斬-the black side blood union-
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「──未来予知?」
陰気な高校生は笑みを深める。俺は言われた言葉を反芻する。
未来予知を、信じるか。
未来予知とは超能力の一種だ。読んで時の如く未来を予知するもの。その力を持つ人間
はこれから起こる事象を前もって予見するという。
例えば、数秒先に目の前の交差点で起こる交通事故だとか。
例えば、数日後に自分の引き起こす大きな失敗だとか。
それらをあらかじめ察知することが出来る能力。言うまでもないが、現実にはありえな
い。
「悪いがオカルトには興味なくてね。陰気話で盛り上がりたいなら他を当たってくれる
か」
俺は適当に手を振ってそいつを追い払おうとした。
そして今度こそ500円硬貨を投入しようとするが。
「……ブラックコーヒー、コーラ、コーンポタージュ。計360円、お釣りは50円玉2
枚と10円玉が4枚」
すらすらと、まるで見てきたように述べる。
しかし500円玉はまだ俺の手の中。おい、ちょっと待て。
「──な」
ギョッと目を向けると、そいつは小さく声を上げて笑った。
「すまない、ボクに出来るのはせいぜいこの程度の予言でね。くだらないだろ?」
「……つ」
くだらない。本当にくだらない。訳知り顔でジュースの銘柄を正確に当て、釣り銭の内
訳も言い当てて笑む。そんなものは当てずっぽうでも出来るだろうさ──たぶん、出来な
いことも……ない、のか?
「用件を言ってくれないか。お前が、わざわざ俺を尾行してきた理由は何だ?」
「尾行ではないよ。この場所で15時26分にボクと君が偶然再会する。ボクからすれば、
こんなものは待ち合わせみたいなものだ」
「オカルト講釈はいいんだよ、間に合ってる。俺はオカルトとかホラーとかには興味ない
んだ」
早々に切り捨てるつもりで突き付けた。
しかしそいつは何でもないように、静かに返してきた。
「だろうね。僕だって別に、そんな話をしにきたワケじゃない」
「何……?」
言いながら、俺を差し置いて自販機に硬貨を投入する。
ぴっ、がたん。
取り出し口から缶コーヒーを取り出して、自販機の横に鞄を置き、その上に腰掛けた。
「ふぅ……いいね。やっぱり寒い日はコーヒーに限る」
悠然と空を見上げて呟く。何がしたいんだこいつ。
そんな内心が顔に出ていたのだろうか。そいつは俺を見上げて苦笑し、言った。
「特に、用があったわけじゃないんだよ。
ただ少し、キミと話してみたかった。本当にそれだけなんだ。だから少しでいい。付き
合ってくれないかな」
言いながら笑いかけてくる高校生から、ウソや悪意らしき物は感じ取れない。
──それどころか。
何なのだろう。この、死を待ち疲れた病人のような表情は。
「……」
本当に、よく、わからなかったが。
とりあえず俺もそいつの隣に腰を下ろし、黙ってみることにした。
「まぁ、雑談なんだけど。
最近うちの兄貴が受験でさ──といっても、もう2年目なんだけど──なんかね、ピリ
ピリしちゃってやりにくいの何の。
だからこうして、家に帰らず1人で外を歩く日が多いんだ」
「……」
そりゃまた、淋しいヤツだな。華の高校生のクセして。
「それでやることが猫イジメか? 最悪だなあんた」
ふん、と鼻を鳴らしてやった。
しかしそいつはおかしそうに笑うだけだった。
「あはは、勘弁してくれよ。あれは別に僕が言い出したんじゃない。
友達の1人が抱き上げようとしてね、その時に顔を引っ掻かれてキレちゃったみたいだ。
あまり性根の良い友人じゃないから、止めようなんて考えたら僕の方が何されるか」
その割には何か、リーダー格だったみたいじゃないか。
「……あんなものは仮初めさ。
うちは進学校でね。人間の優劣が成績で決まる。僕は勉強だけが取り柄だからね。それ
に関してだけはまだ負けてない……それだけさ」
「ふーん。そんなもんか」
「うん、そんなもんだよ」
それっきり、会話は途切れた。
カサカサと降り続ける落ち葉の音色だけを聞く。
鼻先を抜けるのは暖かい缶コーヒーの匂い。隣には、よく分からない誰か。
……だんだんと、自分が何してるのかわからなくなってきた。
ふと目の前を子供の集団が駆けていった。5人編成の正義の味方、今日のミッションは
季節遅れのセミ探しらしい。
セミって、夏の一週間しか生きられないはずなんだけどな。夕暮れ頃、意気消沈しなが
ら帰っていく姿が目に浮かぶ。
「──いいね。子供は無邪気で」
「うん? ……ああ、そりゃ無邪気だろうな。子供なんだから」
「あの子たちは可能性に溢れてる。
未知の領域がたくさんあるんだ。まだ知らないこと、まだ知らない場所、まだ知らなく
ていいこともたくさん、たくさんだ」
「…………」
そんなの、イマドキの高校生が羨ましそうに言う台詞じゃないだろ。
あんただって同じだ。俺も。まだ青いガキのうちから悟ったようなこと言うと、年上の
お姉様に刀で突っつかれ──もとい、笑われるぞ。
そんな言葉は呑み込んだ。
それは、この変なヤツが、本当に穏やかな笑みで子供たちを見ていたからだ。
意外や意外……コイツ、子供好きらしい。分からないもんだな。
「そうだ。キミさ、死相出てるよ死相。ちょっと気を付けた方がいい。特に、明日辺り」
よく分からない高校生が、飲みかけの缶コーヒーを置いたまま、よく分からないこと言
って立ち上がった。
これでお別れってことだろう。もう飽きたのか。やっぱ、変なヤツ。
「ボクの名前は相沢ユウヤだ。
きっと2度と会うことはないだろうけど、覚えておいてくれると、嬉しいね」
くるりと背を向け、自称・予知能力者は不吉を吐いた。
「あとキミは明日死ぬ。こっちは忘れてもいいよ、何も知らないふりをすればいい。得意
なんだろ? そういうの」
何の話だ。
背中越しに投げられたそれを笑い捨てる。
「ご忠告痛み入るよ。酔っぱらいの戯れ言だと思って、綺麗サッパリ水に流させて貰う」
苦笑しながら去っていく。
そうして、たった3分の邂逅は終わりを告げた。
相沢ユウヤ。おかしなヤツだ、何本かネジが外れてるんじゃないのか?
そんなことを考えながら、俺は自動販売機に500円硬貨を投入した。
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