生徒会長 03/14

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「黒猫怪奇相談室?」
「ええ」
 風の強い屋上にて。
 壁にもたれる金髪・黒川ヤマト氏が、林檎ジュースの紙パックにストローを差しながら
言った。
「それってアレでしょ、都市伝説系のホームページっスよね確か。割とメジャーな感じの」
「あら、知ってたんだ? さすが情報通」
「ダチに聞いただけっスよ。ホラー嫌いがホラーの話してきたもんで、よく覚えてる」
「へぇ」
 風に乱れる髪をなでつける。屋上から見下ろした先は体育の授業。私も黒川もサボり常
習犯なのだ。
「あれっすよ。確か、管理人が……犬? 猫? とにかくそんな感じの家畜だとか何とか」
 黒川は林檎ジュースを飲みながら言う。
 初耳だ。あのサイトは家畜が運営していたのか生意気な。それにしても。
「……最近のペットはすごいのね。私の想像を絶してる」
「ははっ、そーいうキャラで売ってるんすよ。もしかして、本気にしたりしてないっスよ
ね?」
「…………」
 嘘なのか。残念だ。肉球でかたかたブラインドタッチする猫とか、見てみたかった。
「その目はなんと本気の目」
「そんなわけないでしょう。からかうのはよしなさい、後輩のクセに」
「そういう所が面白い。なんだかんだ言って会長は、いまどきレアな夢見る年頃純情乙
女〜」
 楽しげな男子を見下ろす。冷ややかな視線で。
「あなたの彼女の方が面白いわよ。何? あんたいままで何回殺されたわけ?」
「う……」
 あの娘の彼氏が務まるのはこの男くらいなもんだろう。こいつなら死なない。別に不死
身ってわけじゃないだろうが、殺す女と殺しても死なない男。本当に、愉快極まりないカ
ップルだ。
 黒川が鬱屈な顔で地面を見下ろした。
「……最近はひどいもんですよ。男にまで嫉妬しやがる」
「ご愁傷様。幸せに死んでね」
 この男を青ざめさせられるのもある意味すごい。なにせ恐怖の生徒会長を純情呼ばわり
できる男だ。
「で? その都市伝説収集サイトがどうかしたんスか」
「ああ、あれね。そう。あのホームページ……」
 黒川に向き直る。
 初夏の空気は生ぬるい。しっとりと、肌の隅まで撫で回すよう。軽薄な色を晒す空を背
に、ひときわ強い風が駆け抜けたあとで、私は仄暗い笑みを浮かべてみせた。
「あのサイトを経営してるのはね。実は、私らしいの」
 黒川は唖然と見上げてきた。
「……はい?」
 それに満足していっそう笑みを深める。
 林檎ジュースが汗を掻く。夏空に、風は飲まれて死に絶えた。



「アオイ、見ましたよホームページ。面白かった。すごいじゃない」
 そんなわけの分からないことを言われ肩を叩かれたのはいつだったか。よく覚えていな
い。ただどうしようもなく不思議に思ったことだけはハッキリと覚えている。
 発言者の名前は小林ユウカという。生徒会役員で、清楚系のふんわりっ子で、いわゆる
右京&左京の左京の方だ。
 そんな私の片腕とも呼べる人物が、『あなたのホームページ面白かった』と言ってきた
のだ。
 私の作ったホームページ。
 なんだそれは? まったく身に覚えがない。
「またまたー。別に恥ずかしがらなくてもいいじゃない」
 ますますもって分からない。
 どうにも左京は、確信を持って私がそのホームページを作ったのだと断定しているよう
なのだ。
 詳しく事情を聞いてみると、そのホームページはこの学校のサーバーに居を構えている
らしい。
 発信元がこの学校なのだ。ここの生徒がその『黒猫怪奇相談室』とやらを作り上げ、ア
ップロードし、世界に向けて発信しているらしい。
 学校のサーバーは教師が構築し、管理している。ユウカ——左京のことだ——もその手
伝いをする程度には詳しいらしく。
 で、彼女が言うには。
 私こと日向アオイが、自分自身も知らぬ内にそのホームページをアップロードし、いま
なお管理し続けているというのだ。
 私からすれば意味不明だ。タチの悪い冗談。なにせまったく記憶にないのだから。
 しかし、そのホームページは確かに実在していた。
「…………とりあえず消しましょうか」
 神妙な顔で左京が言った。生徒会の権限で、黒猫怪奇相談室はその夜潰えた。
 何となく腑に落ちないものの、まぁ一件落着だと帰路についたのがその夜のこと。
 翌日左京は困惑すら浮かべて、私に言ってきた。
「……アオイ。あのページ、やっぱり消さない方がよかった?」
 よく分からない。
 何故蒸し返すのかと問うと、左京は無言でPCの電源をオンにした。
 不思議に思いつつ画面を覗き込むと。
 そこには、消えたはずの黒猫怪奇相談室が復活していた。



「にゃるほど。そういうことっスか」
 ここまで説明を終えると、黒川が意味深に頷いた。
 さすがに察しがいい。まだ半分しか話してないって言うのに。
 金髪不良は空になった紙パックを握り潰しながら、爽やかに正解を述べてみせる。
「デジタル犯罪————要は、ID窃盗事件ってことですね」
 その通り。
 この学校のパソコンを使うには、生徒1人1人にあてがわれているIDとパスワードで
ログインすることになる。
 身に覚えのないホームページ。
 それはつまり、私・日向アオイのIDが何者かに看破され、好き勝手に使用されている
ということなのだ。
 履歴上では、あのサイトは私がアップロードしたことになっていた。
「んで、先輩は是非とも犯人捕まえてふんじばって、それなりに罰してやりたいと」
 それは……どうだろう。よく分からない。
「でも厄介ですよデジタルは。この学校のパソコンは全生徒共有だし、ID盗まれてるか
ら個人の特定も出来ない」
「まあね」
 となると物理作戦になるわけだが。
 生徒数人を募っての張り込みは、既に3回も失敗している。なかなか捕まらないのだ、
あのページの管理人は。
「で、どう思う黒川」
「へい?」
 腰を下ろし、壁に背を預けながら私は言った。
「犯人像よ。内部の生徒が私に悪意を持ってやってるのか、それとも単に部外者なのか」
 私としては外部がくさい。
 黒猫怪奇相談室から悪意的なものは感じられない。あれは本当にただの都市伝説収集サ
イトだ。私に害がないどころか、むしろ——。
「そりゃー決まってるじゃないですか。犯人はやっぱり、先輩自身なんですよ」
 黒川は、軽い調子でそんなことを言ってきた。
 意味が分からず目を向けると、金髪の奥の双眸はどこか楽しむように空を見上げていた。
「…………なんですって?」
「だって先輩そういうの好きでしょ、ホラーとか都市伝説とかユーレイとか。なにせ夢見
る年頃純情乙女ですからね〜。わざわざ学校のPCで、先輩のID使って、先輩の嗜好に
ぴったりのサイトが作られてる。そりゃ自分の仕業以外ないでしょうよ」
「いやだから、何を言って」
 唐突に。
 び、と私の眉間に指が突き付けられた。
 黒川は間近から、どこか酷薄な笑みで囁きかけてきた。
「ドッペルゲンガーって…………知ってます?」
 世界には、自分と同じ人間が3人いるという。
 曰くそれは同じ嗜好を持ち、容姿を持ち、性格を持っているそうだ。
「あ——」
 とくん、と胸が震えた。
 驚愕のあまり私は——!
「阿呆」
「うおっ!?」
 ばしゅっ、と亜音速の膝で風を裂いていた。
「危ねぇ。何するっスか先輩」
 すばしっこい。猫か。
「人をからかうのもたいがいになさい。私はね、本当に心底困ってるからあんたに聞いて
るのよ。せめてもう少しマシな答え寄越せ」
「はは、俺みたいな不良に何期待してるんですか。安楽椅子探偵じゃあるまいし」
 言われて反芻してみる。
 黒川ヤマト。
 金髪不良でサボり常習で、なのに何故だか成績はトップ近辺。なるほど天才探偵キャラ
だったのか。
「……正しい人選だと思うけど?」
「夢遊病。犯人は、オマエダッ!」
 溜息。とことんマジメに答える気がないらしい。
「私以外を指差しなさい」
「いあっ!? 折れる、折れますってば!」
 人差し指を掴んで逆方向に曲げていく。ギリギリギリと。10°ずつ。ここで少々捻り
など加えてみた、物理的に。
「答える? 折る? どっちがいいかしら、どっちでもいいけど」
「ち……力押し……過ぎ、ます……!」
「いいのよ黒川。折ったら私の過失だし、治療費なんてどこからでも捻出してあげるから。
だから安心して、好きな方を、選びなさい?」
「うへー出たよ生徒会長の満面笑顔。はぐ……折られるのは、ちょいと、困っちゃうなぁ
……ギブ」
「そう? ありがとう。案外話の分かる男だったのね」
 手を放し、にっこりと笑いかける。
 はぁはぁと人差し指の無事を確かめる男に、私は尋ねた。
「よし、答えなさい。今度ボケたら四肢潰すわよ」
「そうっすねぇ。俺ならそのホームページを全削除します」
 存外平凡な回答に、私は落胆せざるを得なかった。
「もうやったわよ、何回も何回も。何度消しても復活しやがるの。本当に呪われてるんじ
ゃないかってくらい」
「ほぅ。じゃ、余計に好都合じゃないっすか」
「なんですって?」
 黒川は咳払いして、澄んだ瞳で解説して見せた。
「いいですか。ホームページなんてのはね、自動で復活するわけじゃないんです。そうい
う細工が出来るほど高度な相手じゃない限り、それは、手動で復活させてるってことなん
ですよ」
「まぁ……そうなるわね」
「そこが隙なんですよ。何度やっても復活するってことは、相手は何回も何回も学校のパ
ソコンで、先輩のIDでログインして、自らチマチマとホームページをアップロードして
いるということになります」
 黒川は立ち上がった。変わらず笑んでいる横顔に、私は先を促す。
「……つまり?」
「つまり、1回削除するごとに確実に1回。相手はこの学校のどこかで、必ずパソコンの
ある席につくことになります。そこをうまく利用すりゃ、何回だって罠を張れるはずでし
ょう?」
 ふむ、と私は頷いた。
 しかしこれだけでは決め手に欠ける。
「具体案」
「視聴覚室以外のPC教室を全ロック。その状態で削除を実行すると、果たして何が起こ
るでしょう」
 ニヤリと笑った金髪に、私は思わず感心してしまった。
「……OK、いい回答よ黒川。人差し指は勘弁してあげる」
 さすがザ・役に立つ男。
「以上、黒川ヤマト直伝・勝利への近道ヒント講習でした。んじゃ」
 ビシと敬礼して、去っていく。
「ま。相手が人間である限りは、これで捕まえられるでしょうけど。そうじゃない相手だ
ったらもう諦めて下さい。もしそういう相手がいたとしたら、そりゃ俺の幸運でもちょい
と太刀打ちできねっス」
 風の中の、黒川の背中はどこか頼りなく思えた。
「残念ながら。俺はあくまで、普通の人間ですから——」
 長く尾を引いて鉄扉が閉ざされる。
「……」
 砂礫の塔に取り残されて。
 私は静かに顔を上げ、プラスチックの空を見上げた。
 虚しい色だ。
 色あせた現実の色。子供の頃に描いた虹色が、少しずつ少しずつ溶かされて、そうして
出来たつまらない青。
 そんなくすんだ空から視線を落とすと、無惨に握りつぶされた紙パックが目に入った。
「……バカね。人間外の相手なんて、どこにもいないわよ」
 私は何故か、淋しそうに呟いていた。




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