名も無き花

第3話

 真昼の街を歩いて行く。葬儀の準備や今後のことをみんなで相談して、その場で結論は出なかったけどひとまず最古参の人たちが魔道士たちと話をつけてることになった。やはり昔から店長と付き合いのある人たちが主導権を握るべきだろう。今日のところは解散となったので、家に帰る途中だった。
 レンガ作りの商店街を行く。キラキラした若者たち。最近の流行の服がとてもよく似合っていて、まだ十代だろうに化粧なんかしてる娘もいた。
 軒先に飾られた流行の洋服。私も着てみようか、と思い立って値札をめくった途端。
「……はぁ」
 一瞬にしてげっそりと精神力をもっていかれ、とぼとぼと家路に戻った。頭のなかで算数をする。あの洋服一枚で、私の食事が何食買えるだろう。
「おい待て。そこの」
「……」
 びくりとした。かなり横暴な呼ばれ方をした気がする。でもきっと私じゃないだろう。どこの借金取りか知らないけど、私はまだギリギリ借金だけはしないで生きている。貯金は限りなく分数だが。
「お前だ。そこの女」
 大丈夫。世の中に女性はいっぱいいる。
「聞いているのか、そこの地味で品のなさそうな童顔女」
 ああ、私のことか。踵を返し、カツカツカツと歩み寄って思い切り締め上げる。
「あァン? 呼んだ? 馬鹿にした? 私今、最っっ高に気分が悪いんですけど」
 私を呼んでいた唐変木は、真っ黒だった。背が高くて重い。暑苦しいフードの中で、鼻で笑いやがった。
「相変わらず、見た目は十代だな。見た目は」
「えへへー。酒場でのオジサマ受けは最高よ? 酒場に行くお金がないけどね」
 頬に手を当て、ブリッコする。何の取り柄もない私の唯一の特技、まったく心の篭もらない営業スマイルだ。経済効果的な観点では、アイス売る程度しか役に立たない。
「で、何なのよ一体。この、軟弱埋葬師」
 軟弱埋葬師、と呼ばれて男が皮肉げに唇を歪める。
「ああ。見覚えのある若作りだと思ってな。仕事に繋がるかも知れんし、挨拶程度はしておこうかというだけの話だ」
 堅物そうな埋葬師。名前は知らない。真面目そうな見た目と佇まいだが、人間性はそれほど精錬でもない。どちらかといえば、嫌味なタイプの人間だ。この男とは以前、別の埋葬の現場で出会ったことがある。
「……そうね。さっきはどうも。うちの店長がお世話になりました」
 ペコリと素直に頭を下げると、埋葬師はなんだか静かになった。
「……なんだ、あのご遺体の関係者か」
「そうよ。悪い? うちの店長様よ。副業で門兵やってたの」
「悪いことなど何もない。立派に戦って殉死したんだ。笑われることなど何もない」
 らしくもない真剣さ。男は皮肉屋であるより前に埋葬師だったらしい。
「そうだね。ありがとう」
 熱心な男に埋葬されたようだ。なら安心だろう。けれど、男はどこか確かめるように言ってくる。
「……彼は、魔法使いだったか」
「ええ。いくつかの系統を、それなりに。天才ではないけどベテランだった。アイス売りとしても、魔法使いとしても」
「…………」
 よく分からない。何か考えこんでいる。
「……何なの? その辛気臭いローブで黙り込まれるとしんどいんだけど」
「妙な感触だったが、気のせいか……いや、少し調べてみるか」
 何か、一人で勝手に納得したらしい。
「……何?」
「いや何も。なるほど。羨ましい限りだな。複数系統の攻撃魔法を使えるだなんて」
 言われて、思い出した。この男と出会った時のこと。
「ああ、そうね。あんた、このまえ酷かったもんね」
 あの日の出来事を回想する。現代の世の中には、『埋葬詐欺』と呼ばれる社会問題が蔓延っていたりする。かなり非人道な問題だ。事件になるたび大きな問題として取り上げられるが、しかし後を絶たないという面倒な話。私自身もまた、その埋葬詐欺という事件に出会ったことがある。
 とあるお金持ちの、貴婦人の葬儀での出来事だった。彼女のご遺体を案じた遺族が、お高いお金を払って埋葬師を雇った。神具や神棚まで揃えた荘厳な埋葬だと思われたそれは、実際にはやっすいパイナップル木材だらけの話にもならない安物だと判明したり、埋葬師が無免許でまったく埋葬になっていなかったり、ということが露見してしまった。
 形だけの埋葬。まるで効果を伴わないそれを、私たちは『埋葬詐欺』と呼んで忌み嫌っている。ご遺体であるご婦人が魔物と成って化けてしまうのではという場面で、詐欺師のエセ埋葬を看破し、激怒してブン殴った人物こそは、目の前の、黒いローブの埋葬師だった。
 まったく男前である。鍛え上げた右ストレートが突き刺さり、名探偵のように真実を暴く姿は歌劇のようでさえあった。……そう、本当に、その場面“まで”は。
 魔法とは残酷なものだ。それは理不尽な武力であり。例えば、一心に鍛え上げた埋葬師の腕力でさえも、呪文一つでなかったことにしてしまう。埋葬師の拳打も憤怒も、詐欺師の使う低級な攻撃魔法の前ではまったくの無力だとあしらわれてしまったのだ。
 本当に、ひどい出来事だった。嘘の埋葬を施した詐欺師が、正規の埋葬師を低レベルな基礎・攻撃魔法でボロ雑巾に変えるのだ。あの場面を見た時、私は泣きそうにすらなってしまった。
 もっとも、それらは、目の前の埋葬師がやり返さなかったのがすべて悪い。あんな詐欺師、攻撃魔法でボロクソに叩いてしまえばよかったっていうのに。
「……あの時、あんたはやり返さなかった。それが埋葬師の挟持ってやつ?」
 私に指摘されると、男は遠い目をしてごまかした。
「…………さてな。所詮は死体を相手にするしかない能なしだ。生者の相手をするのは、慣れていなかったのかもしれないな」
 適当な言葉で誤魔化す男。本当、男はバカだ。
「ま、私はいいと思うよ。やり返さずにただ殴られるだけ。どんなに悔しくとも我慢する。うん、悪くないよ」
 褒めたつもりで、男を叩く。けれど反応は微妙だった。
「……そうだな。本当に、そんな美談だったらよかったのだがな」
「なんですって?」
「いやなんでも。ではな。気晴らしを忘れるなよ。身近な人が亡くなると、調子を崩さないほうがおかしい」
 人の死に慣れた埋葬師は、そんな助言なんだか何だか分からない言葉を遺して去っていった。そんな男が、固そうな黒いブーツをはいていたことに今更気付いた。
「……儲かるのかな。埋葬師」
 いつか転職の機会があれば、あの男を頼ろう。



 村に戻ってきて、結婚しないか――?

 一人、部屋でしゃがみこんで手紙を広げていた。郵便屋さんからもらった手紙をまだ読んでいなかったことに気付いたのだ。冗談のような文面を何度読み返しても、綴られている内容はそういったものだった。
「……驚いたな……」
 微熱の額に手の甲を当てる。少し、体調が悪かった。壁に凭れ、低い天上を見上げてぼうっと思案する。
 村に戻ってこい。そろそろ嫁に行け。
 年齢から考えれば無理もない話だった。驚くべきは、あの田舎村の連中が私の居場所を把握していて、こちらの生活を多少なりとも把握されていることだったが、こう何年も暮らしていれば噂ぐらい入っても仕方なかったのかもしれない、小さいとはいえ、あの村にだって渡り行列は来るわけだし。
 結婚相手は、件のボンクラ男だった。
「ふふ……何よ、馬鹿みたい。そろそろ子供でもできてるんじゃないかと思ってたのに」
 なのに、律儀に私を待っていてくれたらしい。本当なのか知らないが、確かに手紙にはそう綴られている。単に結婚できなかっただけなのではないだろうか。そんな勘ぐりをしてしまう私は、都会に染まったんだろうか。
「……はーぁ、なんだかなぁ」
 力が抜けて、ベッドに倒れ込む。どうしてこう、タイミングよく手紙なんかが来るのだろうか。家に帰ったら、両親に張り倒されるのは目に見えているっていうのに。ちょうど気分を切り替えようかと考えていた時に。これが、縁ってやつなんだったら私は逃れられないかもしれない。
「もう……」
 観念した気分で、バンダナを取る。アイス売りをやめて田舎へ帰ろうか。都会暮らしを終えてしまっていいんだろうか。ぐるぐると頭が回りそうになった時、タイミングよくドアがノックされるのだった。
「…………どちら様?」
「すまない。郵便屋だ。少しお話が」
 またあの美人さんか。いまさら何の用だろう。しかしちょうど誰かと話したかったところなので、ドアを開けてやる。そしたら、何故だか深刻に切羽詰まった顔をしていた。
「仕事がないので転職することにした。職業安定所はどこかな」
「………………は?」