かちゃり。ぶぉん、がしゃこーん。

「…………。」
　そんな珍妙な音を耳元に叩きつけられて、鼓膜がキンキンと痛んだ。
　ゆっくり瞼を開けると視界が不明瞭。それで、俺・羽村リョウジはいまのいままで眠っ
ていたんだということを理解した。
　今朝１番に俺の目に入ったものは、何か棒状の物体を振り下ろした姿勢のままこちらを
観察している女子高生だった。
「すごいなお前、いま寝ながらオレの攻撃を避けたぞ。さすがにちょっと驚いた」
　可憐な高校生の外装を纏った横暴悪魔は、いつも通りわけのわからない言葉を呟いてく
れた。
　いつもの黒いセーラー服を着ているということはたぶんこれから学校に出掛けるのだろ
う。肩まででバッサリ切った黒髪を掻き上げる仕草を見ながら、俺は至極丁寧に挨拶した。
「……おはようございます先生。目覚めに一発日本刀とは、さすが美人はやることが違い
ますね」
　欠伸をしながら身体を起こす。
　見下ろしてくる先生はというと、平然とした表情のままさっき俺の耳元に振り下ろした
日本刀を風の動作で仕舞った。
　たぶんここはフツウ、冷や汗を垂らしながら「何するんですか、正気ですか！？」と問
い詰める場面なのだろうが、そんな一般論をこのひとに言っても無駄だ。不思議そうに首
を傾げられて終わるだろう。
「ところで──」
　自分が眠っていた場所を見回して大疑問符。
　ボロい内装、雑多な片隅、硬すぎる地面に淋しく敷かれたマットの上。それは見飽きた
地下訓練室の風景だった。
　訓練室、言わずもがな訓練をする部屋。一見何の変哲もない民家の下に隠されたこの部
屋で、俺たちは日々地獄の責め苦を受けているわけだが。
「ところで先生、もしかして昨日なにかありました？　なんでこんなとこで眠ってたのか
よく覚えてないんですが」
　記憶が曖昧だ、というよりサッパリ欠落している。こんなことってあるんだな。
「おいおい、しっかりしろよ少年。昨日はお前の記念すべき初実戦だっただろうが」
「え？　──ああ、そういえば」
　そういえば、俺は確か昨夜“ひきずり魔”と呼ばれる亡霊を相手に奮戦して帰って来た
のだった。
　開始早々いきなり被害者に出くわしたり、そのせいで相方が失神したり、手を滑らせて
短刀を落としたりと本当に大変な夜だった。
　で、あんな危険な夜を「実践訓練」の一言で片付けるこの人。
「……なにみてるんだよ」
　切れ長の瞼に、しとしとと雨が降る月夜のような、綺麗な瞳。
　硬い刃物に長い睫毛。
　俺はそれをぼーっと見上げながら、美人はただ立っているだけで絵になるもんなんだな
と感心してしまった。
　──俺が「先生」と呼んでいる高校生、この家の主にしてお師匠サマだ。別名『自動人
間機能付き理不尽』。暴力と悪意がセーラー服を着るとこの人になるのだろうと推測され
る。
「おはよう羽村。前々から言ってるが、訓練室なんかで寝るなよ。風邪引いて死ぬぞ」
「そうですね。ひとまず凶器置いてから言ってくれますかそれ」
　なんか「魔女」とも呼ばれているらしいヨクワカラナイこのひと、何のつもりか相槌代
わりの気軽さで日本刀を振る。
「あ少年、頬に蚊がとまってる」
「だからなんでそこで刃物握るんですか、病気ですか？」
「うむ、実はここのところ鬱病気味でな」
「躁スイッチずっと入ってるんですね、分かります」
「ちなみにウソなんだが、」
「元気そうですもんね」
「本当はただ単に血が見たいんだ」
　頭を抱える。
　ああ、この顔。性悪の笑顔。できれば関わり合いになりたくない。
　だが無情にも俺の中の危険人物ランキングブッ千切り１位は家の中、しかも何かの間違
いで保護者同然と来ている。帰りたい。先生と出会った過去より前に。
「さて少年、オレがわざわざお前を叩き起こしたのはだな──」
　フフフと先生がまた笑った。
　その黒い笑みにぞわりと背筋が危険を訴える。直後、俺は先生の向こう側でダイナマイ
トが炸裂するのを目撃するのだった。
「──え」
「は？」
　ずどん、ばきゃめきぃ。がちこーん。
　そんな珍妙な音を耳元に叩きつけられて、鼓膜がキンキンと痛んだ。
　地下室を崩落させかねない爆音と衝撃。天井の破片がパラパラ。呆気に取られた先生が
振り返ると、凄まじい突風が殴り付けてきた。
　衝撃に吹き飛ばされた鉄扉が宙を舞いブンブンと高速回転してから、重々しい音を立て
て壁にめり込む。がしめきぃ
　訓練室の入り口、もとドアがあった場所には煙が立ちこめ、その向こう側で誰かがケホ
ケホと情けなく咳き込んでいるようだった。
「うぅ、やっちゃった……ちょっと強く押しただけなのに……。」
　下手人は涙目になりながらよろよろと歩いてくる。現れたのは、赤い髪の少女だった。
　短めの髪がさらさらと微風に揺れている。
「あ──アユミ、お前またやったのか」
「うぐ」
　びくりと肩を震わせ、涙ぐむ。
　俺は頬が引きつるのを感じた。このバカときたら毎日毎日飽きもせずによくやる。おい、
そんな純真無垢な瞳で俺を見ても知らないぞ。素直に背後に向かって謝れ。
（は、羽村くんどうしよう助けてっ！）
（フン、俺が知るか。自分で吹き飛ばしたんだろ）
（そんな……殺生な……。）
　──高瀬アユミ、別名『自動破壊機能付きバカ』。原理不明の破滅的攻撃力で周囲に絶
句と戦慄を呼び込む天然少女だ。
（うわぁ、まずいよ……キケンだよ……）
　怪力。
　この小さな少女は、何故なのかとんでもない怪力を有しているのだ。
「……おいアユミ。いちおう聞いておくが、なんでドアを吹き飛ばした？」
「うぐぐ」
　いつの間にかアユミの背後に滑り込んでいた先生が、ギラリと凶悪に目を輝かせながら
呻く。邪悪オーラが魔王級。なんだ、あの髪はヘビで出来ていたのか？
　対する少女はギチギチと油ぎれの機械みたいな動きで魔女を振り返りながら、丁寧に状
況を解説するのだった。
　マジでザンする５秒前。
「あ、あの、なんか鍵が壊れてたみたいで──そう、ちょっと外からコツンって叩いてみ
たんですよ。こう、軽くノックする感じで」
「ふむ……それで？」
　ようやく魔女と対面し、アユミが完全に絶句した。
　沈黙状態約１０秒、それで彼女は人生を諦めたらしい。
「あの………………それだけです」
「この、」
　かちゃり。ぶぉん、がしゃこーん。
「うつけ者がぁあああああああああああああああああああああっっっ！！！」
「ひきゃあああああああああああああああああああああっっっ！？」
　速さで言えば光、強さで言えばロケットランチャー。
　そんな日本刀に当てられて、怪力少女はあっけなくザンされてしまうのだった……。
　吹き飛んでいく少女を横目に、俺は壁にめり込んだ鉄板を見上げてぽりぽりと頬を掻い
てみた。大惨事だ。
　あの重そうなドアを、ノックで吹き飛ばしたのか。
　アユミはきっと地球の重力に慣れていないんだろう。すーぱーまんがたくさんいるアユ
ミ星からやってきたんだと言われても別に疑わない。
「ったく──まぁいい、もともと立て付けが悪かったのもあるしな。しばらく放って置い
ても支障ない」
　はぁと溜息をこぼしつつ、先生が風の動作で日本刀を仕舞った。いやまぁ、こっちはこ
っちで相当トリッキーなんだが。
「げふっ！？」
　どさり。アユミが落ちた。だばだばと涙まで流している、可哀想に。
「……うぅ……ゴメンナサイ」
　峰打ちで殴り倒された相方と不機嫌なお師匠サマ。それはある仕事明けの１日、何の変
哲もない朝の光景だった。

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