生徒会長 12/14

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「しかしですねぇ先輩、まさか片っ端から誤認逮捕しまくる気だったとは。あまりにも先
輩らし過ぎて、ついつい静観してしまいましたとさ」
 たん、と身軽に着地する。
 そのまま壁に背を預け、グラウンドを見下ろした。東條が去っていくところだった。
「あの人はシロですよ。アオイ先輩。何事も直感と武力で解決しようとするのはいかがな
もんかと思います」
「……仕方ないでしょう。うだうだ考えたって分かるわけないもの」
 拗ねるように呟くと、黒川は楽しそうに笑いやがった。
 姿勢を正して私に向き直る。
「さて——唐突ですが回答願います。果たしてユーレイやおばけなんて非常識が、本当に
この世に実在すると思いますか」
「…………」
 私は肩に掛かっていた髪を流し、校舎の窓に目を向けた。
 ガラス越しの生徒たち。
 探したって、ユーレイらしい子は1人もいない。
「どうかしらね。結局出会えなかったもの、私。篠宮だって虚言吐きじゃないという確証
はない。ちとせが見えると言っても私には見えない。結局スタート地点から1歩も進めな
かったわよ。この件に関しては」
「先輩……」
 ちとせが気遣うように私を見上げてきた。だが視線で大丈夫だと笑い返す。
 顔を上げ、凛と言い放った。
「けど、この『調理室の悪霊』は明らかに人間の仕業よ。放送室に残ってたこのカセット
テープが何よりの物証。中身はあの時聞こえた笑い声だった」
 私は視線を強くする。
 苛立たしかった。
 ユーレイの仕業に見せかける。
 それは、私の願望を逆手に取ったやり口だ。実際に霊媒師を呼んでしまったくらい、私
は無様に踊らされたんだ。
「ねぇ、下手人は一体どこの誰なの? 指さして『犯人はお前だ!』って言ってやってよ。
あんたなら出来るはずでしょう」
 んー、と黒川は背伸びした。
 肩を回し。
 屈伸して。
 最後に手首をほぐして、ポケットに両手を突っ込んだ。
「…………黒川? なんの準備運動?」
「ええ、さすがに強敵相手なもんで。いっちょ気合い入れていかないと、捕まえられそう
もないッスから」
 黒川の顔から軽薄さが消え失せる。
「え——」
 その目が真っ直ぐに見据えているのは、私ではなかった。
 うるさいミンミンゼミが騒ぎ始めた。風が冷たい。黒川の視線は、真っ直ぐに、迷いよ
うもなく私の右側に——栗原ちとせに向けられていた。
「……黒川君? 何?」
 ちとせが、曖昧な笑みを浮かべて声を投げた。
 黒川は笑わない。あくまで真剣な双眸のままで。
 たん、たんと散歩のような足取りで寄ってくる。私ではなく、ちとせに向かって迷い無
く。
「結論です先輩」
 逃げようとするちとせを捕らえ。
「犯人は——俺です」
 ずん——
 時間が凍結した錯覚。
 呆然と、私の視界はその光景を捕らえた。
「…………………は?」
 乱暴に肩を掴んだ左手。
 ちとせの身体がくの字に折れ曲がっている。
 支点は鳩尾。
 黒川が突き込んだ右手を支点にして、ちとせの身体が、くの字に折れ曲がっていた。
 その手には、見覚えのある包丁があった。
「な———ちと、せ……」
 目を見開いたちとせの横顔。
 背筋が冷たい。
 視界がチカチカする。
 一瞬にして、私の全身は硬直してしまっていた。
 乾いた砂漠の風の中で、影に覆われた黒川が、語り始めた。
「…………まったく。なんで推理なんて始めちゃったんですか、アオイ先輩。先輩はなん
だかんだ言って夢見がちだから、100%大丈夫だと思ってたのに」
 卒倒しそうな私の頭に。
 その声は、重く、重く衝突して弾けた。
「う……」
 包丁が乱暴に引き抜かれ、ちとせがふらつく。
 私は駆け寄ることも出来ず、呼吸さえ忘れていた。
「あれ…………痛く、ない」
 苦しそうに歪んでいた表情が、不思議そうなものに取って代わる。
 黒川は包丁を投げ捨てた。
「当たり前だよ栗原ちゃん。この包丁、俺が懇切丁寧に手間暇掛けて作った、オモチャだ
し」
 からん。
 その軽薄な音に、私はとうとう崩れ落ちてしまった。
「は……ぁ」
「うわ、すごっ! 先輩先輩、ほんとに切れないっすよこれ!」
 ちとせが生きてる。興味津々でオモチャの包丁をぺたぺた触っているいつもの横顔。
 よかった。
 本当に腰が抜けてしまった。そんな安堵に反比例して急速沸騰する頭。
「黒川……あんた、ねぇ……!」
「ところで言ってもいいですか」
「なに!?」
 敵意の視線を叩きつける。
 だが見上げた黒川は何故か、困ったような表情をしていた。
「なんで俺がこんなことしたと思います? くだらないイタズラですよね、動機は俺もよ
く分かってないんですよ」
「……え」
 何言ってるの?
 犯人は黒川なんでしょう?
 あの調理室で悪霊のふりをして、私を刺したのはあんたでしょうに。
「いえその……俺の依頼人は小林ユウカさんです。『アオイにおばけを見せてあげて下さ
い』って、めちゃくちゃ楽しそうに頼まれました」
 なんだって?
「…………………あれ?」
 反芻。ふんわり系の笑顔を夢想。もぐむしゃ、理解不能。
 私、石像。
 ちとせも見事に石像石像していた。
「いや、何があったのかは知りませんけど。ユウカさんがあんまりにもイイ笑顔だったも
んで、俺も思わず即OKしてしまいましたとさ、フッ」
「あ、へぇ。そう……」
「じゃ、俺はこれで。すんません。任務はこれにて大失敗です」
 黒川はそれきり、静かに屋上から去っていった。
 またもや取り残された私たち2人は、冷や汗を垂らし、眉間に皺を寄せ、じりじりと押
し殺した声で会話した。
「ちとせ」
「はい、なんでしょう先輩」
「…………行ってくる」
「……はい。がんばって下さい」




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