生徒会長 01/14

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生徒会長
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 私の名前は日向アオイ。
 県立赤木高校を「支配する」生徒会長である。

/日向アオイ



 私は言った。
「あのねぇ林原さん。私だって野暮じゃないから、別に付き合うなとは言わないわよ」
 晴天の昼休み。
 たとえるなら飴玉に集うアリ大軍。
 砂漠みたいな風が駆け回るグラウンドには、結構な人だかりが出来ていた。
 野次馬たちの困惑と、目の前にあるアレな光景。溜息せずにはいられなかった。私は続
ける。
「彼氏と喧嘩するなとも言わない。えぇ、男女関係ってそういうものなんでしょう。双方
が最善を尽くしたとしても衝突は起こり得る。それこそ自然現象だと思うわ、あなたと彼
氏が喧嘩になるのは」
「な、なによ! 私は悪くなんかないですっ!」
 強気に主張する美少女、ただしその手には赤い包丁が握られていた。
 ぶんぶんとミートソース(文字通りの肉の赤汁)を撒きながら、つまり包丁をぶんぶん
と振り回しながら、その美少女はなおも叫んだ。
「それに、もとはといえばヤマトが浮気するからいけないんですよ! ヤマトは私のもの
なのに! 世界でただ1人、私だけを見て生きてくれればいいのに……ぐずっ」
 涙ひとすじ。そこへ誰かが突っ込んだ。
「や、すれ違ったときに肩が触れるのを浮気とは――」
「いやなの! 私のヤマトが見ず知らずの女に触れられるなんてヤなのッ!」
 背後の人だかりが揃って冷や汗を垂らし、また1歩後退した。
 グラウンドの真ん中で。
 血みどろ。
 目の前にはなんと、男子生徒の死体が転がっているのだった。
「はぁ…………とりあえず、殺しちゃダメでしょ。私が言いたいことはそれだけよ」
 なんとか言い終えることが出来た。
 痛む眉間を押さえつつ踵を返す。ああ疲れた。どっと疲れた。葬式の業者ってこの近辺
にあるのかしら。いや、この場合は先に警察か?
「ぐずっ……うう、ああああああああっ!!!」
 林原が泣き叫ぶ。
 赤木高校のヤンデレ姫が。血だらけになった彼氏を抱き締め、この世の終わりみたいに
泣き叫ぶ。
「せせせせっ、生徒会長ッ!」
 呼ばれてすっと足を止める。
 振り返ると男子の軍勢がいた。ざっと20人。黒オーラ。敵意も露わに私を見ている。
「泣かせましたね……林原さんを泣かせましたね!」
「ククク、いいタイミングだ。あの殺しても死にそうにない黒川ヤマトが死んだ。ならば
ここで林原さんの味方して、次の彼氏候補には俺が!」
「いいや俺が!」
「待て待てここは俺こそが!」
「…………」
 分かりやすい男子共である。
 ぎらぎらとケモノの目を光らせ、私を囲み、じりじりと距離を詰めてくる。野次馬たち
は更なる事態の混乱に騒がしくなった。どうなることかと見守っている。
(助けに入る、という選択肢はないのよね――この場合)
 胆力の問題じゃない。混乱値が問題だ。
 こういった場合に私のような少数派を助けるには、混乱に慣れた無秩序さか、あるいは
混乱したままでも動けるバカさがないと無理だろう。
「ままままっ、待てやお前らぁぁあああ!」
 で、ここにバカが1人現れた。
 絶叫した不良男子が生徒をかき分け、ザッと靴音を立てて私の前に立ち塞がる。
「……2年ね。確か名前は朝野トウヤ」
「うううううぃす! 助太刀しまっせ生徒会長! いくらなんでもあんまりや!」
 うるさい声に耳塞ぐ。だかましい。
 逆立てた髪、ラフな制服、混乱顔だが威勢は十分。
「お、おおおうっ! どないした、掛かってこいや雑兵共ッ!」
 ボクシングを真似たファイティングポーズ。
 朝野トウヤ。確かこの男にはあだ名があったはずだ。何だったろう。
「くす……出たわねサル。いつもいつも私のヤマトに付き纏うゲイ野郎……」
 で、いつの間にか泣きやんでいたヤンデレが黒笑う。
「だだだっ、誰がゲイやゴルア! 俺はその男が気に入らんから喧嘩してただけじゃい!」
「うっさい! ヤマトと喧嘩していいのは私だけなの! ヤマトを殴っていいのも私だ
け! あんたなんか、このムサい男たちに犯されちゃえばいいのよッ!」
「ぐ……」
 じり、と朝野が後ずさる。無理もないだろう。男共が、野獣の気配で四方八方から近づ
いてくるのだから。
 そしてこんな渦中から言うのも何だが。
 私、もしかして1番無関係なのではなかろうか。
「殺しなさい男共! そのサルと生徒会長を仕留めた奴には、しょうがないから握手くら
いはしてあげるわ!」
「あ、握手だと!?」
「なんだって――マジかよ、いきなりそんな!?」
「あの手に……指に……うぉ、おおおおおおおおおおおお!」
 一斉突撃。視界を埋めるバカの群れ。
「どけどけどけぇええええ! 俺が俺が俺がコロスゥゥウウウウウウウウ!」
「我先に、我先にィィひひひゃひゃはああ!!」
「ぐぎひやはははあはあああああああああああああああ!!!」
 妄執共が襲い掛かってくる。恋は盲目。目に惨すぎる。
「さささ下がっとれ生徒会長、ここは俺が――ごはっ!?」
 津波の圧力を前にして、しかし私は朝野を踏みつけた。
「――右京、左京」
 呟く。
 途端に私の左右を突風が駆け抜けていった。
「御意っ!」
「御意――」
 その突風が津波を切り裂く。
 野次馬たちに広がるざわめき。
「な……まさか、右京&左京!? 会長付きの暗殺者ペア、実在やったんかい!」
 朝野の解説を尻目に、薙ぎ倒されていく男たちを抜け、私は優雅な足取りでヤンデレに
近づいていった。
「な、何よっ! 来ないで!」
 向けられた包丁が、突風に弾かれ砕け散る。
「う……そんな……!」
「諦めなさい林原さん。あなたに勝ち目なんてない」
「うう……」
 がくんと肩を落とすヤンデレ。戦意喪失。死んだ魚の目がいっそう翳り、現実を離れて
どこか遠くへ旅立っていった。
 それを横目に私は騒動の発端、血みどろ死体を蹴りつけた。
「うごっ!?」
 何故か苦鳴を漏らす死体。そいつがダルそうに身体を起こし、口元の血を拭って私を見
上げてきた。
「痛ぇ……何するんスか、会長」
 金髪白ワイシャツにピアスの男。学園風雲児、天才児、万年モテ期、色々通り名はある
がなんでもいい。これの正式名は黒川ヤマトという。
「やっぱり生きてたのね、黒川。それで? 今日はどんな幸運?」
「いえ、演劇部の手伝いでちょいと、血糊付き防刃チョッキをね。マジで死ぬかと思いま
したとさ」
 ニヒルに肩をすくめる血まみれキザ男。
 そんなことだろうと思っていた。野次馬たちも同じだろう、だから誰も警察には連絡し
ていない。
 なにせ有名なのだこいつは。殺しても死なない。どんな危機でも不思議と乗り切る。
「ぎ……あぐ」
「げふ、うう……」
「う……会長……なんで俺ま、で……」
 さて、そろそろムサい連中が全滅したようだ。何故か私に味方していた関西弁も倒され
ていたが、どうでもいい。
 阿鼻叫喚の戦場跡。
 いつも通り、右京と左京の姿は既にない。風のように現れ風のように去る。それがあの
子たちのスタイルなのだ。
「…………」
 と、ここで私は青空を見上げ、思考した。
 これ見よがしな地獄絵図。特に意図せず作り上げてしまったわけだが、今後の仕事に役
立てられるかも知れない。
 よし、とムサ男子の頭を踏みつけ、私こと日向アオイは群衆に告げる。
「よく分かったでしょう。かの凶悪なヤンデレ姫といえど私には勝てない」
 双眸には魔王の風格を宿して。
 黙り込む生徒たち。この中にはいつか私に闇討ちをかけた者もいる。すべて1人残らず
薙ぎ倒してきた。教師だろうと生徒だろうと、男子だろうと女子だろうと関係ない。
 県立赤木高校という戦場。
 私・日向アオイは、その頂点に君臨するキング、生徒会長なのだ。
「さて……では、兼ねてからの件。『黒猫怪奇相談室』の管理人について何か知っている
者は、いますぐに名乗り出なさい」
 ざわめく生徒たち。名乗り出る者は1人もいない。私は誰にも聞こえないようにこっそ
り溜息した。
 今日もまた、収穫はなかった。



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