斬-the black side blood union-

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「───────」
 俺は横目に睨みつけていた。
 金髪ツーテールの小学生である。ヤツはアユミを挟んでベンチの反対側にちょこんと腰
掛け、あからさまに視線を逸らし遠くを眺めている。
「羽村くん、絆創膏いるかな」
「いらん。黙ってろ」
「う──」
 俺は横目に睨みつけていた。
 金髪ツーテールの小学生である。ヤツはアユミを挟んでベンチの反対側にちょこんと腰
掛け、ぴくりと反応してさらに顔を背ける。
「おいそこのちびっ子」
 刺々しい声を投げ付けると、ヤツは更に顔を逸らしほとんど背後を見ているような体勢
になって、小さく反抗してきた。
「ちびっ子言うな」
「そうか。じゃ、くそがきでいいな。おいそこのくそがき」
「くそがきって言うなっ! この暴力オヤジ!!」
「んだとゴルア」
 立ち上がって険悪に睨み合う。
 身長はこちらの方が遥かに高い。正々堂々争っても負けると悟ったのか、或いは直径2
ミリの良心が痛んだのか。ソイツはすぐさま目を伏せて苦しげに呟いた。
「う……確かに、あれはあたしが悪かったよ。その、仮にも助けてもらっといて蹴り飛ば
すのはちょっとマズかった。」
「──────」
 驚いた。なんだ、意外と素直ないい子じゃないか。
「はは。そうかそうか、分かってるならいいんだ。俺の方こそ、大人げなく睨んだりして
悪かったな」
 ぽん、と頭に手を置こうとして寸前で停止。
「でも恐いからやっぱ死ね」
 ぼそり。ぴきり。
「アユミー。チョークスリーパーと鉄柵串刺しフロントハイキックってどっちが大人的対
応だ?」
「いや、どっちも子供相手にやる技じゃないと思うなぁ……」
「よーし、それじゃアイアンクローで我慢するか。歯ぁ食いしばれよー、じゃないと割れ
るぞー」
「ひきゃああぁぁああああッ!?」
 はぁと溜息を零すアユミ。それを余所に、俺は小さな頭蓋骨をがっしと掴み、徐々に
徐々に握力を加えていった。じたばた。
「いや、割れる!? 本当に割れちゃうってやめろこの暴力オヤジ、はなせぇぇっ!!」
 べちべちと、なまぬるいローキックを浴びせられる。しかしそれも次第に弱まっていく。
肉食獣に噛みつかれて力尽きていく草食獣みたいだ。
 ま、これくらいで勘弁してやるか。
「よっと」
「うぐ──」
 頭から手を放すと、ソイツはよろよろと崩れ落ちて頭を押さえた。すぐさまこちらをキ
ッと睨みつけ、殺意の視線を送ってくる。涙目で。
 それを見下ろしながら俺はあきれた溜息を吐き出す。
「しっかし、なんでまた猫1匹のために高校生蹴っ飛ばしたりしたんだ? お前だって、
あの人数相手じゃ勝てないってことくらい分かるだろ?」
「うっさいなぁ、オッサンには関係ないやいっ!」
 フンと鼻を鳴らし、トコトコとベンチまで歩いてアユミの隣に座り込む。
 そのまま膝に顔を埋めて黙り込んでしまった。やり過ぎただろうか。もしかしたら泣い
ているのかも知れない。
「はぁ……」
 再度溜息を吐いて公園内を見回す。
 近所の錆びれた児童公園なんかとは違う、ちゃんと整備された街の中央公園だ。寒空の
下で噴水が稼働し、平日のこの時間帯でも人の姿がまばらにある。
 遠い他人たちから離れた日陰で、アユミに心配されつつあった少女は静かに口を開いた。
「……許せないじゃん」
「ん?」
 涼しげな風に撫でられて振り返る。
 膝を抱えた少女は泣いてなどいなかった。ただ氷のように透き通った瞳で、タイルの地
面を見下ろしている。
「あたし、よわいものイジメって大嫌い。見てて腹立ったし、あと、あの子の親が近くに
いないみたいだったから、あたしが代わりに蹴っ飛ばしてやった。それだけ」
 そう言った彼女自身が、捨てられた子猫によく似ているような気がした。小さくて、懐
かなくて、すぐ引っ掻く。
「でもなぁ。お前、間違ってるよ」
「なにがよ?」
 そいつは刺々しい顔でこちらを見た。
 俺は真剣に、冗談抜きで言っておく。
「いくら子猫の親でも、たぶんドロップキックはカマさない。さすがにあれはやりすぎだ」
「うっさいなぁ、ちょっと勢いあまっちゃっただけじゃん! ほっといてよッ!」
 誰にも懐かず寄せ付けず。
 ソイツはだんと靴裏を鳴らして立ち上がり、しばらくしてからまた静かに腰を下ろした。
「……………。」
 何も言わずに俯いている。
 たぶん、どこにも行くあてがないのだろう。
 本当ならあの年代の子供は学校に行ってる時間だ。ったく、なんて不良だ。まるで俺た
ちみたいだな。
 とん、とん。
「え?」
 ふと、アユミが少女の肩を叩いた。アユミは柔らかい笑顔を浮かべながら何かを差し出
す。
「ね、お腹減ってない? ただのコンビニパンだけど、間違って買いすぎちゃって」
 うそつけ、三食同じパンでもいけるクセに。
 少女は両手にパンを乗せられて、不思議そうにそれを見下ろす。
「……くれるの? あたしに?」
「うん」
「おねえちゃんの分は?」
「もう4個も食べちゃったし、あと2個残ってるよ。キミのノルマは3個だね」
「う──そんなにいらないよ」
「そう? じゃ、ひとつだけ」
 会話して、2人揃って袋を開け頬張る。もぐもぐもぐと咀嚼してから、少女はもう一度
パンを見下ろした。
「金色のスウィートホワイトカレーパン? 変わった名前のクリームパンだね」
「違うよ、スウィートなホワイトカレーパンだよ」
「いやだって、味はクリームパ──」
「スウィートなホワイトカレーパンだよ」
「………………」
 何か凄絶なこだわりでもあるようだ。
 満面の笑顔で見下ろされて、無理に否定してはいけないと悟ったのか、少女は静かに食
事を再開した。
「……ヘンな名前だけど、けっこうおいしいね」
 それから小さく笑みを浮かべる。
 ドロップキックなんぞカマしてる時とは別の、子供らしい素直な笑顔だった。
「なんて疎外感だ」
 そんな姉妹じみた2人を遠巻きに眺めながら、邪魔者な俺は噴水の縁に腰を下ろしてい
た。
 ま、せっかくいい空気なんだしあのままにしておこう。
 しかしまぁ、ここらで気を利かせてジュースくらい買ってくるのが年長者の役目だろう。
 自動販売機はどこだったかな。雑木林の方か? キョロキョロと視線を巡らせながら、
俺はホットコーヒーを求めて歩き始めた。
「しっかし……」
 のどかな公園である。
 紅葉が降り注ぎ、芝生は切りそろえられ、青空の下で犬駆け抜ける。
「お、あったあった」
 しばらく歩いて自動販売機を発見した。
 雑木林に挟まれた、長い直線道の入り口。
 アユミはコーンポタージュ、あのガキはコーラ辺りでいいかな。俺はもちろんコーヒー
だ。
 財布を取り出し500円硬貨を投入。しようとした所で、不意に風が吹いた。
「─────……。」
 季節は秋。気の早い冬の風が吹き抜ける。枯れた木の葉を連れ去って、空の底へと沈め
る悪意。
 木枯らしは木を枯らす風だ。
 凍てつく空気で生気を奪い、日を受ける枝葉を略奪し、冬の眠りに就かせる終わり前の
匂い。
 そんな中で。俺の背後で、ソイツは静かに声を発した。
「──15時26分ジャストか。本当に、何一つとしてズレないな」
 振り返る。すると雑木林を背景に。
 さっきコンビニで別れたばかりの、暗い瞳の高校生──相沢が、俺を観察していた。
「お前……」
 4mの距離を挟んで対峙。俺は重心を後ろに傾けながら問い掛ける。
「何の用だ。やっぱり仲間やられただけじゃ物足りなかったのか?」
 ウェーブの掛かった黒髪。その奧にある光が威圧でも威嚇でもなく、何故か友愛じみた
笑みを向けてくる。
 それに湧くのは嫌悪感だけだ。コイツは何故か無性に俺の不快中枢を煽る。
「ねぇ、君はさ……」
 1歩踏み込んでくる。
 呟かれた声が、不自然なまでに優雅すぎて。その内容を理解するのにひどく時間を要し
た。

「……未来予知って、信じるかな?」




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