生徒会長 05/14

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 昼休みに来客があった。
「…………」
 私はぼうっと正門前に立ち、目の前の群衆を観察している。
 ぎゃーぎゃーと何か叫んでいる。
 数は30。
 名も知らぬ他校の不良の集いであるらしいが。
「ははー。これってあれですか、いわゆる殴り込みってやつですかねー?」
 私の右側に立っていた、右京こと栗原ちとせが物珍しそうに言ってくる。
「ちとせちゃん、油断しちゃだめよ。少し数が多いけど、ケガして午後のお仕事に支障を
出したりしないようにね」
 左側に立っていた、左京こと小林ユウカは変わらずお上品に笑っている。
 私の手には模造刀。握りの感触を確かめつつもいまいちやる気が沸かない。最近はいつ
もこうだ。面倒な問題を抱えているせいで集中できない。
 先頭に立っていた1人が、間近から声を浴びせてくる。うるさい。
「ぐぇっ!?」
 殴り倒して踏みつける。群衆が静まりかえった。
「ああ煩わしい。こっちは仕事が詰まってるのよ、早く死んで」
 無数の声が飛んでくる。
 そして校門前の乱戦が始まった。
「じゃ、さくさく片づけちゃいますよーっ!」
 開幕葬送。
 ちとせがどこから入手したのかロケットランチャーなぞ持ち出していた。爆音。ウソみ
たいに人間が飛ぶ。
「いきます」
 人の間を縫うように風が疾る。軌跡に魔法のように折り重なっていく人間たち。長い髪
を流し、花の香りを振りまきながら。
 そんな光景を眺めつつ、私も1人1人と殴り倒していく。
 黙々と。
 事務のごとく片づけながら、しかし私の頭は例の件でいっぱいだった。
 ——調理室の悪霊を退治して下さい。
 まったく。
 冗談じゃない。
「アオイ、下がって! 前に出過ぎよ!」
 ユーレイとか言われても困るのである。
 そういった話題は嫌いな方ではないが、解決しろと言われても難しい。まだ「校長を解
雇しろ」などと言われる方が現実的だ。たぶん2日で終わる。
 しかし、オカルト相手はまずい。なにせオカルト。物理的にも社会的にも殺せない相手
には勝てない。
「るああああああああああああっ!」
 しかしそれも妙な話だと思う。
 本来、おばけっていうのはひどく殺しやすいものだ。何故なら、 妄想 メルヘン は自身の心の中
でのみ生きられるのだから。
 それらは現実の空気には弱く、脆い。口に出した途端あっというまに酸化して錆びつい
てしまうから、輝きも失う。あまりにも無惨に物悲しく。
 私の胸の内にだって、人並みの 妄想 メルヘン が渦巻いている。
 しかしこれを誰かと共有したいとは思わないし、口にもしない。これは私だけのオカル
トなのだから。
「よっし! まだまだいきますよーっ!」
 爆音。
 思考が逸れた。
 要は簡単な話だったのだ。調理室におばけがいるという噂。それを殺すには、逆に『そ
んなのいませんでしたよー』という噂を撒けばいい。
 それだけで終わるはずだったのに。
 なのにこの件は違った。実害が出てきたのだ。それも、1件や2件ではきかない数で。
 果たしてそれは偶然? 思い込み? それとも現実にユーレイが実在していて、この学
校の調理室に居座っている?
「…………」
 ふと刀を振るう手が止まる。
 気が付けば全部片付いていた。倒れ伏して呻きを発する不良たち。その最中で唯一立っ
ていた私たち3人。
 手元に視線を落とすと、模造刀は切っ先が折れて無くなっていた。
「……ふん」
 がらくたを捨てて校内に歩き出す。
 相も変わらず、調理室のユーレイについて思考しながら。
 ——虚構とウソの壁を越え、現実になりかけている怪談。
 本当冗談じゃない。
 他者にまで感染する幻想。それはきっと、集団が病んでいる証拠なのだから。



 とりあえず件の調理室に来てみた。
「…………」
 人のいない教室ってのはどこも同じだ。同じ空気。似たような静けさ。ただひとつ、に
おいだけがわずかに違う。
「………さて」
 悪霊とやらはどこにいるのだろう。
 どうやったら出てくるのだろう。
 包丁で殺せるだろうか。無理だな。ユーレイは透けてしまうものらしいし。何の根拠も
ない先入観だが、間違ってるってこともないだろう。
「…………」
 じっと。
 ただじっと、誰もいない空間を睨み続ける。
 遠く響く生徒たちの声。
 まっさらな黒板。
 いや、隅の方に落書きがあった。ありがちな相合い傘で「カオリ|先輩」と括ってある。
あのおまじないで、カオリさんとやらと先輩氏が結ばれるのだろうか。あれも見知らぬ誰
かのオカルト。もしくは、居酒屋の愚痴と似たようなものなのかも知れない。
 変わらず、誰もいない空間を睨み続ける。
 いいかげん飽きてきた。
「……はぁ」
 結局。
 その後5分待っても悪霊が現れなかったので、私は調理室をあとにした。




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