斬-the black side blood union-

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 来客のベル。
「……何しに来たのよ?」
 智花さんと玄関に行ったら、信士さんと俊彦さんが立っていた。
 2人とも既に着替えて私服姿。濡れた傘を折り畳みながら、口々に言ってきた。
「何、気にするな。友人を助けるのに理由はいらない」
「知ってるぜ智花、親御さん今日から旅行なんだってな。さ、何して遊ぶ?」
「ちょ、あんたたちねぇ。女の家にずかずかと、」
「何を今更。そんな遠慮し合う仲でもあるまい」
「んじゃそういうことで。邪魔するよアユミちゃん」
「あ、はいっ!」
 そんな感じで、2人きりの静かな夜が、また騒がしい場面の一欠片となってしまった。
 こっそり歓迎するわたし。
「まったく……私がアユミちゃんに何かするわけないじゃん。美少女は綺麗なままだから
いいんだってーの」
「ほう? なるほど、変態にも美学はあったのか。どう思う俊彦」
「信用ゼロ。ま、晩飯食べたら帰るからそんなイヤな顔すんなよ。な?」
 もう、しょうがないなぁ……なんて呟きながらも、口元は笑っていた智花さん。
 楽しい夜になりそうだった。



「───」
 予想通り、騒がしい時間だった。
 信士さんと俊彦さんの遣り取りに智花さんが大笑いして、わたしも我慢できずに笑って
しまう。
 と、そこで智花さんが何かを思いだしたように立ち上がり、今日返したばかりのそれを
持ち出して、わたしを部屋の外に連れ出した。
 何をされるのかと思ったら服を脱がされて、そして部屋に戻る頃にはまたゴスロリ子と
化しているわたし。信士さんも俊彦さんも大笑いしてて恥ずかしかったけど、トランプの
罰ゲームと称して信士さんがゴスロリになった時は、私も腹筋が捩れるくらいに笑わせて
もらった。
 いやそうな顔にメガネも外して、もとの凛々しさが台無しの信士さんは傑作だった。智
花さんにカメラを向けられた時はさすがに逃げ出してたけど。
 俊彦さんはわたしにギターの弾き方をちょっとだけ教えてくれた。智花さんの部屋にあ
ったエレキギター。これはもともと俊彦さんの持ち物で、智花さんが気紛れで借りた物だ
ったらしい。
 器用に音を奏でる俊彦さんの横顔は素敵で、その旋律はすぐに忘れてしまったけれど、
とてもいい曲だと思った。
 智花さんはずっと笑っていた。
 本当に楽しそうな笑顔。
 わたしもずっと笑っていた。
 だけどふと、思い出してしまったんだ。
「──────」
 吉田流星さん。
 今朝死体で発見された、この3人の仲間だった人。
 きっと彼も、この人たちに負けず劣らずな楽しい人だったに違いない。
 それに、2ヶ月前に死んでしまったというもう1人も。
 どうして?
 どうして、流星さんは死んでしまったのだろう。
 殺された?
 誰に?
 ――この3人の中の、誰かに。
「…………」
 分からない。
 分からないよ。
 こんなにも楽しい人たちなのに。
 こんなにも優しい人たちなのに。
 わたしには、信じられなかった。
 智花さん。信士さん。俊彦さん。この3人の誰かが、大好きな仲間を殺してしまったな
んて信じたくなかった。
 ──だけど。
「……っ」
 時折、見えていたんだ。
 机の上の写真立て。無言で5人揃った写真に目を向けるたび、背中から立ち上る黒い呪
い。
 悲しみ。
 怨嗟。
 それはとても深くて、強くて、身じろぎしてしまうくらいに濃い呪い。
 顔はすぐまた笑顔に戻るけれど。
 だけど、時折また見えてしまうんだ。隠しようのない呪いが、カタチとして。
 呪いの持ち主は──
「……智花さん」
「ん? どしたのアユミちゃん」
「ちょっと、トイレ行ってきます」
「おう、行ってらっしゃい」
 言って、部屋を出て、静かにドアを閉めた。
 真っ暗な階段。部屋の外で、騒がしい声を聞きながら、1人呟く。
「……わからないよ」
 呪いの持ち主は──3人、全員。
 全員が代わる代わる写真立てを見上げて、背中から呪いを立ち上らせていた。
 信士さんも、俊彦さんも、智花さんも。
 ふとした瞬間に瞳が翳るんだ。
 3人のうち誰もが、本当に、同じくらい強い呪いを抱いている。なのに顔は笑みを浮か
べて、表面上だけ楽しい夜を過ごし続ける。
 ──楽しいはずの時間が、途中からは苦しくなっていた。
 だってみんな心の中では泣きそうになっているんだ。
 痛い。哀しい。苦しい。なんで? なんで死んでしまったの? って泣いているのに、
それを忘れようと懸命に笑い続ける人たち。
 その笑顔が作り物であることを理解した瞬間に、わたしは素直に笑い返すことができな
くなっていた。
 ……仮初めの夜、決して信じたくはなかったけれど。
 あの3人のうち、誰が犯人だったとしてもおかしくはない。そう、思い知らされてしま
った。
 雨はまだ、降り続けている。



 深夜、2人きりで眠るベッドの上。
「ねぇアユミちゃん」
「……なんですか?」
 真っ暗な部屋の中で、ぽつりと智花さんが呟いた。
 いつもと何も変わらない声で。
「花は好き?」
 疲れ切っていて、眠くて、なんて答えたのかもよく覚えていないけれど。
「ちょっとしたいじわる問題。私ね、好きな花がひとつだけあるんだ。」
 ──どんな、花なんですか?
「とっても大きくて、えらそうな名前の花。」
 ──そんな花、あったかな……。
 そんな呟きを最後に、意識は眠りに落ちていく。
 夜は深い。
 眠りも深い。
 ただ祈った。
 ──明日も、また、4人一緒に。
 それだけを一心に祈り続けた。




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