斬-the black side blood union-

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 ずがしゃーん。
 そんな音を立てて次々と倒されていく木。
 神社の景観が少しだけ変わり始めていた。
 植物とは緑色の景観を構成する風情そのものだ。映画でいう所の人物、研究室でいう所
の試験管、教室でいう所の勉強机。
 そして神社でいう所の木。
 木とは地中深くに根を張る植物で、よほどのことがない限り倒れるなんて有り得ない。
そう、何かの間違いで幹が折れたりしない限りは。
「いいかげんにしなさいよクソ魔女! あんた一体あと何本折るつもりよ!」
「……」
 叫びと視線が火花を散らす。
 喧嘩である。
 取り合わせも相まって大して珍しい光景でもない。
 そも、ハブとマングースを睨み合わせておいて喧嘩するなという方が無理な話。一触即
発を極める女2人の向こう側で、双子の悪霊が何かを担いで神社から出てきた。
 双子はよいしょとそれを縁側に寝かせ、興味深そうにぺたぺたさわり始めた。
「……ねぇ碧。なんだろねこれ」
「藍、たぶん楽器なのです。ぴろんぽろんと轢けばいいと思うのです」
 埃まみれのキーボード。
 華やかな着物が汚れていくことに構う双子ではないし、唯一気付いて注意できる姉様は
竹箒VS日本刀の雅な試合に熱中しているところだった。
「そっか、轢けばいいんだね。ぴろんぽろん」
「ぽろんぴろん」
「……」
「……」
 しばらく鍵盤を叩く双子だったが、飽きた頃に藍が顔を上げた。
「碧、なんにもならないね」
「おかしいのです。きみょうなのです。きっと呪われているのですコイツ」
「そっか、呪われてるからだんまりなんだね」
「はい、きっとだんまりだから呪われてるのです」
 何度鍵盤を押しても鳴らない。コンセントなどという面倒な準備を考える双子ではなか
った。
「碧、がっきってつまんないね」
「藍、おんがくなんてつまらないのです。こんなものはふもうなのです」
 あっさり興味を失った。
 キーボードを放置し、双子はふと姉様と魔女を見やった。
 声を上げ、殺し合っていた。
「碧。おとなはこわいね」
「藍。おとなはこわいこわいなのです。きっと関わっちゃいけないなのです。しょうがな
いのでビー玉しましょなのです」
「うみゅ。きょうこそはこの、藍とくせい・最強ビー玉が碧をたおす」
「藍、それはビー玉ではなく鉛玉なのです。さすがにひきょうなのです」
「えー。でも碧だって4ばいビー玉つかうよ」
「4倍ビー玉は大きいけどビー玉なのです。じゅんぜんたるすぽーつまんしっぷにのっと
っているのです」
「そっか……じゃ、しかたないね」
「はい、しかたないのです。でもきょうは、藍にこの4倍をゆずってあげるなのです」
「わ。碧やさしーね」
「いいのです、これもじゅんぜんたるすぽーつまんしっぷのなせるわざなのです」
 それっきり、特に何が起こるでもなかった。
 或いは平穏な日常が続いていく。
 ただひとつだけ平穏に紛れ込んだ不吉。神社の片隅で、黒い呪いを滲ませる神木には、
いまは誰も気付かない。




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