生徒会長 11/14

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 さて武力行使の始まりである。
「ちょ、何なんだよ一体! 日向! なんか知らんがもう俺は関係ねーだろ!?」
「うるさい!」
「ひっ!?」
 推理? ミステリー?
 そんなものは知らない。苛々する。解決シーンなんてまだるっこしい、1人1人拷問し
て吐かせればいいだけだ。
「私が言うことはひとつだけよ。黙ってついてきなさい、東條サトル」
「あ……ぐ」
 私は右手で引きずったエモノに地獄の一瞥をくれて、再び階段を上がり始めた。
 鉄のドアを蹴り開ける。
 昼休みの屋上。
 捨てるように東條サトル、おととい退学になったラクロス部の部長を転ばせた。
 東條は怯えた小動物のような目で私を見上げてくる。
「あの、さ……日向。いや会長……」
 私の足に縋り付いてきた。
「悪かった! もうカツアゲなんてしないから、命だけは——!」
「そう、いい心がけだわ。でもそんなことはどうでもいいの」
「どうでもって、じゃあ一体……ぐぼッ!?」
 踏みつける。
 コンクリートの地面にこめかみを擦りつけさせながら、私は突き付けた。
「答えなさい東條。アンタ、これに見覚えはある?」
「痛、くそ、何なんだよ一体! アイポッド!? んなもん貧乏人の俺が知るかっつの!」
「へぇ……知らないんだ。そう……」
 値踏みする。
 果たして嘘か本当か。判断できるはずもない。そのための拷問係だ。
「ちとせ、やりなさい」
「あいあいさー!」
「っ!?」
 風のように現れる。
「お、お前はあの時の!」
「ふっふっふっふー。生徒会役員No.3、栗原ちとせでーすぅ」
「ひぃぃいいぃ!?」
 ちとせの指が怪しく蠢く。先日、執行の際に東條の胴にちとせキックが入ったのはまだ
記憶に新しい。
 身動き出来ない東條を責め立てる、ちとせの怖ろしい拷問劇場が始まった。
「な、ぶは、ぶはははははははは!? やめ、はは、るあははははははは——っ!」
 学校中に響く声。
 早い。我慢できたのは0.5秒か。相変わらずえげつない威力。
「ふっふっふー。私の指は魔法の指ですよー、はやくゲロしちゃった方がラクになれるで
すよー」
 ちとせのくすぐり拷問は職人の域だ。不感症でも殺せると言われている。正直、私も金
輪際遠慮したい。
「ちとせ、ストップ。殺しちゃったら意味ないわ」
「あいあいさー」
 ぴた、と拷問が止まる。
 風の早さで東條の両手を後ろで拘束し、両足も拘束。身動きを封じた。
「ひぃ……ひぃ……」
 おお、もう窒息寸前か。
「さて東條。もう一度聞くけど、この物体に見覚えはある?」
「だから、アイポッド買えるほど金持ちじゃねぇっつの! 何なんだよ一体!」
「アイポッドじゃないわよ。これはね、手作りのスイッチなの」
「スイッチ?」
 私は東條の目の前で、カチカチといくつかのボタンを押して見せた。
「ある仕掛けを起動するための道具よ。中も開けて見た。簡単なリモコンでね、だけど効
果は侮れないわ。そう、だって私の勘が正しければ——」
 ちとせが東條を睨みながら後退する。私とちとせは共通の被害者なのだ。
「————こいつが、私たちを眠らせた下手人なんだから」
 地面に落とし、踏みつける。
 まったく冗談じゃない。
 こんなチープな仕掛けに惑わされるなんて。
「……それがどんな装置だったのかは知らない。もういまさら確かめようもない。リモコ
ンに反応するガス噴出器だったのか、飼育水槽にベニヤ1枚で蓋をしたガラクタだったの
か。でもどっちでも同じ事よ。科学部に鑑定させて分かったのは、これがテレビのリモコ
ンをもっと単純にしたようなスイッチだってことと、範囲内すべての装置を一斉に起動で
きるような仕組みだってこと……」
 言いながら、強く、強く拳を握った。
「…………ちとせはね、あのとき真っ先に薬品の混じった空気を察知して言ったのよ。
『逃げて下さい』って」
 悔しかった。
 結論はこんなくだらない、中学生でも思いつくようなカラクリ。こんなものに騙されて、
私は心から踊らされていたんだ。
 呆然としているのか、愕然としているのか。
 判別付きがたい東條の鼻先に、私は1本のカセットテープを投げつける。
「……放送室にはそれが残ってた。内容は笑い声。いまとなっちゃ確かめようもないけど
ね。あの時、きひひひひっていう気持ち悪い声が聞こえてたのは調理室だけでも、まして
や生徒会室だけでもなかったのよ。学校全体に、スピーカーを通して、あの声が放送され
ていた」
 首がなかった仕組みなんて考えるまでもない。
 学生でさえ方眼紙でなくパソコンを使う時代。もうとっくに昭和じゃないんだ。あれく
らいの亡霊、バラエティ番組どころかシロウト仮装大賞でだって見れる。
 トドメに、眠りに落ちていく私を刺せばいい。刺した。殺そうとしたんだ、コイツは。
「どう、まだしらを切る? 東條サトル」
「…………あのな、日向。ひとつ言っていいか」
「何?」
 東條は、私を見上げながら、言った。
「お前はさっきから、何の話をしてるんだ?」
 ひぅぅうううう
 気まずい沈黙の風が、屋上を吹き抜けた。
「えと、先輩。そろそろ説明してあげてもいいでしょうか」
「ええ」
「あのですね東條さん。アオイ先輩、刺されたんです。幸いケガはなかったのですが、こ
りゃー犯人は懲らしめないといけないな〜っていう流れでして」
 ちとせの説明に、東條は冷や汗を流した。
「おい……待て。刺された? は? っていうか、なんで俺が疑われるんだ?」
 フンとそっぽ向いて、私は拗ねるように呟いた。
「だってアンタ、私のこと恨んでるでしょ」
「な——ちょっと待て、そんな曖昧な理由で決めつけんな! 推理ってレベルじゃねー
ぞ!? ふざけんなお前、名探偵コナンの見過ぎだ!」
「あーはいはい、有害図書の悪影響ですねごめんなさいね」
「うげっ!」
 東條の背中に腰を下ろす。
「大体ね、私は探偵キャラじゃないの。刑事よ刑事。逃げようとする犯人を殴り倒して押
さえつけるのが精一杯。これがどういうことか分かる?」
「分からん」
「察しの悪い男ねぇ。つまりは牛丼なのよ。こうやって、1人ずつ捕まえて拷問していけ
ば、いつかはきっと当たるだろう的な名推理なんだけど」
「それのどこに推理要素があるんだよ」
「そうね。確かに、ちっともミステリーじゃないかもね」
 くすりと私は自嘲した。
「ったく……おい、どけ。帰る。早くバイト探さないと家追い出されちまうんだよ」
「うわぁリアル。学生じゃなくなるって大変なのねー」
「まぁな。見事にオサキマックラ症候群だ」
「………」
 もとクラスメイトの背中に腰を下ろしたまま、私はしばし沈黙してしまった。私服姿の
男子。もう、この学校の生徒じゃない、という証。
「……ねぇ東條。私のこと、恨んでる?」
「あ? 別に」
「どうして? 私のせいで退学になったのよ? 私を襲ったの、絶対にラクロス部だと思
ってたんだけど」
「バカにすんな。そのくらい俺らでも分かるっつーの」
「え?」
 東條はカケラの笑みもなく、ただ鬱陶しそうに吐き捨てた。
「生徒会風情に退学を決める権利があるかよ。一体何と取引したんだ? くっだらねぇ恨
まれ役買いやがって」
 夏空の下。セミの声が遠く響いていた。
「おう、どうした生徒会長。恨まれ役の代わりに何買ったんだ? そんくらい教えろよ」
 涼しい風に流れる髪を押さえながら、私は静かに声を紡いだ。
「……だって。警察沙汰は困るでしょう、あんたも、 学校側 わたし も」
「アホだな。つくづくくっっだらねぇ」
 はん、と鼻で笑われた。立ち上がって睥睨してやる。
「なによ不良。この私に意見する気?」
「当然。お前はこの学校の 独裁者 リーダー で、俺はお前の学校を食い荒らす 反逆者 レジスタンス なんだぜ。
分かち合うことなんて何もない。だろ?」
「な——」
 一瞬、固まってしまった。
 挑戦的に見上げてくる双眸。いまは少しだけ大人びた、懐かしむような色も混じってい
たが。
「あきれた……アンタって、本当に筋金入りだったのね」
「あん? なんだ、いまさら気付いたのかよ。案外ニブかったんだなお前」
 ちとせが東條の拘束を解放する。
 東條は背を向け、校舎に向き直って呟いた。
「……ま、いい暇潰しだったさ。それなりに刺激的な学園生活だった。自業自得で終わら
せたんだ、悔いなんてひとつも残っちゃいない」
 去っていく。
 会うのもこれっきりになるだろう。
 最後に瞳だけを私に向け、東條は真っ直ぐに言った。
「言っとくがうちの部員はお前を刺したりしてねぇぞ。一昨日から全員、ずっとうちに泊
まってる。そんな時間はなかったはずだ」
「……そう」
 長い残響。
 鉄扉が閉ざされて風に揺れる。
「…………」
 そうだな。
 ろくに会話したこともなかったけど。
 3年で同じクラスになって、私は生徒会長。あいつは落ちぶれて退学になってしまった。
 せいぜい更正しなさいよ、バカ。
「………さて」
 私とちとせは取り残されて、疑問を抱いたままになってしまったわけだ。
 だから私は振り返る。
 給水タンクでずっと『我関せず』と昼寝していた、ソイツに向かって。
「まったく。ちゃんと真相教えてくれるんでしょうね、そこの天才」
「……むぅ」
 ようやくダルそうに声を発する。やっぱり起きてたか。
「……有害図書って言い方は違うっすよ先輩。それは大変な間違いだと思うのです」
 砂漠の風が吹き抜ける。
 見上げる私たちの視線の先で、そいつは眠そうに金髪を撫でている。
「虚構の力なんて弱いもんです。そう、悪霊1匹現実に出来ない。大体の話、あんだけメ
ジャーな丑の刻参りだって実際に死んだ人間は1人も聞いたことがない」
 林檎ジュースのストローで教鞭のように円を描く。青い空に。
「だからこそ、俺は、というか人類は常識外の何かにだけは決して勝てないわけで。実在
しない物が相手じゃ勝負自体が成立しない。だから勝つ方法なんてどこにもないんです。
それに俺、ユーレイとか全然信じてませんから。仮にもしそんなもんが実在したら、俺は
勝ち負け以前に発狂しますッス」
 気怠そうに語りながら、ようやく身体を起こした。
 そこで不意に気付いてしまった。
 ああ、つまり、そういうことだったのか。
「なるほど……あんた本当は、怪談とかユーレイとかホラー映画とか、ただ単に苦手だっ
たんだ?」
「ぶっ! うげほ、ごほっ」
 咽せた。図星か。
 咳き込む後輩に笑みを向ける。
 そう、こいつこそが唯一真相を明かし得る隠し球。赤木高校の探偵キャラなのだ。
 昼の城の頂点に立ち、肩をすくめてから、ヒーローのように恭しく手を差し伸べてきた。
「ま、ホラー相手じゃ完璧無力ですが。ホラーを騙った人間相手なら、どうぞ俺にお任せ
下さい、無敵の生徒会長殿」
 真昼の校舎の頂上で。
 太陽を背負った金髪不良・黒川ヤマトが、爽やかに笑った。




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