生徒会長 09/14

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「せ、生徒会長!?」
「ななな、な——!」
「うそ……誰? 何かやったの?」
 1歩足を踏み入れた途端、武道場がにわかに騒がしくなった。
 胴着に身を包んだ男子女子24名。みんな右手に竹刀を握っている。剣道部だ。
「あー、いいから。構わないで続けてちょうだい」
 ぞんざいに視線を振り払う。渋々か恐る恐るか知らないが、部員たちはとりあえず練習
を再開した。
 ここへ訪れた理由は単純明快、使える用心棒の調達だ。
 剣道部の部長なら顔見知りだ。異常に腕の立つ一匹狼。こと武力にかけてならちとせと
一進一退、頑丈さにかけてならピカイチだろう。
 四角い武道場の一辺をなぞるように、安っぽい長椅子が並べられていた。腰を下ろして
練習風景を傍観。
 傷だらけの床。これも一応フローリングと呼ぶのだろうか。
 ぼろい木製の大型ロッカー、ところどころ割れた壁、何故か鉄格子付きの窓。差し込む
日差しが埃を照らす。
(風流って言えば、聞こえはいいけどね……)
 単に錆びてるだけだろう。
 声の合唱。円になって素振りしている。それなりに学生らしいっちゃらしい光景だろう。
 一通り見回してみたが、肝心の部長がどこにもいなかった。
 あの放浪癖め。
「おっと。生徒会長じゃないですか、珍しい」
「ん」
 目を向けると、副部長の山本畳四郎が靴を脱ぐところだった。
 竹刀と防具を重そうに下ろす。
「山本。調子はどう?」
「まずまずって所でしょうか。新入部員に経験者がそこそこいましてね、特にあの、隅に
いる女子2人。なかなかいいですよ」
「へぇ……」
 素振りを見つめる。確かにサマになっている気がした。
「それで、今日は一体どんな御用向きで? うちの部員はカツアゲなんてしませんよ」
 はっはっは、と快活に笑いやがった。ラクロス部。一晩明けて噂になっているらしい。
 受け流して本題を切り出す。
「用ってほどでもないんだけどね、ちょっと部長に。今日はどこほっつき歩いてるの?」
「ああ、 御剣 ミツルギ ですか……彼は、その……」
「ん?」
 何故か、言いにくそうに口ごもった。
 なんだ。
 校長室に殴り込みでもしたか。
「えぇとですね会長。調理室のガス漏れの件なんですが」
「………」
「非常に言いにくいのですが、その。悪霊って信じます?」
 イヤな予感がする。
「御剣がですね、おととい、ウワサになっている調理室の悪霊退治に出かけまして」
 ぴくりと眉をしかめる。
 やられた。
 知らない間に敗けていたのか。
「ったくあのバカ侍は……それで? 生きてるの?」
「はい、特にケガとかはなかったのですが、かなり錯乱してます。今日も学校を休んでま
すね。しばらくは出てこないんじゃないかと」
「そう。分かった」
 立ち上がって踵を返す。
 もう用はない。
 次は薙刀部を当たってみよう。部長の松本千夏なら、御剣と同レベルの使い手だったは
ずだ。
「……そうだ山本。御剣のヤツ、何か言ってた?」
 ふと去り際に聞いてみた。
 山本は半信半疑の苦笑いで答える。
「はい。死にたくない料理されたくない、と呪文のように繰り返してましたね」
「へぇ」
 それっきり、剣道場を後にした。
 なるほど料理。包丁の由来はやはり調理室に関係があるのだろうか。
 しかし不味いな。ガス漏れということにすれば誤魔化せると思っていたが、甘かったら
しい。
「……75日、待てばいいのかしら」
 だめだ。
 放っておいたらたぶん、噂と共に何人か消される。



 薙刀部もダメだった。
「………」
 早歩きで廊下を抜ける。
 苛立っているのかも知れない。歩くごとに生徒たちがモーセの十戒のように道を空け、
怯えた声が耳を掠める。
「なんや会長、どないしたんで? 今日はヤケに殺気立ってますなぁだっはっはー!」
 だが、1人だけ道を空けない生徒がいた。
 逆立てた髪の関西人。朝野トウヤ。ヤツは堂々と私の道を塞いで笑っている。
「あ、朝野君まずいって! 今日こそ本当に死んじゃうって!」
「なに言うとるねん九条君、この人はそんな横暴な人やない。ああ俺は知ってる。なんと
なーく知ってる。で、一体何があったんすか生徒会長。俺でよかったら助けになりまっせ。
だっはっはー!」
「………」
 じっと観察する。
 使えるだろうか。分からない。なら試してみるしかない、右アッパー。
「うごふっ!?」
 衝撃。
 ガードも回避もなし、綺麗に鳩尾に入ってしまった。使えない。
「………せ、生徒会長……またもや鳩尾……うは、もうなんか冷や汗止まらんで、はは、
だはははは……じぬ」
「あ、朝野くん!」
 駆け寄る男子も騒がしくなった生徒たちも無視して再び歩き始める。
 誰だ。
 一体誰ならあの悪霊を倒せるんだ。
「……ん」
 ふと窓の外に視線を下ろす。
 私服姿の男子が数人、とぼとぼとグラウンドを抜けていく所だった。まるで砂漠の難民
じみている。
「ラクロス部……」
 そうか。退学になったヤツらか。
「………」
 ふと、部長がこちらを振り返り、私を真っ直ぐに見返してきた。
 ヤジのひとつでも飛ばされるかと思ったが、何もない。すぐまた先頭を切って歩き始め
た。
「……東條」
 忘れていた。
 ラクロス部主将、東條サトル。そういえばあいつ、私のクラスメイトだったじゃないか。
「頼るわけには……いかないわよね」
 たぶん喧嘩は強いだろう。
 だが、あいつには怨みを買ってしまった。私の不手際。頼れるはずがない。
 開いていた窓を閉め、次はボクシング部の部室へと向かうことにした。



「すいません生徒会長……」
「そう。分かった」
 静かに部室のドアを閉め、私は壁に背を凭れさせた。
 溜息をつく。
 ダメだった。薙刀部ボクシング部柔道部、その他格闘技系の部活はすべてアウト。
 みな半信半疑ながらも怯えている。
 そも、恐怖の生徒会長の用心棒なんて、一体誰が引き受けるものか……。
 はっと顔を上げる。
「そうだ黒川——」
 私の知る限り最優の手駒だ。あいつならちょっとやそっとじゃ死なない。
 だが、あの時の声が耳を掠める。
 ——残念ながら。俺はあくまで、普通の人間ですから——。
「無理……か」
 あいつもダメだ。真っ先に自分では対抗できないと釘を刺して来たじゃないか。
「……そうよね。アイツだって、人間だもの」
 額に手を当て、力無く笑う。
 あの万能をもってして『不可能』と言わしめたんだ。一体、どこの誰が対抗できるって
いうんだろう。
「やっぱり……そういうことだったのね。アオイ」
「え?」
 顔を向ける。
 無人の廊下の真ん中に。
「ユウカ——」
 悲しそうな顔をするそいつが、立っていた。
「……言い訳は、できる?」
 責めるように言ってきた。私は笑う。
「そうね。せめてあなた達の常識は崩したくなかった、っていうのはどうかしら」
 本心だ。
 だが、ユウカはまったく笑わない。
「…………」
「……怒ってる?」
「怒ってるわ。とっても」
 さらりと髪を撫でた。息苦しくなる視線だ。いやになる。
「アオイ、あなたは私が守る。たとえ相手がどんなものだって、必ず私たちが守ってみせ
る。それが役目でしょう? なのに——どうして」
 どうして相談してくれなかったの、と目が訴えてくる。
 答えは考えるまでもない。
 ユウカはあくまでひだまりを望んだ。
 暗がりを望んだのは私1人だけ。
 あの非常識の具現に会わせるなんて、したくなかった。
「でも、だめよ。もう遅い。私は見付けてしまった。1人で悩んでるアオイの姿を」
 言ってユウカは私の手を取り。
「もう逃がさないから。一緒に、3人で解決しましょう?」
 ようやく、ふんわりと笑ってくれた。
 私は弱々しく問いかける。
「……常識を捨てる覚悟は、ある?」
「もちろん」
「私の体験したことを、妄言としか思えないようなことを信じるの?」
「ええ。信じる」
「危険よ?」
「そうね」
「そう……」
 ユウカは頑固者だ。
 私の制止なんて聞きやしないから。
「じゃ、仕方ない。行きましょうか」
 2人で廊下を歩き始める。結局こうなってしまうのか。
 だが、不思議ともう恐怖は感じなかった。
 そうだ。黒川が最優なら、この子たちは最強の手駒。厳しい対決になるだろうが、きっ
とどうにでも——
「…………」
 ふと持ち上げた視線の先。
 放課後校舎、差し込む夕日の光の中を。
「——待って」
「え?」
 見覚えのある少女が歩いていった。
 セーラー服の他校生。
 少女の十字架ピアスが目に焼き付いた。
「そうだ……なんで真っ先に思いつかなかったのかしら」
 私はバカか。
 格闘技系の部長連中より、黒川ヤマトより、右京左京よりもこの件に向いている人材が
いたじゃないか。
「アオイ? どうしたの?」
 十字架だ。
 エクソシスト。
 悪霊に霊媒師というのはお約束だった。
「ユウカ、電話。3年の携帯番号はどれくらい把握してる?」
「さぁ……たしか生徒会室に、一覧表を作っておいてあったと思うけど。全校生徒の大半
は把握してるはずよ」
「よし、決まりね。専門家を呼ぶわよ」
「専門家?」
 名前は篠宮ナミという。
 市内の篠宮寺に住まう、純血の巫女サマだ。



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