生徒会長 04/14

back | top | next




 花火みたいな破砕音。
「うるぁぁあああああああああああああッッ!!」
 断じて言っておくが、私ではない。
 目の前で豪快にドアを蹴破り、ずんずんと部室に踏み込み、王侯貴族の家来よろしく私
の立ち位置を確保しているのも私ではない。
 唖然としている部員4名はまずおいといて、私は我慢強く眉間を押さえた。
「……あのねユウカ。執行系の仕事になった途端、別人のようにドア蹴破るそのクセ直し
なさいって」
 左京こと小林ユウカは、いつもと何も変わらないふんわり系の笑顔で返してきた。
「なんのことアオイ。私、そんな恐いことしません」
 じゃじゃ馬め。
「さて」
 気を取り直し、私は呆然としていた部員たちに書類を見せつける。
「恐喝まがいのナンパにカツアゲ常習、あげく気の弱い文化部からは部費を強請り盗る。
手の施しようもないわね。何より中間試験の回答盗んだのが致命傷だった。再三に渡る警
告も無視したんだし、そろそろいいでしょう」
 部員たちの目が見開かれ、歪んでいく。ギリギリと。
「おめでとう廃部寸前のラクロス部諸君。あなたたち4人は、本日限りでこの県立赤木高
校を退学となります」
 別に私が決めたわけじゃないけど。
 なんやかやと変遷を経て、結局私たちが恨まれ役を買うことになってしまったわけだ。
 ま。私たち的には別に、いまさら退学していく生徒に恨まれようがどうということはな
い。
「ふ……ざけんなぁぁぁああああああっ!!!」
 激昂し殴りかかってくる部長。
「ふん——」
 私は躱そうと顔を逸らすが。
「うぉわたぁああああああああッッ!!」
「ぐぼッ!?」
 花火みたいな破砕音。
 何者かが窓ガラスを突き破り、その男子の胴に跳び蹴りを食らわせたのだった。
「え……」
 打ち込まれた踵。
 衝撃の重さが致命的。
 ここでちとせキックか、さすがに予想外だった。悲鳴を上げながら荷物の山に突き刺さ
る男子。
「ほっ」
 そんな物々しい騒音を背景にスタンと着地を決め、見知った小柄な女子が左右の突撃銃
を構えて……突撃銃?
「あいやーすみません遅れましたぁ……生徒会役員No.3、栗原ちとせでーす。えーと、
凶悪なラクロス部さんは大人しく、全員お縄に付きやがるがいいと思うのです」
 頭の上には安全第一。
 両脇に抱えたカラシニコフ。
 背中に背負った武器無数、肩に掛けた弾丸ベルトで補充もOK。
 何のつもりか防弾チョッキまで着込み、完全武装している女子の出現に、私は額に手を
当てた。
「ちとせ……戦争帰りかあんたは……」
 ずり落ちようとするヘルメットを押さえながら、右京こと栗原ちとせは不思議そうに首
を傾げた。



 カタカタ。カタカタカタ。
「やーすいません先輩。久し振りの大仕事だって聞いたもんだからつい」
「いいわよ別に。おかげで丸く収まったわけだし」
 生徒会室にて、私たち3人はそれぞれパソコンに向き合っている。
 いまどきは書類なんかも電子で作る。方眼紙と定規使ってたのって何年前だろう。
「そういえばちとせちゃん、結局例の件は片付いた?」
 ふとユウカが手を止め、ちとせに声を投げかけた。
 ちとせは何故か目の下にクマなんぞ拵えていた。あくびしながら答える。
「だーめだめっすよー。終わることは終わりましたけどー、2年の文化部が期日伸ばせ
って言ってきて。ホントもうえらいこっちゃでした」
「へぇ。そんなことになってたんだアレ」
「うぃー。徹夜作業マジ半端ねぇっすよー。お陰で昨日から5分しか寝てないスよー」
 5分睡眠か。
 さすがに働かせすぎだろう。ねぎらいも必要だと判断し、私はちとせに500円玉を投
げつけた。ナイスキャッチ。
「はれー? なんすか、こ、れ——ふああ」
 不思議そうに欠伸する少女。
 私はディスプレイに目を向けたまま答える。
「ご苦労様。お昼はそれで買いなさい」
「!」
 途端に半開きだった両目が覚醒し、事務作業している私に押し倒さんばかりに抱きつい
てきた。
「アオイ先輩大好き! チョー愛してますっ! 私今月ほんと厳しくて——」
「で、こっちが新しい仕事ね。今夜も徹夜コースだけどがんばって」
「————、」
 手渡すファイルの重さは無情。
 だがしかし、これでも3等分よりは減らしている。ちとせは事務に関してのみ、あまり
要領がよろしくないのだ。
 重厚なファイルを見下ろしてちとせが鬱った。
「あー………………火星の土って、ハイビスカスとか育つのかなぁ……」
 宇宙まで行ったか。なかなか大スケールな現実逃避だ。
「あ。そういやあれどうなりました? アオイ先輩のホームページ」
 勝手に膝枕して寝ようとしている。
 そのこめかみに拳を乗せ、ぐりぐりとめり込ませる。
「あのね。本当に私じゃないってね。さんざん何度も言ってやったでしょうがね」
「うぉーすません、痛ぇです。マジ痛ぇっすからー」
 目を真一文字にして悶えている。ぴくぴくぴく、ぱたり。
 はぁ、と私はようやく手を止め、立て肘ついて書類の1枚に目を通す。誤字脱字チェッ
クなどしながら口を開いた。
「助言吐かせた。黒川に」
「え、すごっ!? 勝ったんですか黒川君に!」
「あらあら。今度は一体どんな手使ったのかしら」
 私はふふふと酷笑し、手で何かをねじ切るジェスチャーなどしてみた。
「手を使ったのよ。人差し指をこう、ぐにんと」
「ぐにんと……」
 反射で真似するちとせがいまにも寝そう。あ、寝た。
「ダメよアオイ、思春期の男の子は利き腕失くしたら大変なんだから」
「別に思春期限定じゃないでしょう? 誤解を招くニュアンスするなっての」
 ユウカは変わらずキーボードに文章を打ち込んでいる。今日は眼鏡姿を見るのは初めて
だったな。気分で変えるダテ眼鏡屋。
「とりあえず、黒川の助言をもとに時期を見て罠張ってみる。この件は後回しでもいいわ、
いつでもイケるはずよ」
 『黒猫怪奇相談室』の管理人。突破口は開けたんだ。近いうちに必ず捕まえてやる。
「じゃ、もう一方の件は? 例のおばけさん」
「む」
「そっちは黒川君に相談しなかったの?」
 愉快な体罰妄想を強制終了する。ここで溜息。
「……だめよ。俺に聞くなって感じだったわアレ」
「はぁ、それはあれね。先手打って釘を刺したってことなんでしょうね、彼の場合」
「でしょうね。なんせ情報通だし、私が相談持ちかけることくらい事前に見越してたんじ
ゃない」
 ぱちん。
 ちとせの鼻提灯が割れる音だった。
「そういえばまた似たような投書きてたっすよー。えーとどこ仕舞ったっけなぁ……」
「これで何通目かしらね……そろそろ、本気で実在を疑わざるを得ないわよ。アオイ」
 ユウカが頬に手を当てて、困ったように私を見てくる。
 困ってるのは私も同じだ。なにせこの件こそは、最近ずっと頭を悩ませている私の不可
能その2なのだから。
「あ」
 ちとせが投書を掘り当てて、皺を伸ばし、そっけなく読み上げた。

「“拝啓、無敵の生徒会長様へ。調理室の悪霊を退治して下さい”」




back | top | next