斬「毒花」編

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 最近流行ってるらしいアクションゲームのポスターを眺めていた。主人公らしきキャラの赤い眼光と見つめ合う。さっき脳内に垂れ流された殺人シーンを掻き消したかったのだ。スーツケースに生きたまま詰め込まれて浴槽に沈められる少女の映像、ぶくぶく。
「どうじゃぇ。なんか進展はあったか?」
 答える気力もなく、俺は呆然とチュッパチャップス噛みながら立て肘突いてコインを投入する。通称メダル落とし。押し出されるも、五ミリほど動いただけで一枚も落ちない。
 こんなことを繰り返し続ける。地道でそして意味がない、まるで人生のようだった。
「はぁ……その腑抜けたツラからするに、どうにもならんかったようじゃの」
「るせぇ」
 反抗期の子供か、と自虐すると滑稽だった。大差ないだろう。口の中の甘さが喉をいがらっぽくさせる。
 アユミが隣にいてくれればもう少しマシなんだろうが、こんな時にじっとしてられる性分じゃない。当の俺は既に心が折れ掛かっているが、銀一は恐らく空振りにもかかわらず東京に出向いてくれたわけだし、美空も地道に縁条市内で聞き込み。先生と雪音さんも大忙し、本当、俺はこんな所で何やってんだろうって感じだ。
 保護監視の任務に戻ったわけだが。
 午後三時半、平日のためかゲーセン内は無人に等しい。縁条市じゃよくあることだ。どこだって錆びれてて終わりが近い。
 秋っていう季節も、なんだか夏が過ぎ去って終わりの冬に近づいていく感じがする。
「…………」
 どうにも俺は感傷的になってるらしい。腑抜けた顔してるらしいし、気怠いが声を発しよう。
「なぁじーさん、怖くねぇの」
「む? 怖いぞ。死ぬのは怖い、もう頭狂ってんじゃねぇかって感じ。さっきからズキズキ首が痛んでやべぇ」
「……あ、落ちた」
 二枚だけ。利益一枚、あんまりにも意味がねぇ。取り出し口に手を突っ込みながら、そろそろ見慣れてきた鬼仮面の横顔を盗み見る。またスロットしてた。
「なぁじーさん、このまま何もしないのか。死ぬかも知れないってのに」
「どないせぃっちゅーねん。歩き回って探すかぇ? 残念ながら、それで見付かるほど般若は阿呆じゃねぇぞ」
 だろうな。そもそも今朝方東京、現在不明だし。沖縄かいよいよ韓国辺りじゃないかと適当に予測してる。
 しかし逃亡のためとはいえ、よくサラっと夜行バス乗って首都なんか行けるもんだ。大した行動力なんじゃないか?
「…………なぁ、もしかして般若って、旅行好き?」
「ディズニーランド大好きっ子じゃったな。それも本場」
 カリフォルニアかよ。いよいよ俺の知らない世界だ。そしてどんどん鬼ごっこの範囲が広がっていく。
「儂ゃついていけんかったよ。その趣味だきゃ、組織作って金が出来始めた頃に出来た嗜好じゃな。儂も始めの一回だけイヤイヤ他の連中に連れ出されちまったんだが、生まれて始めての夢の国で般若が子供みたいに打ち震えとったの」
 目に浮かぶ。殺人鬼にもそれなりに普通な部分があったらしい。つか、
「金があったのか。」
 ジジイの身なりからは想像もつかない。さっきから俺が奢りっぱなしだし。
「いまはオケラじゃがの。一時期の話じゃ、阿呆揃いじゃけ経理が死んで即赤字」
 パチンコは金がないから行けなかったそうだ。さすがに札でくれてやるほど俺も寛容じゃない。ギャンブル駄目ぜったい。
 一枚落ちた。プラマイゼロ、そろそろ本当にこのゲームに意義を見い出せなくなってきた。よくよく考えてみれば、横からボロボロ落ちていく以上、投入枚数から増える理屈がないに等しい。フィーバーでも狙えばいいんだろうか。そんなの当たったことないが。
「……なぁ、アンタら一体何の組織だったんだ? 金があったってことはなんかやってたんだろ」
 正直どうでもよかったが、一応聞いておくことにした。チュッパチャップスを見つめれば、赤白の球体はサイズが半分ほどになっていた。
「そもそもの目的はひとつだけなんじゃがな。そっちは儂の個人的なもんじゃけぇ」
「秘密か」
「秘密じゃ。」
 まぁ、そうだろうな。このじーさんは腹になんか黒いもん抱えたままこうして話してる。そのうち敵になるんじゃないかって気さえしてるが、不思議と話が合わないでもない。
 薄紙一枚の信頼。俺だって、雪音さんに命じられればこのじーさんを即捕縛して連れてくことだろう。
「しかし――――そうじゃな。さんざコイン恵んでもらったし、一時期の組織の仕事くらいは話してやるか」
「おぉ」
「儂と少年だけの秘密じゃぞぇ?」
 ちっとも嬉しくない。どーせろくな話じゃないだろう。可愛く口の前に人差し指立てられたって顔は鬼。
 案の定、スロット打ちながらじーさんはろくでもない経歴を語り始めた。

「……………………犯罪メインの暴力屋じゃよ。殺しにリンチ、脅迫に借金の取り立て、拷問に死体遺棄に拉致、死体加工、あと少女誘拐なんてのもお手の物」

 ばきりとチュッパチャップスを噛み砕く。――ほぅら、やっぱり犯罪者だった。



 そんなに愉快な話ではないのだが。
「るんたったー、るんたったー」
 平穏なアパートの一室に、同棲を始めて幸せいっぱいだった男女がいる。この就職難を一年掛けて乗り切り、新天地で間借りして、さぁ頑張って結婚資金を貯めるぞーと活き込んでいた男女。
 幸福のまっただ中。男は慣れない仕事に精を出し、女は慣れない家事に四苦八苦。苦労もあったが毎日が新鮮だった。そんな眩しい日々の営みを、純真かつ残忍な般若面に見られてしまったからこの有様。
「るんたったー、るんたったー」
 毎日幸福な料理を生み出していたキッチンが、いまは血みどろとなって二人を料理する場となっていた。
「えへへ。鬼蜻蜒さーん、どうですこれ。二人の頭蓋を真っ二つにして、左右で別々の顔にしちゃいました」
 純真無垢な笑顔で差し出された血みどろの頭部。確かに、下手な縫合で悲壮の男女の顔が縫い合わされた。幸福結婚なんのその、もはや妖怪みてぇなもんだろう。
「これでずっと一緒だねハニー、えぇダーリン、私たちは脳まで混ざった二人でひとつ……」
 陶然と頬を染め残酷御人形劇を演じる。頬を引っ張って無理やり笑みを象らせ、般若というあざなの娘が「きゃー!」と照れたように頬を染める。
「…………キチガイか、お主は」
「はい? いまさら何言ってんです? ていうか人のこと言えないでしょう」
 その時こちらが何をやっていたのかは、業務上の都合により伏せておく。
 殺害から既にけっこうな時間が経過し血が固まりかけているが、一度宅配便がやってきて、息を潜めやり過ごした所で頃合いと見た。
「おい般若、そろそろ引き上げるぞぇ。死体まとめろ」
「はーい」
 二重にしたゴミ袋に残骸を放り込んでいく。敷いておいたブルーシートも回収。大掃除に等しい撤収作業はけっこうな手間になる。このタイミングで警官に踏み込まれでもすりゃ完全におしまいだ。
「……はぁ。やっぱり、不便じゃないです?」
「あん? 仕方ねぇだろうがお前、つーか言い出したのはお前だ。きりきり働かんかぇ」
「前々から考えてたんですけどぉー」
 出会った頃よりずっと明るくなった般若。いつも格好を変えているが、今日は制服に黒髪ロングだった。高校やめてるので偽装だが、顔の横に般若面を付けているのはただの酔狂だ。
 その娘が、死体を片付けながら陽気に提案する。
「――二人だけじゃなく、もうちょっと大人数にしません? 悪の組織チックに、こう、株式会社鬼蜻蜒ーみたいな」
 言われて逡巡するが、しかし人数が増えれば面倒事など乗算で増えていくに決まっている。裏切り者が出ないとも限らない。対して二人きりは気楽だ。般若は裏表なく異常者であるからして。
「やじゃわぃ。面倒くせぇ」
「ですよねー」
 とかくきりきり死体を片付けながら、しかし確かに、殺人現場処理を二人でやるのは難儀だなと思った。霧吹きで殺菌アルコールを吹きかけて床にこぼれた血を拭き取る辺りで強く思った。



 一人の男に目をつけた。奴の名前はゴロー君、もと暴力団の構成員で指名手配中の爆弾魔だ。
 いまどき激しい抗争の中で、奴は偶発的に爆破をいう手段を手にし、そしてそれに取り憑かれてしまった。以後は幹部を爆殺して逃走、ヤクザにも警察にも追われながら趣味の爆破で思い出したように殺し続けていた。
「鬼蜻蜒さん、鬼蜻蜒さん! いましたあの人です!」
 安ビルの屋上から路地裏でガサガサ工作していたゴロー君を見下ろして、小娘が歓喜の声を上げる。見つけてきたのは般若だが、どうやって爆弾魔の行動を先読みしたのか不思議でならない。当人曰く凶悪犯同士のシンパシーらしいが。
「むぅ……」
 縮こまった背中が周囲を警戒しながらガサガサ作業やっている。その顔に仮面。何よりも般若の琴線に触れたのは、奴が愛用しているあのジェイソンマスクであるらしい。
 般若の仮面も儂の真似事だが、悪事に仮面というのがロマン的で気に入ったのそうだ。般若の感覚を理解する必要はない。
「……で、なんじゃぇ。アレを殺せばいいのか?」
「いや、仲間にするんでしょう? 雑用係が欲しいって言ってたじゃないですか」
 そうだっただろうか、何か記憶と合致しない。しかしそろそろジェイソンが道具を片付け撤収用意を始めている。
「仲間にするったって、どうすんじゃぇ。やはり殺し合うのか?」
「話せば分かり合えますよ、どうせろくでなしの人殺しおじさま同士なんですから。お酒飲んで意気投合とかでいいからさっくり勧誘してきて下さい、さぁ行った行った」
「ぬぉ……」
 地響き。昼間っから向かいのマンションが発破された。



 ワイドショーを騒がす大騒ぎとなった。数県レベルの厳戒態勢で話し合いどころではない。
 こっそり四国まで尾行し続けてひと気のない所で声を掛けたのだが、結局殺し合うはめになってしまった。何故説得に失敗したのは不明だが。
「来るなァ! この、化け物めぇぇ――!」
「ぬぅぅ……」
 事後、般若にせめて仮面を外せと叱られた。
 夜、月光、和製怪談のような山間の竹林であった。どうにも徒歩で山を越えようとしていたらしい。投げつけられるダイナマイト三丁、刀で導火線ぶった切って消火する。うち一つを失敗したので慌てて草鞋で踏み消した。焦げたやも知れん。熱い。
「何なんだよ、おまえはぁああ――!」
「何、と聞かれてもなぁ」
 少なくともヒトではない。煙い。だんだんと煩わしくなってきた。
「“外法鬼山魔地獄絵図”」
 噴出する海のような瘴気、月夜が闇に覆われていく。
「おおぅっ!?」
 隠れていた般若が声を上げ、阿呆はあっさり大人しくなる。いやはや、呪いとは便利な力だ。



 倒して仲間にするんです方針。気が付けばそれなりに雑用係が増えていた。
 基本的には般若が「殺したい!(はぁと)」と目をつければ、団体でその相手を拉致監禁して運の悪い目撃者も拉致監禁、お楽しみタイム、のち死体処理という流れ。
 またゴロー君のように自ら「ぶっ殺したい!(はぁと)」と名乗り出る輩もいる。そういった手合いには、般若と同じようにサポート付けてやる。裏切り者も処刑、が案外それは少なかった。もともと凶悪犯やその類ばかりを集めていたので、どいつもこいつも無条件でサポートが手に入ったも同じなのだ。反面、重犯罪者が重犯罪者を通報する利益は少ない。勝手に去っていく奴は多かったが。
 そんなことをやっていく内に、後藤君という経理担当が表に上がった。
「社長、この組織で一儲けしましょう」
「去《い》ね」
「ぷぎゃぅッ!?」
 拳で五mふっ飛ばしてやった。当時間借りしていた元・探偵事務所の建物で。非力な詐欺師はあっけなく地に沈んだのだが、目を覚ましてからも商売をやろうと言って聞かない。
 はじめは誰も相手にしなかったのだが、そのうちに金になることが分かり始めるとみな声を揃えた。真っ当な人間ゼロ、どいつもこいつもちょうど金に困っていたのだ。
「鬼蜻蜒さん、鬼蜻蜒さんっ! いよいよ株式会社鬼蜻蜒の出番ですよ!」
「だかましいわッ!」
 なにより般若が乗り気だったがためにどうにもならなかった。最終的に儂の許可なんぞ取らずに勝手に業務開始。
 そんなこんなで初仕事は、般若によるシンプルな殺し屋業務と相成った。儂は当時唯一の反対派で放置されていたので背後関係などは知らないが、どこぞの真面目そうな気難しい感じの堅物を処理することとなったようだ。刑務所だかなんだか関係者らしい。
 で知らん間に殺しと処理が終了し、金が入って宴会と相成った。
 人殺しの集いが、ボロい事務所で人を殺した金でたいそう楽しそうに酒のんで豪勢にやっていた。サラリーマンの年収ほどもあったらしい。それを後先考えずに宴会だけに使ったのだから、大人数とはいえ高級寿司やらなんやらありったけ食ってもまだ釣りが出た。
 儂は宴会の席の隅で仏頂面して日本酒あおっておったのだが、実際のところいつ出ていくかと逡巡していた。組織立って雑用を助け合うくらいならまだしも、これはダメだ。必ず終わりが来る。こんなことが長く続けられるはずはない。
 なにせ、かねてからずっと考え続けていた危難があった。
 この手は“呪い”を持っている。
 ならばこの世には、どこかに“呪い”と相反する、それを悪として粛清している連中がいるのではないか――? と予測していたのだ。
 もし出会ってしまったら、真っ向から殲滅戦となるだろう。そのようなものは望んではいない。儂の“戦”は、未来永劫ヤツとの私闘のみ――――げほん、なんでもない。
 殺し屋の業務に精を出し始めた頃、般若は髪を金に染めた。ずいぶんな様変わりだったが、そういう気分じゃったんだろう。無害そうな顔の異常者は少しだけ危険味を帯びた。
 黙認し続けた儂はいつの間にか社長に仕立て上げられていた。基本的に放置だったが、たまに手を貸してやったこともある。般若や一部の部下と共にまたもや悪事に手を染めたこともある。そしてヤツとの戦いも――――うぉっほん、空が青いのぅ。
 デズィーナントカへ連れ出されたのもその頃。みなが仮面を被って、思い思いの生き方を体現し続けた。ろくな人間なぞいないし常に血みどろだったが、仲間割れも決闘もサツにパクられそうになって大移動したこともある。
 いまにして思えば、あれは青春のようなものだったのかも知れない。
 もっとも、詐欺師・後藤の横領と粛清によって経理は崩壊、営業は破綻、あっという間に赤字となってすべて終わったのだが――



「……で、なし崩し的にバラバラんなっていってコノザマ、とな。」
 じーさんの長話が終わった。俺は頬杖突いて古臭いチャチなルーレットを回し続けていた。こいつが当たり率高くて、儲けは地味だが少しだけコインが増えた。さっきからジジイが勝手にパチンコで消耗していってるが。
 株式会社・鬼蜻蜒は結局、経理の後藤クンを粛清してからグダグダんなって、潮時と見た社長のじーさんが抜けて終わったんだろう。
 そんで、どこをどう間違ったか般若が激怒して、あるいは歓喜して、ジジイ含め仮面共を虐殺なぅと。
 俺はがたんと立ち上がってケータイを取り出す。結論から言うと。
「さーて、通報すっか」
「待たんかぇ」
 がっしとケータイを掴まれて睨み合う。二mほどの巨躯が、鬼の面が視線で矮小な俺を見下ろし呪う。
「どうした少年、不意に死にたくなったんか? 放っておいても鼻から植物生やして死ぬくせに余念がないの。ならいっそ景気よくこの場で殺してやるが」
「それだよそれ。なぁアンタさぁ、もう間違いなく人殺してるだろ。だいぶ伏せてたけど、実際のところ本当はアンタだって般若と大差ねぇんだろ」
「はて何のことやら? 儂ゃあの異常者の死体遺棄に付き合わされとっただけじゃーぃ」
 こいつは死ぬべきだ。首筋の毒花印からラフレシア咲かせて死ぬのがいい。超悪臭らしい、お似合いだ。
 ギリギリギリとケータイ握った拳を圧迫される。なんつー握力、人間の頭蓋骨でも割れそうだ。
「おい……何を勘違いしてるか知らねぇけどな、俺は狩人だ。アンタみてぇな呪いを悪用してる馬鹿に鉄槌下すのが任務なんだよ……っ!」
「はんっ、棺桶に半分足突っ込んどる阿呆が何を抜かすか。自分の身も守れんくせに市井のゴミ共を守ろうってかぇ? 十年早いわ小童! その首のを何とかしてから言い腐れ」
「るっせぇ……」
 なかなか、冗談では済まない掴み合いだった。ジジイの殺気が膨れ上がっていく。俺の首筋は既にかなり筋張ってきている。もう触って確かめるのも遠慮したい。
 しかしまぁ、
「…………はぁ。やめだ、ひとまずアンタは後回しにする」
「応よ、それでこそのお財布クンじゃ」
 あとで先生にチクっとこう。ルーレットスタート、二枚バック。



「しっかし分からねぇよな……」
「あん? 何がじゃぇ」
 コインは、一度カラになってもう一度補充したところから始めた。だいたいジジイが悪い。
 もうじき日没。俺たちの命のカウントダウンも結構進んでいる。だがやはり一点、腑に落ちないことがあった。
「じーさんのさっきの話はわかったよ。嘘だらけだろうが、まぁ大筋は本当なんだろう」
「応。嘘だらけだが、大筋は本当じゃぞぇ」
「でもなぁ……なぁ、アンタ、般若に関してまだ何か隠してるか?」
「あん? 特に無いが。なんじゃぇ」
 首筋に死を植えつけられてしまった現在、今更庇う相手でもないだろう。だからこそ分からない。
「なんで、般若はじーさんを殺したがるんだ? それにかつての仲間も。そこんとこがサッパリ分からん」
 ジジイスロットはまたしてもハズレ。本当、奇跡的に浪費家だ。
「おめぇよぅ、分かってどうする。般若はなんとなく気になった他人を無我夢中に視線で追い続け、鼻歌交じりで殺すような怪物じゃぞ。小娘だがそりゃ擬態だ。中身は儂と同等かそれ以上の怪物よ」
 そんなのが雑踏の中にいる光景を想像して、俺はぐらりとした。目に映るぜんぶ獲物、知恵と容姿があるぶん肉食獣よりたちが悪い。
「でもさ、共感できないのと理屈が通らないのは違うだろ。やっぱなんか、あるんじゃねーの? ジジイが殺される理由」
「バカ言え、儂のような善良人間に殺される理由などあるか」
 断固無視してルーレット回す。スカ。じーさんはいよいよスロットの手を止め、腕組みして不思議そうに首を傾げる。
「……しかし、本気で心当たりはないぞぇ? どっちかってーと儂、むしろ般若のことは優遇しておったはずだが」
「じゃアレだろ、翻ったんだろ。一方的に捨てるから。愛情の裏返し的な」
「お主、さっきの儂の話から愛情なんて美しいモン見出せたんかいな」
 まぁ、なかったけど。だけど般若はそれなりに楽しそうだったんじゃないか? だったら話は早いはずだ。
「甘ぇな少年。何度も言わせんな、ありゃそんなタマじゃねぇよ。ぬるいお前さんらの理屈で測るんじゃねぇ」
「じゃ何だよ。逆に、恨まれてるっていうのか?」
「理由なんぞねぇんだよ。あったとしても、般若以外にとっては無意味で無いも同然のような理由に決まってる」
 それほどまでに、断絶は深いのだ――――と言いたいらしい。まぁ確かに、あの女の行動はまったく分からない。昨日の今日で東京、しかも朝一にコーヒー代わりの殺しときてる。共感も理解も予測も不能……そんなじーさんの言い分はもっともなのかも知れない。
「伊達に長く一緒にはおらんからの。あいつがどこまでも理解不能だってことだけは理解しとる」
 フフンと自慢気に鼻を鳴らす赤鬼だが、結局何も分からないんじゃねぇか。
「ったく…………いッ!?」
「ぬぉ――!?」
 鞭で強く叩きつけられたかのように首筋が痛んだ。熱が血管から全身に染み渡って汚染していく。じーさんも同時に悶える。
「くそ……またか、よ……ッ!」
 ルーレットゲームに頭を押し付けて耐える。が、次第に呼吸さえ苦しくなっていく。全身を覆う呪いの渦、幻聴が――般若の笑声が耳に木霊する。
 ブラックアウトするように、俺の意識は殺人上映会へと接続された。