生徒会長 10/14

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「だっっっからさぁ、巫女は神社。うちは寺だ、っていつもいつも言ってるでっしょ」
 そいつはかなりぶっきらぼうに言った。
 私は正門から、ぼうっと夜の校舎を見上げてみる。大きい。でもホラー映画みたいな威
圧は感じない。なにせここは私の支配圏だ。いまは1ヶ所だけ乗っ取られているが。
 視線を下ろし、目の前で呆れたように腕を組んでいる女に言った。
「似たようなもんじゃない。神社も寺も」
「あのさ。あんたは広末涼子とそっくりさんを、似てるからって理由で同じものに見るん
かい?」
「見るわね。そのくらいには柔軟な私」
「アバウトな生徒会長ねぇ」
「それを知ってて口に出すのは、この学校ではアンタくらいでしょうね」
 篠宮ナミ。残念ながら巫女さんではないそうだ。じゃあなんて呼べばいいのだろう。
「で、なんだっけ。悪霊退治?」
「そう。包丁持った調理室の悪霊、噂で聞いてない?」
「知らんねー。あたしゃ悪霊なんて、見たことも触ったこともないかんねー」
「へぇ」
 篠宮がそっぽ向く。
 私はじっと見つめる。
 見つめて見つめて見つめ続けていると、篠宮の頬を一筋汗が伝った。
 観念したように息を吐く。
「はぁ……先に聞いとくけど」
「何よ」
「どんなカタチだった?」
「首無し人間」
「どこから現れた?」
「どこからともなく」
「会ったとき、空気を熱く感じたりした?」
「そうね。それどころか1人は気絶した」
 舌打ちされる。
 なんだ。呼び出したときに『来ないと内申書破滅』って脅したのがそんなに気に入らな
かったのか。
「……ああ面倒くせぇ。関わりたくねぇ」
 言いながらも長い髪をポニーに結い始めた。
 なんだかんだ言って面倒見のいい女。そういうヤツだ。ところで。
「巫女じゃなくても、アンタやっぱり『見える人』なのね?」
「いいや、あたしは単に殺せるだけだよ。ふれられるけど、正直ほとんど視えてない」
 剣呑な単語を聞いた。
「……殺せる? ユーレイを?」
「ふふっ、ホラーを殺せ。いいね。なんかのキャッチコピーみたいだ」
 準備を終えた篠宮が右拳を振るった。風切り音。鍛えられた拳。
 拳を突き出したまま、隠れ霊媒師は愚痴吐いた。
「私だって、薄〜らボンヤリと視えるっちゃ視えるんだけどねぇ……一体何なんだろうね。
やっぱ近眼なのが悪いんだろか」
 アフリカ人の逆。
 そういえば確か、ちとせがお岩さんどーのって言ってたな。
「2キロ先まで見える助っ人、いる?」
「いらね。霊視宣言してる子の9割は虚言、平然と三十路の同窓会で『嘘でした〜』って
言いやがるのよ」
 へぇ。
「何それ。流行性の虚言癖?」
「お、いいね当たらずとも遠からず。ありゃもう精神疾患みたいなもんでね。特別願望。
非日常憧憬。一目置かれたい構ってちゃん感情の代表例さ」
 ちとせ。あんたって子は。
 篠宮は拳を打ち合わせ、校門に向き直った。
 背中越しに言ってくる。
「……報酬は」
「深夜徘徊黙認。3年間、警察から学校に入る連絡をひとつ残らず握り潰してあげる」
 霊媒師はニヤリと笑った。
「ほほぅ。さすがによく知ってるね。あたしが、常習犯だってこと」
 当然。私を誰だと思ってる。
「夜遊びもほどほどになさいよ」
「遊びならよかったんだけどねぇ……」
 意味深に、というよりゲンナリしたように背中を丸めた。
「ところで調理室だっけ? アンタはここで待ってること。私が連絡するまで絶対に入っ
て来ないこと。これ追加条件ね、邪魔されて共倒れなんて最悪だから」
「了承」
 歩き出そうとした背中に、私はふと気になって聞いてみた。
「ねぇ。あんたもしかして、念仏とかそらで言えるの」
「はい? そりゃまぁ覚えてるけど、なんでまた」
「だって。念仏唱えて御祓いするんでしょ?」
 私が当然の質問を投げると、篠宮は明るくそれを否定した。
「まっさかぁ。ゴーストバスターの基本は拳だって」
 頭が痛くなってきた。
 何? 殴るの? 悪霊を?
「つか、念仏とか宗教ってのは人間が作った創作幻想でしょうに。神さまが実在するわけ
でもなし、んなもんに力借りれる道理なし。無から有は生み出せんしょ?」
 Go to HELLな下向き親指。
 つまり、なんだ。そういうわけか。
「そ。知恵も道具も戦闘法も、人間さまが1から組み上げるもの。日々の鍛錬だけが私の
武器なの」
 インチキだ。
 それきり篠宮は校門を乗り越え、校舎の中へと姿を消した。
「さて……」
 しばらくは待ち時間だ。黙って街灯に集る羽虫を見上げる。
 吉と出るか凶と出るか。
 なんにせよ、使えることだけは確かだろう。



「……う〜ん」
 1時間後、篠宮が頭を掻きながら帰ってきた。
「どうだった。勝ったの? 敗けたの?」
「あれだなぁ。微妙に断言はできねぇんだけど。なんせあたし、霊視イマイチ」
 校門を乗り越え、背を凭れさせる。
 腕を組んで悩んでいる。
「にしてもなぁ。一切気配を感じないってのは、なんてーかあり得ないんだけどなぁ……」
 よく分からない。
「回答」
「いない。ただし、一応『たぶん』って付け加えとく」
 なんだって?
 私はインチキ霊媒師に眉をひそめる。
「……いない? 逃げたの?」
「私もそう思って一通り練り歩いてみたんだけど。なんてかね、まるで気配を感じない。
っていうか超不自然。誰かが大掃除カマしたとしか思えないような状態」
「どういうこと?」
 むぅと唸って、篠宮は語り始めた。
「学校の怪談ってよくあるでしょ。映画とか七不思議とか色々。あれはね、別に意味もな
く学校を舞台にしてるわけじゃない。この理由、分かる?」
 現実の非常識はさっぱりだが、ホラー映画ならお手の物だ。私は塀に背を預け、回答を
述べる。
「……箱庭」
「オーイエス。さすが生徒会長、分かってるぅ」
 篠宮は振り返り、大きなコンクリートの箱を見上げた。
 照明にライトアップされた夜の城。
「要は閉鎖的なのさ。あの箱の中には、いろんな人の、いろんな感情が溢れるくらいに詰
め込まれてる。だからね、学校って言えば一杯いるもんなんだよ、普通は」
 繰り返される小さな 日常 セカイ
 たった3年、されど3年。
 その多種多様性や落とし穴の深さを、私たちは身をもって知っている。
「なのに、いない。1人も。いまこの学校は無菌室だよ。半年前はこんなんじゃなかった」
 なるほど。だから『誰かが大掃除したみたい』ってことか。
 当然だが私に思い当たる下手人などいない。
 篠宮は不思議そうに言う。
「もしかしてこの学校、守護霊でも住みついたのかな」
「誰もいないって言ったじゃない」
「あそっか」
 余計に分からなくなる。
 いない?
 調理室の悪霊が?
 どういうことだ。私は確かに刺されたぞ。
「そうそう。代わりと言っちゃなんだけど、調理室でこんなん拾ったよ」
 ガサゴソとポケットを漁り、ひょいと何かを差し出してきた。
「……何それ。アイポッド?」
「にしちゃ随分とハンドメイドくさいけど。でも、割と悪くないデザインだね。記念に持
ってく?」
 受け取る。
 ヤケに軽い。たぶん中身はすかすかなんだろう。
「————」
 バシバシとフラッシュバックするように。
 私の脳裏を、一連の映像が駆け抜けた。
 振り返る。
 探偵キャラのように。
 あるひとつの、どこかに置いてきた可能性に気付いてしまった。
「………名探偵コナンって、有害図書よね」
「はい? なにさ唐突に横暴な。意味わかんねーっすけど、嫌いなの?」
 泣きそうな気分で夜空を見上げる。
「…………」
 ああ、どうして忘れていたんだろう。
 ホラーは簡単に殺される。
 オカルトは口にした途端、物悲しく酸化してしまうものなんだ。
「…………嫌いよ。パズルなんて大嫌い……」
 虹を纏った優しげな月。意味もなく綺麗な夜だった。




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