斬-the black side blood union-

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「もぐもぐ、もぐもぐ」
 行きつけのコンビニ。ローソン縁条第一店の駐車場で縁石に腰掛けながら、俺は相方を
観察していた。
「うぐもぐ、もぐもぐ……ごっくん」
 相方の胃は宇宙だ。
「なぁアユミ。それで何個目だっけ?」
「へ? まだ3つ目だけど。もしかして羽村くんも食べたい?」
「いや、俺はひとつで充分なんだが」
「そう? んじゃ、遠慮なくいっただきまーす」
「げ」
 3つ目を食べ終えたばかりのアユミが、ポリ袋からまさかの4つ目を取り出した。
 満面の笑顔で開封し、また食事を再開する赤髪の少女。
 4つ目。コンビニパン4個を休みなく一気にだ。なんか見てるだけで苦しくなってきた。
「~♪」
 しかしアユミ自身はご機嫌極まりない様子なので、どうにも間違って買い過ぎたとかで
はないらしい。
 ちなみにパンは4つとも全て同じものだった。『 金色 こんじき のスウィートホワイ トカレーパン』
とかいう意味不明の商品名が行書体で綴られている。
 まぁ、アユミがあの最後のひとつを食べ終わったら場所を変えよう。そうだな、そこら
の喫茶店にでも入ってのんびりするのがいい。そんな事を考えながら飲みかけのリンゴジ
ュースに口を付けるが、
「よし、これで残り3つだね!」
 質量保存はサボリらしい。アユミの代わりに胃痛がしてきた。
「ったく。好きだよなお前も」
「うん、わたしこのパン大好きなの。もう三食これでもいいくらいにっ」
 眩しい笑顔を向けられて苦笑する。キラキラと光の粒まで舞っているようだった。
「ま、どーせもうやることもないしな。ゆっくり食べてればいいさ」
 言いながら立ち上がり、空になった紙パックを捨てようとゴミ箱に歩み寄る。
 飽和しているポリ袋の山を押し込もうとした所で、不意に。
「ふぎゃあああああっ!」
「──ん?」
 断末魔のような、その声を聞き咎めた。
「はは、おい見ろよこいつ。爪立てて牙なんか剥き出しにしちゃってさぁ。凶暴だねぇ、
怖ろしいねぇ、恐いよねぇ」
 それに続いてなじるような声と、何人かの笑い声。
「なんだ?」
 気になってコンビニの裏を覗きこむと、そこにはつまらない光景が広がっていた。
 白い猫が、威嚇している。
 自分を囲むおそろしい敵たちを相手に。
 猫の相手は学生4人だった。
 下卑た笑みを浮かべ、つま先で猫を壁際に追い詰めていく。もう後がないといった感じ
だ。
「……はぁ」
 揃って陰気そうな高校生の群れ。
 卑屈なヤツらが小動物相手に力を誇示し、行使する。これ以上つまらない光景はないだ
ろう。
 早々に興味を失って踵を返すと。
「……どうかしたの?」
「ん」
 いつの間にか背後に立っていたらしいアユミと目が合った。
 不安そうな瞳。
 さっきの声で、なんとなくではあるが状況を察している様子だ。
 俺は気怠い気分で背後を指差す。入れ替わりにアユミがコンビニ裏を覗きこむ。そして
呟かれた言葉に、俺は思わず顔をしかめていた。
「え……あれ、今朝の猫さん?」
 ──まずい。
「……羽村くん。あの人達、猫イジメてるよ?」
「ああ、でも俺たちには関係ない。行くぞ」
 アユミの手を引いてその場を去ろうとする。
 だが、少女はその場から動こうとはしなかった。
「つ──おいアユミ、あんなのに関わるな。あとあと何されるか分かったもんじゃない」
「でも……ううん、待って羽村くん。誰か来たみたい」
「なに?」
 言われて、アユミの頭の上からコンビニ裏を覗きこむ。
 確かに誰か来た。
 ものすごいスピードで走り込んできたその人物は、陰気な高校生たちの背後で大きく跳
躍し──あろうことか、後頭部目掛けてドロップキックをカマしやがった!
「ほわたあああああああああああああああああああああああああああッッ!!!!」
「ひでブっ!?」
 ド派手な衝撃音。
 きりもみ旋回しながらコンビニの壁に頭を激突させ、小太りの高校生が完全に沈黙した。
「は……?」
 冷や汗を垂らし声を上げていたのは俺だった。ちょっと待て、あれは死んだんじゃない
のか?
「おいリュウちゃんしっかりしろ! おい、おいってば!」
「うぅ……」
 完全に失神している。しかしなんとか生きているようだ。すごいなリュウちゃん、ゴキ
ブリだな。
「くそ、何だお前は!? いきなりリュウちゃんになんてことしやがる!
 リュウちゃんはこの前ヘルニアが治ったばかりの病み上がりなんだぞ、蹴るなら俺を蹴
れ!!」
 おぉ、意外と愛されてたんだなリュウちゃん。もう遅いけど。
 それに答える人物はどこまでも陰惨だった。
「うっさい黙れ死ね腐れ」
 低く唸る声。
 それを発したのはまだ小学生くらいの少女だ。安っぽいパーカーにデニムスカートで金
髪。おもいきり目が据わってしまっている。どうやらご機嫌ナナメらしい。
「……あんたら楽しい? 生きてて楽しいの? そうやって学校サボって小動物イジメて
れば幸せなわけ?」
 高校生の残り3人と、小学生の少女が対峙する。
「最っっっ低。キショイんだよ犯罪者予備軍、この世から消えろ土に還れ分子になれ二酸
化炭素を吐き出すな」
 しかも少女が一方的に罵詈雑言を並べ立てている。端から見ている分にはなかなかすご
い光景だった。
 その隙に、猫が獣の速度で逃げていく。
 あっという間に見えなくなった。
 それを見送ってから俺は再度コンビニ裏に目を向け、呟いた。
「……猫が人間にすり替わったか」
 最悪だった。
 高校生のうち2人が怒りに顔を歪め、ジリジリと距離を詰め始めている。残り1人は壁
に凭れてニヤニヤと観戦。
 対する少女は武器も何もなく1人きり。これではどう頑張っても勝てないだろう。
「まぁいいや。アユミ、警察呼んでバックレよう。それでぜんぶ解決だ」
「うおらッ!」
 言ってる間に始まってしまった。
 1人が距離を詰め、拳を振り上げ、手加減も何もなく思い切り少女の頬を砕きに掛かる。
 桁違いの暴力を前にしても少女は動かなかった。
 いや、あれは単に動けないんだ。よく見れば膝が震えている。そんなザマでも決して強
い視線を逸らさない点だけ合格。
 だが、あれでは逃げる間も無くストレス解消用のフクロにされてお終いだろう。心の中
で念仏を唱える。南無。
「ん?」
 そんなことを考えていると不意に──俺のすぐ背後で、風が流れたような気がした。
「なっ!?」
 ほんの一瞬のことだった。
 壁の陰から飛び出し、ラバーソールの底を滑らせながら、ブン投げる。
 投げられたのは大きな鉄箱。
 巨塊が宙を駆け、高校生たちの間に落ちて轟音を上げる。
 激突する寸前だった拳が空振りする。
 コンビニ裏にいた4人全員がそいつの──人間外の怪力でゴミ箱をブン投げた高瀬アユ
ミの方を、凝視していた。
 少女と高校生が口を揃えて言ってくる。
「だれ、あんた」
「なんだぁ?」
 俺は眉間を押さえながらアユミの首根っこをひっ掴み、唸る。
「俺さ……関わるなって言ったよな?」
「あ、ごめん。つい反射的に」
「そうか……わかった、いいよもう。助ければいいんだろ?」
 あははと苦笑する少女を投げ捨てる。
 アスファルトに尻餅をつき、嬉しそうな笑顔で見上げてくるアユミと会話する。
「羽村くん、手助けは必要?」
 こいつ……確信犯かよ。
「いらん。1分で終わらせる」
 俺はバキボキと拳を鳴らしながらコンビニ裏へと踏み込んだ。
 少女含め、全員唖然としているようだったが知ったことじゃない。
「がふっ!?」
 衝撃。
 0.5秒で距離を詰め、1人目の鳩尾に拳を叩き込んだ。耳元の苦鳴を聞きながら拳を
更にねじ込み、襟首を掴み上げて低く唸る。
「悪く思うなよ、相方の命令なんだ。跡形もなく潰されるよりマシだと思ってくれ」
 俺は掴んでいた襟首を肩に担ぎ上げ、相手の体が俺の背中を転がるような形で吊るし上
げた。
 背負い投げ。
 受け身も知らない一般高校生は思い切りアスファルトに背中を打ち付ける。追撃は自重
した。
 手早く1人目を片付け終えた俺に、背後からぱちぱちと軽い拍手の音が浴びせられた。
「わー。羽村くん、お見事っ」
 黙れラスボス、帰ったら決戦だ。たぶん勝てないけど。
「くそ、何なんだよ一体! 相沢! お前も呑気に観戦してる場合じゃねぇだろ!?」
 残る1人が、壁に凭れて観戦していたヤツに叫ぶ。
 ヤツは長身だった。
 ウェーブの掛かった黒髪に隠れてしまって瞳が見えない。だが、その薄い唇がニヤニヤ
と薄気味悪い笑みを浮かべていることだけはハッキリと分かる。
 相沢と呼ばれたソイツが鞄を拾い上げ、何故か静かに背中を向けた。
「──やめよう。彼、強いし」
「なに?」
 俺は眉をひそめて問い返した。
 何故だろう。そいつの声は不自然に優雅すぎて、逆に不安を煽られた。
「それじゃそこの小学生はもう許すってことか? いいんだな、連れて逃げても」
「どうぞ、お好きなように。」
「そうかい。じゃーな、陰険高校生。二度と関わり合いにならないよう祈ってるよ」
 ファッキン中指も自重した。
「お、おい待てよ相沢!? リュウちゃんたちどうするんだよっ!?」
 立ち去っていく相沢たち。その背中を見ながら、俺はそっと息をついた。あの分だと仕
返しはなさそうだ。努力の甲斐があったな。

 ちょん、ちょん。

「ん?」
 不意に肩を突つかれた。
 視線を下ろすと、金髪の小学生が短いツーテールを揺らしながら俺を見上げていた。
「あの。少しいいですか?」
「なんだ、ケガでもしたのか」
「いいえ全然」
 キッパリと否定された。
 よく見ると、心なしか膨れっ面で流し目気味だ。どうしたんだろう。ケガしてないなら、
財布でもとられたのだろうか。
 俺が尋ねるよりも早く、少女は素っ気ない声で言ってきた。
「あのですね。ちょっとだけ、ここに座ってみて下さい」
「座る?」
 彼女はスニーカーの踵で自分の足元をコツコツと示した。
 何の変哲もないアスファルトである。別に落とし穴があるわけでも画鋲が撒いてあるわ
けでもない。
 俺はしばし少女と地面を見比べたが、ひとまず要求に従ってみることにした。
「……座ったぞ。これでいいのか?」
 アスファルトの堅い感触があまりよろしくない。
 目の前には起伏の小さい胸があって、見上げた顔は影になっていて伺えない。
「……。」
「?」
 彼女は何故か、唐突に黙り込んでいた。
「おい? 何なんだよ一体」
 ずしゃん。
 俺が尋ねると、彼女は一歩踏み込んできた。
 ずしゃん、ずしゃん、ずしゃん。
 もともと目と鼻の先だったってのにずいずいずいずい近付いてくるもんだから、俺はず
りずりと後ずさるしかない。
 まるで壁際に追いやられる猫のように。困惑しながら、暗くなった少女の顔を覗きこん
でいた。と、5歩目で少女の前進がぴたりと停止した。
「…………………………。」
「?」
「あたしの」
「何?」
 呟くような声を聞きそびれて、耳を寄せる。
 するとよぅく聞こえた。地獄の底に響くような声と、木製バットをフルスイングするよ
うな豪快な音が耳元で。
 少女の瞳がギラリと光る──直後、雄叫びが鼓膜に叩きつけられた。
「勝手にあたしの邪魔すんな、このぼけぇぇええええええええええええええっ!!!!」
「ッ!?」
 ぶぉん。
 突然、少女の膝が亜音速で近付いてきた。
 鬼豪風。
 これは見事なボレーシュートだった。
「待て!? なんで俺が蹴られっ」
 叫び返す、しかし遅すぎた。
 白いふとももに視界を覆われる。すでに躱すことも防ぐことも叶わない至近距離から。
 ずぎゃめきぃ
 致死的な破砕音と共に、俺の側頭部がおもいきり薙ぎ飛ばされた。
「ぐ……はっ」
 痛みなんてない、ものすごい衝撃があっただけだ、それと浮遊感。
「げぼふっ!?」
 ずぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃと地面を削るあるいは地面に削られる、それと浮遊感。
「が──っ」
 よやく浮遊感が消失し、変な体勢で地面をスケートしていた全身がぱったり落ちる。
「……ぁ……ぅ」
 空が遠い。
 なんだかとても眠い。痛みの代わりに心地いい。
 だが、仮にも助けに入った俺が何故蹴られるのだろう。世は理不尽でいっぱいだ。悲し
すぎて視界が滲んできた。
「ふん、あたしの邪魔するから悪いのよ。このバーカ」
「羽村くんが……死んじゃっ、た……」
 バカ2人のバカ感想を聞きながら、俺の意識は闇へと沈んでいった。完




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