斬-the black side blood union-
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「酸っぱいのは苦手なんだけど」
「そんな顔してると思ったよ。さぁ飲め、ぐぃっといけ。足りないなら何本でもパシって
来てやるぞ、ただしコーラ限定で」
「ぅぐ」
苦そうに顔をしかめた少女がアルミ缶と睨み合う。
恐る恐るプルトップに手を伸ばし、カコンと音が鳴った瞬間に俺は盛大な溜息を吐いて
見せた。
「あ~あ~。開けちまいやがった」
「な、何よ? 飲めって言ったのはオッサンでしょ?」
「いや、ちょっと考えてみ? 炭酸が苦手なら、開ける前に振ってしまえばいい」
「あ、そっか! あったまいいねオッサン、あははははっ」
「だろ? 今日の俺はいつになく冴えてるんだぜ、はははははっ」
笑いながらぐぃっと一口。
「って、開ける前に言えッ!」
「あ? んなことしたら面白くないだろうが、このバカ娘」
「ふびゃああああ舌が溶ける……おねぇちゃーん、オッサンがいじめるよ。サドだよコイ
ツ絶対に」
「はいはい。コーンポタージュあげるから機嫌直そ?」
「ほんと!? やったーっ! おねぇちゃん愛してる!!」
チッ。
「なんだよアユミ、おまえ俺の敵か」
「お子様な羽村くんの味方はしてあげませーん」
「そうだそうだ、オッサンなお子様はあっち行けー」
「ねー♪」と笑い合う女2人が俺の敵。しかも片方は怪力女だ、潰される前に退散しよ
う。
「やれやれ……」
噴水の縁まで歩いて腰を下ろすと、何故か随分前からの定位置であるように馴染んだ。
何故だろう。
「ねぇおねぇちゃん、彼氏いるのー?」
「残念ながらいないんだー。どこかに格好良い人落ちてないかなぁ?」
「落ちてる人はマズいよー、絶対ホームレスか謎の組織に追われて行き倒れてる関わっち
ゃいけないタイプの人だよー」
「そっかぁ、それもそうだねー。巻き込まれちゃうのはちょっとイヤだよねー」
異様に間延びした会話を聞きながら思い至る。
そうか、楽しそうな輪の外か。
幼少時から邪険に阻害されるのが俺の定位置だったというのか……ッ!
「……ね、おねえちゃん。この喋り方なんか気持ち悪くない?」
「……うん、確かにちょっと薄気味悪いね。やめよっか」
とまぁ、そんな感じで平和極まりない午後の時間は流れ落ちていく。
名前も知らない少女が加わって計3人。いつもと少し違うが、案外騒がしい空気も悪く
ないものだった。
「そうだ。おねえちゃん、ゲーム得意?」
「ゲーム?」
がさごそとポケットを漁って、少女は最新の携帯ゲーム機を取り出した。
中古の家庭用ゲーム機が一台あるだけの家の住人としては、スケルトンボディが光り輝
いているように見えた。
「フッ、遠慮せず俺に任せたまえ。ごく一部の格ゲー限定で」
「黙れオッサン。マリオしかないんだけどね、クリア出来なくて困ってるんだ。ちょっと
やってみてくれない?」
「滅殺ブラッドジェノサイダーはないのか?」
「ねぇよ。はい、おねえちゃん」
「おっけー、おねえちゃんに任せなさい。どれどれ……?」
ゲーム機を受け取ったアユミが「そりゃ!」「えい!」「ばよえええんっ!」とか叫び
ながらマリオを操る。
その隣から最初は期待に満ちた顔で画面を覗きこんでいた少女だったが、徐々にリアク
ションが薄くなり、最終的には気不味そうに黙り込んだ。
俺は知ってる。アユミは極度のゲーム下手だ。画面の中の水道管工はきっと亀も倒せな
いヘタレぶりを遺憾なく発揮していることだろう。
「お、おねえちゃんありがとう。もういいよ、ムリしないでね?」
「だいじょうぶ、任せなさい。おねえちゃんはね、この前中古で買ったパズルゲームの1
面がラスボス並みに強くても、根性だけで打ち倒した最強プレイヤーなんだから」
「そ、そうなんだ……。」
ゲーム再開したアユミをひとまず置いて、少女が忍び足でこっちに来た。
ぼそぼそと声を潜めて聞いてくる。
「ね。1面がラスボス並みって、どういうこと?」
「ああ、たぶん俺が20秒で倒した雑魚キャラのことだろ。
言っとくが俺が上手いって自慢してんじゃないぞ。アユミのやつが、史上稀に見るアレ
だってことだ」
「そっか、アレなんだ……可哀想だね」
俺はずずずと缶コーヒーをすすりながら、自称最強プレイヤーを傍観する。ヤツはとう
とう生まれて初めて亀を倒したらしい。声を上げて喜んでいた。
少女も俺の隣に腰を下ろして、ずずずとコーンポタージュをすすり始めた。
ずっと無言なのも何なので、適当に口を開いてみる。
「……ゲーム。好きなのか?」
「ううん全然。ただ他にやることがないだけ」
俺との会話などどうでもいいようで、少女はただ悲痛な顔でバカな「おねえちゃん」を
応援している。
俺は缶を置いて立ち上がる。
「……そうか。」
そして少女とアユミを置いて、静かに歩き出した。
「あれ? オッサン、どこ行くの?」
「青春を──」
「は?」
俺は遠い青い空を見上げて、爽やか爽やかしながら言った。
「──青春の匂いを、迎えに行ってくる」
キラキラと俺が輝き、ばさばさーっと鳩が逃げていくっておい待て、そんな一目散に逃
げる鳩がいるか。
「うわぁ……何? この缶コーヒー、なんかヤバ気なクスリでも入ってるわけ? それと
もまさかシラフで言ってんの? うわぁ……」
うっせぇ畜生。お前らなんだ、青春イジメて楽しいか。
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