斬-the black side blood union-

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「ごめんなさいね、うちのバカ2人が。何度言っても聞かなくて」
「いいですよ。嫌われてるのは知ってますから」
 理由は知らないけど。
 あの双子、何故か俺を毛嫌いしているのだ。始めて会ったあの日はマジで恐かった。悪
霊どもめ。
「ほんとにもう……なーんで2人揃って凶暴なのかしらねぇ」
 日々野藍と日々野碧。
 もとは有害認定の悪霊だったが、雪音さんが庇って囲い込んだお陰で、いまもああして
生かされている。
 現在は雪音さん指導のもとにこの神社に暮らし、狩人の手伝いなんぞをやっている、一
応味方だ。主な仕事は情報収集。
「姉様、おなかすいた」
「姉様、のどがかわいたなのです」
「はいはい。いちいち報告しなくていいから、勝手に冷蔵庫開けてなさい」
「「…………」」
 さらりと軽くあしらわれて、双子が俺を睨んでくる。待て。別に奪ってないから。
 双子はくいくいと雪音さんの小袖を引っ張り、縋るように言ってくる。
「姉様、ビー玉しよう」
「姉様、けん玉やってみせてほしいなのです」
「あんたたちねぇ……」
 訂正。あの2人の主な仕事は、天然で雪音さんを困らせること。
「姉様ー」
「姉様ー」
「はぁ……まったく……」
 ちなみに雪音さんはいまでこそ管理職みたいな立ち位置にいるが、もとは先生の相棒と
して最前線で活躍していた人なので、俺は当然だがアユミでさえ勝てない実力派だと思わ
れる。
 雪音さんはにこりと優しく微笑み、ふわりと双子を抱き寄せ叫んだ。
「仕事だって、言ってるでしょぉおおおおおっ!?」
「「ひきゃー!?」」
 文句なしの実力派がどういう経緯を経て、あんな無駄に華麗なプロレス技を行使するよ
うになったのかは知らない。あまり知りたいとも思わない。
「……雪音さん、コブラツイストは巫女としてどうかと」
「いやいや、やっぱりしつけは大事よねぇ。最近のバカ親はしつけと称したバカ暴力が趣
味だったりするらしいけど、怒ると叱るは別物なのよねぇ」
「深いんだか浅いんだか……えーと、どう違うんですかそれ?」
「怒ると叱る? んー、感情が先か理性が先かの違い、って辺りでどうかしら」
 ああ、それは一理あるかも知れない。さすが本物の職業巫女さん、達観している。
「ここここわれる! こっかくがばごんと音をたててこわられるるる……!」
「あ、藍! がんばるのです! そこからあいあんすーぷれっくすで倍返すのです!」
 そりゃ無理があるだろ。首が抜けるぞ、すっぽーんと音を立てて。
「さて、それじゃ仕事の話を始めましょうか」
「いいいいい痛ひ!? まだまだ痛いよ姉様ぁあああ!」
「わわわわ割れる!? すいかのようにみずみずしく割れちゃうなのですぅううう!?」
「…………」
 ダブルアイアンクロー。双子半泣き。
 鉄の握力だが顔は平静。間違っても敵にしちゃだめだ、この人。
 ──早坂雪音さん。
 縁条市狩人総括にして早坂神社の巫女兼神主代理。ポニーテールに小袖と緋袴のお姉様
は、静かに語り始めた。
「事件概要は……まず、吉岡雛子ちゃんの件は話すまでもないわね」
「はい」
「それじゃ事件の全体図へいきましょう。
 ここ最近、子供の亡霊が連続して連れ去られてる事件は聞いてる?」
「……はい?」
 なんだそれは。まったく知らない。
「はぁ……相変わらず君たちの先生はずぼらねぇ。いいわ、それじゃ手っ取り早く済ませ
ましょう。
 今回の事件は雛子ちゃんの殺人1件と、亡霊の連続誘拐との2つよ。さっきも言った通
り、連れ去られた亡霊はすべて子供に限定されてる。あたしのリストに載ってただけでも
8人は連絡が途絶えてるわ。犯人は同一。これは証拠が出てるから別人という線はない」
 亡霊というのは、人のカタチをした呪いのことだ。
 いわゆるユーレイというやつに酷似しているが、厳密には少しだけ、そして決定的にあ
る1点で別物であり──という細かい話はこの際捨て置くが。
 連続して子供の亡霊が連れ去られているという事件。それと、雛子の殺人。この2つを
結びつけた物証は……
「……呪いの痕跡、ですか」
「そう。鑑定にはこの子たちと“葬儀屋”の両方を使ったから90%同一犯確定よ」
「うぎぎ……姉様、痛、ひ……」
「うぐあぅぅ……姉様ぁぁ~」
 双子は雪音さんの握力責めに遭い、既に半泣き状態だった。
 藍と碧。
 雪音さんがようやく笑顔を浮かべ、双子を解放して頭を撫でた。
「でも、子供の亡霊ばかりを連れ去るって、一体何が目的なんですかね」
「さてね。考えられる仮説がなくはないんだけど──」
 そこで、雪音さんの顔に苦いものが浮かんだ。
「……そう。同一方向の呪いを大量に集め、1カ所に配置して、何らかの方法で相互浸蝕
を促せば……」
 よく分からない呟きだったが。
 雪音さんは振り払うように、かぶりを振った。
「有り得ない──と、思う。あってはならないことだし、何より人為的に作り上げるなん
てほぼ不可能。
 だから理由は不明のまま、ということにしときましょう。雛子ちゃんの殺害といい、犯
人の動機はまったく分からない。ま、その辺りは捕まえてふんじばってから口を割らせれ
ばいいわ。ね、狩人見習い君」
 明るい笑顔を向けられる。
 一体どんな最悪な仮説が浮かんだのかは知らないが、雪音さんが「動機不明」と言うな
らそれでいい。俺は犯人をブン殴って捕まえて、必要なら処断するだけだ。見習いの俺に
出来るかは分からないが。
「では最後。犯人の情報ね。これはさっきの物証と被るんだけど。
 先に言った通り、雛子ちゃんの殺害現場や子供たちが連れ去られたと見られる場所、及
び縁条市内のあちこちで同じ呪いの痕跡が見付かったの」
「痕跡って言うと……ピンと来ないですね。具体的にはどんなものなんです?」
「分かり易く言えば断片ってところかしら。そうね、例えるならふと道を歩いていた時に、
無性に空気が熱く感じたり、眩暈がしたりぼーっとしたり。そんな感じの場所はね、霧散
した呪いの跡が漂っていたりするのよ」
 無性に、空気を、熱く?
 例えば息苦しくて、視界の隅に朱が差すような、そんな空気のことか?
 何だろうそれ。知らないな。まったく、身に、覚えが……ない。
「……雪音さん。雛子殺しの犯人の呪いは……どんな、ものなんですか」
 なんとなく、シャツの胸の辺りを掴んでいた。
 鼓動が少し早い。
 たぶん、俺は動揺している。
「ああ、これが厄介な話でね。汚染地域を意識に取り込んじゃう、とでも言えばいいのか
しら」
 雪音さんは物憂げな瞳で鳥居を見上げ、いつもの清涼な声で、敵の呪いの仕組みを語っ
た。
「一定範囲内の情報をすべて取り込んで、怖ろしい計算能力で結果を導き出す。取り込む
要素の中には物体の現在位置からそこに掛かっている物理的な“ちから”、他の呪い、そ
れに加えて怖ろしいのが人間の精神状態や思考の方向性、内容、加えて記憶や条件反射み
たいな無意識まで取り込んで先読みを実行してしまえるという特性でしょうね」
 雪音さんの目に、苦い色が混じる。
「これは恐怖よ。勘に頼らない確実な先読みをやられる以上、恐らく真っ当な戦闘では倒
せない」
「つまり……その呪いを行使すると、何が出来るんです?」
「有り体に言えば──」 
 視線が交わる。
 答えを待つ。
 鼓動が少しずつ早まっていく。
 境内を木枯らしが駆け抜け、砂を巻き上げて藍と碧に声を上げさせた。
 風の中で、雪音さんはハッキリと、言った。 

「──────未来予知かしらね」

 その瞬間、耳を掠めた。
 ──ニュースで見たんだ。殺されたんだってね。まだ子供だっていうのに、あまりにも
惨い話だ。
 白々しい同情の言葉。
 それを物憂げな瞳で語った誰か。自称、予知能力者。
「……は」
 不思議だ。鼓動が沈んでいく。何故なら確信があったからだ。理由のない確信。直感に
も似た等号。
 雛子殺しの犯人=相沢ユウヤ。そんな簡潔すぎる公式。
 何故だろう。
 証拠もなく、なのに疑いようもなく、その事実は奇妙なまでにぴったりと当て嵌まって
いた。
「は、羽村君!? 大丈夫!?」
「え……」
 気が付けば、雪音さんが心配そうに俺を覗きこんでいた。
 いつの間にか地に手を付いている。なんだ。全然冷静じゃない。
「……ふん」
 そうだ、冷静でいられるはずがない。
 あの野郎よくもヌケヌケと雛子を殺したその手で雛子をなぶったその口で雛子を視姦し
たその両眼でよくも俺に声を掛け同情の顔を見せ気休めを吐き友人を気取り──!
「…………」
 視界が暗い。
 双子が怯えたように後ずさっている。
「……羽村君?」
 ゆっくりと立ち上がった俺の口は、これ以上ないほど簡潔に、自分の意志を述べた。
「殺す」
 魔風の速度で駆け出した。
 鳥居を抜ける。石畳に足を掛ける。その瞬間に、背後から声が聞こえた。
「姉様!」
「姉様、行かせちゃだめなのですッ!」
 藍と碧はあまりにも迅速に、的確に俺の殺意を察知した。
「ま、待ちなさい羽村君!」
 だがもう遅い。
 俺は駆け出してしまった。もう奴を見つけ出すまで止まらない。石畳を駆け下りていく。
「あれ……羽村くん?」
「何?」
 階段の中腹で、間の悪い2人組と出くわした。先生とアユミ。状況を分かっていない2
人に、上の方から指示が飛ぶ。
「バカ魔女! 羽村君を止めなさい!」
「!」
 すれ違うわずか1秒前のことだ。それで魔女は察したらしい。
「……待て少年。どこへ行く」
 先生が両手を広げて立ち塞がった。仕方なく立ち止まる。睨みつける感情と、先生が日
本刀を持ってないことを確認する理性。
 双方同じ結論に達した。またもや簡潔に、俺の口は意志を述べる。
「……そこをどけ」
「羽村くん……?」
 アユミの呆然とした声さえどうでもいい。
 腰の後ろに手を回す。
 先生は視線を一段と鋭くして、跳躍の予備動作。石畳の真ん中で睨み合い、鬼のように
叫び合う。

「どこへ行くのかと聞いてるんだ!」
「そこをどけって言ってんだろうがッ!」

 先生が駆け上がってくる。
 俺は腕を振るい、ナイロン繊維をばらまいた。
「──っ!?」
 蜘蛛の糸が奇音を鳴らし、瞬時に階段脇の木に絡み付き、幾重もの壁を作り上げる。
 即席だが大がかりな蜘蛛の巣。これで数秒程度は稼げる。充分だ。俺は石畳を強く蹴り
付けた。
「羽村……待て!」
 階段と空中で視線の交差。
 先生とアユミごと蜘蛛の巣を飛び越え、長い階段を滑るように駆け下りていく。
「待って! わたしも──わたしも行くよ! 羽村くん待って! 待ってってば!」
 アユミの叫びが虚しく響き、少しずつ遠ざかっていく。
 曇り空の真下で、彼女の声だけが、最後まで俺の背中に向けられていた。




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