斬-the black side blood union-

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 鷹町美空は静かな住宅地を歩いていた。
 右手にポリ袋。
 夕食の材料を安値で買い揃え、さぁ家に帰って休憩しよう、というタイミングで。
「はろぉ美空」
「へ」
 振り返る。
 へらへらと、誰かが軽薄に手を振っていた。
 姿勢正しく近付いてくる軽薄な笑顔。硬直する。
「……あれ?」
「おや。僕の顔に何か付いてる?」
「いや、そういうわけじゃないんだけど」
「そうかい。ならアレかな。今更ながら僕がとてつもない男前、否、日本を代表する男前、
否、世界を、否否断じて否、宇宙をもまたにかける神がもたらした奇蹟の造形であったと
いうことに今更ながら気付いてしまったのかな?」
「いやー……恥ずかし気もなく自分をそんだけ持ち上げられるのも愚かの極みだと思うけ
ど」
「照れるなー」
「ウサギ単弾」
「ごぼッ!?」
 ずぼん、と弾けたウサギに吹き飛んだ。紙屑のように。
 もんどり打って塀にめり込み、彼は口の端から一筋血を流して呻く。
「ふ……ふ、相変わらず照れ隠しが殺人レベルだ。いいよ、それでこそ幼馴染み。それで
こそネオ王道。朝の目覚まし代わりに愛妻弁当で使った焦熱フライパン背中に押し付ける
ぐらいが丁度良し」
「減らない口ねぇ……」
 一種感心にも似た心地で美空はあきれた。
 めり込んだ少年を引っ張って立たせ、改めて向き直る。
「で。出張だったんじゃないの?  銀一 ・・
 さぁぁと吹き抜けた風が、少年の銀髪を撫でた。
 喪服のような学生服。柔らかに微笑む口元。銀の名を持つ少年が、そこにいた。
「うむ。今宵の仕事はなかなかのハードミッションだったけど、わりと楽しかったんだけ
ど、でも飽きたから帰ってきた」
「あんたねぇ……」
「休日はどうだった美空。羽村くんとか元気してたかな」
「さぁ。知らないわよあんなヤツ」
 ふんとそっぽ向く。
 そのまま沈黙。
 ひだまりの、あたたかな風が2人の間を吹き抜けて、昼の縁条市を跨いでいく。
 美空は両手を差し出して、少年の手を引き、踊るように歩き始めた。
「お帰り銀一。帰ろ? 疲れてるでしょ、ご飯作ったげる」
「ああ、頼むよ。お腹が空いて真空になりそうだ。でもね美空」
「なに?」
 足を止める。
 少年はまっすぐ美空を見下ろして言った。
「仲良くしなきゃダメじゃないか。みんな笑顔で今日も明日も。それがきっと1番楽しい、
だろ?」
 上げられた顔は端正な微笑。
 雨宮銀一は、女性のように繊細な顔つきの少年だった。
 美空は含みのある猫目で返す。
「銀一がそう言うなら、いいわよ。あいつが美空様の奴隷になりまーすと誓ったらね」
「それは仲良しとは言わない」
「そうかしら。主従も立派な愛の形だと思うわ」
「まぁ……いいけどね」
 そうして去っていく“葬儀屋”2人。
 あるいは平和な縁条市。



-MetalxHeart-







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