」
ずびし、とグローブで頭をはたく。
「……ぶーぶー。オッサンやっぱ死ね」
「はいはーい羽村くん、わたしもひとつ質問なんだけど」
「なんだ?」
「どうして唐突に野球しようなんて思い立ったの? スポーツなんて滅多にやらないよね」
まぁ、それはなんだその。
「やっぱゲームばっかじゃ不健康だろ? 体の病は心の病だし、な」
「ああ、そっか──」
アユミは静かに、文句垂れながらも珍しそうにバットをぺたぺたさわっている少女を見
た。
「──なるほど。羽村くんって意外と過保護なんだね」
「るさい。そんな微笑ましそうな目で俺をみるな」
さて、と少女を真ん中に立たせ、そのすぐ後ろにキャッチャー役のアユミを配置し、マ
ウンドの位置に俺が立つ。
久々に触ったボールの感触を確かめる。軽く肩をほぐし、一般の握りから僅かに人差し
指を中指側にずらして握り込んだ。
「ねーぇ。オッサン、そんな遠くからここまで届くわけー?」
少女が不服そうに叫んでくる。俺はその声に、ギラリと目を光らせドス黒い笑みで返答
してやった。
「──待たせたなスラッガー」
大きく緩やかに振りかぶる。踏み込む足はケモノの前足、一度大地を捕らえてしまえば
決して滑ったりはしない。ずがしゃん。
「へ?」
少女がぽかんと疑問符を浮かべる、頃にはもうすでに肉薄していた。
──暴風がゴール寸前で停止している。
超高速の白球、速度はきっかり高校野球の最上クラス。
風切り音さえ忘れる飛行。速すぎてそこだけ世界が切り取られているようだった。
「──────」
しかし相手もなかなかに優秀な人材だった。
頭でパニクっていても体が自然に対応し──或いは出鱈目なタイミングが功を奏したの
かも知れない──早すぎるバッティングは速すぎた弾丸へと奇跡的に対応し、ジャスト0
秒のタイミングで白球を殴殺する……っ!
だがしかし俺は敢えて彼女をはね除ける。意識せずとも口の端に浮かぶ謀殺の笑み。
「ククク──!」
「ちょ、えぇぇえええええっ!?」
確実に芯を捕らえたかと思われたバットは盛大に空振りする。
バットが外したのではない。ボールが避けたのだ。
殴殺される寸前の急回避。スライダーによく似た、しかしそれよりも明らかに小回りな
変化を描いたその球種は『カットファストボール』。
真っスラ、カッターなどとも呼称されるそれは貪欲なまでに勝利に特化した『芯を外さ
せる』ための変化球。
しかし生意気な小娘ごときにはファウルさせるのも勿体ないわ。は、はははははっ
ずがぉんとキツイ音を立ててキャッチャーミットに突き刺さる直径7cmの球体。
とんでもねぇ超高速球だった。
「すとらーいくっ!」
俺の勝利を讃える宣言に胸がスッとする。
遠い負け犬バッターに向けて、両手を広げ、俺はセレブな見下し笑いを披露してやった。
「フ」
「つぅ……!? あのオッサン、なんて子供なんだ! ぜったい人として間違ってる!!」
下手投げを期待したな、この間抜けめ。
相手は小学生? しかも華奢な女の子?
はん、それがどうしたこのツン殺。勝負の世界に年齢も性別もない。そう、いまこそは
待ち焦がれた復讐の時だ。もう泣いてデレても許してやらない。
「2球目も投げて欲しいかそこの小娘? 打ちたいか、打ちたいんだな打てるのか? な
らばいくらでも披露してやるぞ俺の美技。そして酔いしれろ、泣け」
キャッチャーに返される球を受け取って、俺は次弾を撃ち放つドラグノフと化した。
「喰らえ! 必殺魔球・ライジングニャットボールっ!!」
「ふんだ、このダメ大人め! 正義の子供打法で返り討ちにしてやるッ!!」
──そんな感じで試合開始のサイレンは鳴り響き。
「来いオッサン! あたしはまだまだ振り足りないぞっ!」
「ふはははははははは、敗北は楽しいか小娘! 虐げられし者の嗜みがお前にもようやく
分かってきたかッ!!」
「ふざけるな鬼畜サドめ! おまえなんかに、おねえちゃんを渡すもんかああああっ!!」
「2人とも、なんだか楽しそうだね……」
俺たちのハイレベルなんだか低レベルなんだか分からない青春甲子園が、始まった。
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