生徒会長 02/14

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「おはようございます校長先生」
「え——」
 廊下ですれ違いざま、校長に挨拶を投げた。
 中年オヤジは若干ひきつった笑みで私を視界に収め、絞った声で返してきた。
「あ……ああ、おはよう会長。今日もいい天気だね」
「ところでラクロス部の件なんですが」
 そこまで言うと、校長はスッと眼鏡の位置を直した。
「分かっているよ。キミの進言通り、警察沙汰にはしない。退学させる生徒に追い打ちを
掛けるような真似は、私も良心が——」
「ならいいんです。ありがとうございます」
 さっぱりと会話を終え、その場を後にする。
 非難の視線を背中に感じた。役職柄だろう。気が付けば、背中に受ける視線から感情が
汲み取れるようになっている。
 悪意の視線は慣れている。対処法もよく知ってる。
 かつ、と足を止めて私は振り返った。満面の笑顔を繕って。
「そういえば、可愛い恋人さんはお元気ですか」
「っ!?」
 青ざめるオヤジに満足して、今度こそ私は去ることにした。ロリコンめ。



 学業は退屈だ。
 やり遂げたところで得られる満足も、12年目ともなれば飽きてくる。
「…………」
 響く声も平坦に聞こえる。
 黒板に綴られるナチスの狂気。1番後ろの席からクラスメイトたちの背中を傍観し、く
るりとシャーペンを回してみる。
 中に込められた芯が鈴みたいに鳴った。小さな音。誰に咎められることもない儚さ。
 何の気なくノート隅に英単語など綴ってみた。
 politics.
 訳すと政治。咄嗟に出る単語がこれとは、我ながら末期だと思う。まるでいじらしくな
い。
「……はぁ」
 私の溜息ひとつで、視界の隅の誰かが震えた。失礼な話だ。
 敵は多く、部下も多く、味方は少なく被害者が甚大。
 恐怖の生徒会長。
 そう、政治に必要なのは恐怖だ。世界史にまったく興味のない私はこう考える。
 恐怖政治。
 これのみが統率された完全な集団を作り上げる唯一の手段だろう。黒板の総統閣下もそ
う言っている。
 リスクは大きい。
 それは反対意見の発生だ。
 アドルフ・ヒットラーに対する43の暗殺計画然り、当然だが、反抗や妨害の壁がいま
まで幾度となく立ち塞がってきた。
 が、それももう殆どが片づいている。努力と譲歩。ブラフと冷戦。ここに至るまで紆余
曲折を経て、大抵は自ら引き下がっていってくれた。
 無論そうでない連中も出てきたが、それは所詮少数派。どうにでもなるし、私は基本的
に実力行使を辞さない。
 恐怖政治こそ至高。
 裏付けは大したことじゃない。愛されるスパルタ教師などを見ていて、ああこういうも
のなんだと中学時代に納得したという程度の話で。
 それが気が付けば生徒会長。
 右京&左京という武力まで手にした現在の私に不可能はない。ある程度の範囲だが。こ
れまでの人生で、不可能の壁なんてほとんどなかった。
「………………はぁ」
 では本題に入ろう。
 私はいま、生まれて初めて、解決できない不可能を2つも抱えている。



 私の不可能その1は、猫の看板を掲げてそこに存在していた。
「…………」
 視聴覚室に忍び込み、明かりも付けず、私はパソコンのディスプレイを覗き込んでいる。
 あるホームページが映し出されていた。
「……そう。また復活したんだ」
 インターネット完備。
 それは、この県立赤木高校の密かな美点だ。私は詳しい方ではないが、一部の人間にと
っては喜ばしい話なのではないかと思う。
 で、私がぼうっと眺めているこのホームページ。
「本当……諦めの悪いヤツ」
 太字で書かれた『都市伝説募集中』の文字。
 トップページには、分かりやすいタイトルが記されていた。




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