斬「毒花」編

2




 定着はそう簡単には完了しなかった。そもそも摂理に反した無茶な行いだ。距離や空間を無視した接続といえど、人間の意識範囲を弄るなんてのは真っ当なもんじゃない。
(さぁ、おいで――)
 だが、誘い出す甘い香りが俺を誘導した。河原の闇の中に浮かぶ提灯のように、熱に浮かされてぼうっとしていた俺を誘い出したのだ。明るいほうへ、甘い匂いのする方へ。
 結果として、俺は気が付けばそいつのすぐそばに呼び寄せられていた。
「…………来たね」
 と、路地裏で俺を待っていた女が言った。あの黒パーカーに金髪の女。俺の存在は曖昧なまま、肉体はここにはない。ただ夢に溺れているような感覚の中、女に見上げられている。
 俺を見捨てるように女が歩き始めた。こんな所に置いて行かれてもどうしようもないので、俺の意識はなかば無意識にその背中を追った。突き当たりの壁。
 ――――そこで、猿轡かまされた青年が転がされていた。
「お待たせ。さぁ、チャチャっとやっちゃおうか」
 青年が必死で助けを求める声を上げるが、意味がない。当然のように腹を刺された。くぐもった声、なんだよ、何してるんだよ。
 刺さったナイフをそのままに女が立ち上がり、その柄を靴底で踏みつける。グチャグチャとかき混ぜられて血泡が溢れていく。内蔵を吐き出しそうな絶叫が、吐血に変わった。口布の中で血を吐き出し、自分の吐いた血に窒息しながら鼻から吹き出す。まるで霧吹きのように真紅を撒いて、女の靴を汚した。
「あは、あはははっ」
 それさえ楽しいのか、女はますますナイフを踏みつける。血溜まりが広がっていく。そのうち二本目、三本目と男の胴に落としては、黒ひげ危機一発を実演した。ぜんぶアタリ。青年の顔が吹っ飛びそうなくらい強く痙攣して、抜けそうになったナイフを蹴りつけ根元まで挿入。
既に八本め、腹がハリネズミ化した男は動かなくなりつつあった。絶叫にも勢いがない。死にかけてるんだろう。
「あははっは、はははははははっ」
 ――理解できない、何が楽しいのか。顔の横に般若面をくっつけた女が、死の蹴りを見舞いながら笑ってる。
 人を痛めつけるってのは重い作業だ。他人の血と苦痛は自分の血と苦痛を連想させ、忌避させる。それは人間に備わったブレーキ機能だろう。憎悪も激情もなく暴力を振るう人間は壊れてる。どこの誰が、日曜夕暮れに笑点を見る気分で他人の体に勝手にナイフを突き立てめり込ませ足蹴にして死に様をネタに出来るのか。
 なら、狂ってるってことなんだろう。ああ狂ってる。こいつは異常者だ。人間っていう種から大きくはみ出してしまった欠陥品なのだ。
 いてはいけないバケモノなんだ。
「は。」
 死んだ。完全に動かない。呼吸もしてない。寝てるみたいだ。
 血みどろ、血だるま、眩しい赤で染まった人間。終わった残骸の右眼球に人差し指を突っ込み、脳をかき混ぜる。何かを探してる? 違った。何かを植え込んでいたのだ。
 最後に女が俺を振り返る。死体の脳を養分にしたのか、目耳口鼻から色とりどりの花が咲いて、女はプリクラでも撮るみたいにピースしていた。
「いえぃ」
 勝利のぶい。足元には人面お花畑、上目遣いのその顔はたぶん決め顔ってやつだった。



 日陰の中で目が覚めた。ベッドが影に覆われている。西日に本棚が照らされていて、窓は赤くて、俺は日の当たらない場所で育った苔のようだった。
 ああ陰気なのは仕方がない。なにせたったいま、あんまりにもリアルな殺しの現場を目撃してきたところだ。とそこまで考えて、いままで見ていたものがどうやら夢だったらしいことに思い至った。
 ずきん、視界が真っ赤に染まるくらい、魂の底の方が痛んだ。
「い、……つッ」
 首筋の一箇所が、蛭に吸われているように熱かった。手で押さえても血なんて付いていない。苦痛の度合いは出血通り越して、腐って膿でも零れてんじゃないかってくらいなんだが。
 さて、いまはいつ何時で、俺はどうして自室のベッドなんかで眠っていたのだろうか。
「………………」
 額を押さえつつ回想するが、記憶は無事だ。案外すらすらとここまでの状況を参照できた。もっとも、途中で敵にやられて殺された場面で終わってしまっているが。
 自分は死んでしまったのではないかという悪寒に駆られる。周囲に否定してくれる人間はいない。孤独感はあっさり人間の思考を沈めてしまう。落ち着け、状況を整理しよう。
「あ――」
 コンコン、とドアをノックされて目を向ければ、気だるそうなひとがいた。
 黒髪黒セーラー服に、雨夜の空のような湿った切れ長の瞳。先生と呼んでいる、俺たちのお師匠様だ。
「よう、起きたか少年。ずいぶんとうなされていたな。あのまま死ぬかと思ったんだが」
「ははは、まさか。なんで俺が死ぬっていうんですか」
 目覚めからビター極まりない先生だ。お陰で少し目は覚めたが、代わりになんでもないように先生は俺を人差し指で差した。
「ん」
「へ?」
 正確には、俺の首の辺りを。さっきからズキズキ熱を持っていたんでた。ふと窓ガラスを見れば、そこには、首筋におかしなタトゥーを貼り付けた羽村リョウジ《おれ》がアホ面晒して写り込んでいた。
 なんだこのタトゥー。痛い。身に覚えがない。
「…………呪いだよ。完全に寄生されてる」
「は、い……?」
「呪いの入れ墨ってわけだな、ずいぶんと気に入られてるじゃないか少年。つまりは時間を掛けていたぶって殺してやりたいってことなんだろうが、相手の気まぐれ次第では一秒後に内側から破裂して死んでもおかしくないな。……って、反応が薄いなお前、自分の命がかかってるって分かってるのか?」
 逆に不思議そうな顔された。いやそんなこと言われましても。
 ずきりと痛んで俺の脳裏に、逆さ吊りで悪魔みたいに笑うあのバケモノ女が浮かんだ。
 俺、あの時、吸血鬼みたいに首筋を噛まれたんだった。
「って………………マジ、で…………?」
 こすってもとれない。どう考えたって、死に至る毒花のタトゥーだった。



「でッ!」
 床を滑る。あっさりと飛ばされ俺は、板張りをスケートして壁に背中ぶつけて轟沈した。
 足元に転がる木短刀、本当、少しは加減して欲し――いや加減されてコレなのか。
 はらりと蝶のような黒スカートが舞い、羽のような軽さで着地する。
「ふむ…………身体能力に異常はなし、と」
 さして興味もなさそうに、先生サマは木刀を弄びながら俺を鑑定してくれた。まるで安物の骨董品でも扱うように。
「てて……はぁ、次は何やるんです? 精神鑑定だか、心理テストだか、もしくは耐久実験でもやるわけですか」
「お、いいね。最後のやつは楽しそうだ」
 いらんこと言った。先生の目がサワヤカに輝いている。早急に次の話題を提案。
「しっかし……何なんスかね、この悪趣味なイレズミ。何が変わったわけでもないし」
 ただ意味もなく熱を持っているだけだ。痛みもかなり引いてきた。てっきり、あのまま毒素が分泌されて死ぬのかと思ってたんだが。
「何が変わったわけでもない……か。それが不安材料だな。殺人鬼と対峙して、しかし包丁持ったまま襲いもせずにニッコリ笑いかけてくるようなもんだぞ」
「うげ……」
 完全無害なお洒落アートなわけがない。脳裏に浮かぶあの女の顔は、不吉に笑んでいる。
「――さて。まぁひとまず無害だってならそれはそれでいい、それより話しておくことがある」
「はぁ、なんです? 解毒剤の調合法でも」
「少年。呪いに解毒、なんて都合のいい概念はないよ。おまえの肩から先ごと切り落としても、恐らくそのイレズミからは逃れられん」
 またなんというか、呪わしい限りだ。
 苦痛憎悪絶望渇望――耳タコにつきオートで脳内再生されそうになった。俺流アレンジでも加えていくとしよう。苦痛憎悪絶望渇望、それら度が過ぎた負の感情は精神っていう水槽の底に堆積し、やがては恐ろしい質量となって水槽の外に溢れ出す。
 ――“呪い”。
 人の願望を具現化する擬似現象、そして異常現象の最たる代表格。生まれ落ちた呪いは現実に干渉し、それぞれの悲願や憎悪を投影した幻想をこの世に投射する。端的に纏めるのなら、願望具現化現象ってとこだ。
 例えば空を飛びたいと願い続けたイカロスさんは、毎朝の願掛けの果てに、やがて気が狂うほどの狂気と共に背中の両翼を手にしてしまうわけ。
 狂気。願いの成就と狂気はセット、なんていまは忘れておきたいホラーの話。どうしてか呪い持ちが虐殺者になりがちな原因だ。
 また、その呪いからなる三現象、および呪いとは無関係な二現象を合わせて五大異常現象と呼ぶ。一番亡霊、以下省略。
 思い描いてみて欲しい、夜の街をゆくとある名も無き少女A。彼女はとある男子クンに恋をして、毎日毎日目で追って、いっそ食べてしまいたいくらいの恋慕を募らせる。いつしか夜道でいきなりバクン――少女Aは捕食の呪いを得てしまい、喜び勇んで男子クンをまるごと食っちゃいましたとさ。おしまい。
 そのような異常極まりない奴らが、夜の縁条市に跋扈する。それは困るだろう、ここで我々清掃業者の出番だ。
 荒れ野と化した夜の縁条市、そこでケモノ共を狩りだすのが俺たちの生業。
 ――“狩人”。
 その見習いにして、無能力者にしてこの度おかしな毒花娘にツバつけられちまったのが俺、羽村リョウジだ。
「で、話しておくことって何です?」
「ああ――あの美術館のホールに死体があった。花が咲いていたよ、心臓からな。ひまわりがツタを伸ばしてうじゃうじゃと、全身に、モンスターみたく大量に花をつけていた」
 思わず顔をしかめた。ひまわりの生態系はそんなだったろうか? どうせぜんぶ毒花なんだろう。
「血液の量がすごくてな……一面血の池、また死体が美女だし傷も心臓のひとつきり、まったく悪趣味な美術品のようだった」
 タイトルは血染めのひまわりか。
 ――バチリ。何故だか一瞬、冷たくなった女性の瞳が俺を覗き込んでいた気がした。真っ暗な場所に捨て置かれたひまわり女。そんなの、ここにあるはずがないっていうのに。
「…………おい。大丈夫か、少年」
 先生も気付いてる。ああ、俺はたぶんその死体を知ってるんだろう。すぐそばに捨て置かれた仮面、その気になれば細部まで思い起こせる。ジクジクと、首筋のイレズミが熱を発していた。
「――――続けて下さい。」
「ん……あー、死体のすぐそばにな、また《・・》仮面だ。」
 思わずため息が零れてしまった。少し苦しい。熱が出てきたのか汗ばんできて、枕を踏んづけて壁に背を預ける。
 脳裏に浮かぶおぼろげな仮面。いやに人間くさい造形で、ひまわりに抱かれて溺れるように死んだ美女とは対照的だ。
 分かりきっていることだが、まるで答えを知っているカードめくりのように、俺は先生に答えを投げた。
「…………それって、もしかして山姥の仮面ですかね」
「ああ――おい少年、どういうことだ。説明しろ」
 そんなことを言われたって、分かってしまうものはしょうがない。
「感覚共有……いや、一方的な感覚ジャックってとこですかね。ご丁寧にメモリー機能付きだ」
 いくつか血なまぐさい映像を回想できる。ラジオの電波を乗っ取られるのに似てる。俺はあの殺人娘に、殺人チャンネル受信機を取り付けられちまったらしい。
 まるで見てきたような殺人現場の記憶から逃れるように、俺は意味もなく窓の外を見た。



 事件の始まりはなんてことはない、ただの殺人事件だった。
 ただし凶器が奇妙な植物で、それは被害者の口から生え出して殺していて、そしてしばらくすると魔法のように霧散してしまったらしい。
 跡形もなく消えてしまった、怪異の殺人植物。呪いの残照アリ。この時点で異常現象と断定。
 花はツツジ、ツタは南国植物のような整列葉っていうちぐはぐなもので、被害者が生きたまま重要血管の中で育ってしまったらしい。心臓、肺、その他五臓六腑まで毛細血管の中で根を張っていた。どんな苦痛だったかは想像したくもない。
 被害者は男だったが、少々犯罪歴があったことを除けば、あとは少し容姿が整っていた程度。特に手がかりもなく、俺たち縁条市所属による犯人探しが始まった。
 唯一のヒントとなりそうだったのは、死体のそばに捨て置かれていた、『仮面舞踏会』って感じの目の部分だけを覆う仮面。こちらは指紋も痕跡も一切なし。意味深なだけで何が掴めるでもなかった。
 顔を合わせることのないサポートもそこそこ動いてくれたのだが、完全に手がかりなし、警戒しつつも行き詰まっていた所、お次は裏を掻くように隣の湊市で遺体発見。似たような感じで、今度は女性が殺された。
 花は彼岸花、絞殺されて下腹に咲いていたらしい。すぐそばに『インディアン』って感じの仮面。
 これにて二体の殺人死体、雪音さんも先生もぴりぴり、エンドレスで夜の縁条市を散策し警戒を強めていた折に緊急連絡。町外れの山間にある美術館が、何者かに乗っ取られたという知らせだった。
 この美術館というのが少し前に閉館されたもので、とあるマイナーアーティストの強い希望により一週間だけ整備され開館されて、大した客入りもなく一週間の日程を終えようとしていたのにこんなことになってしまった。復刻美術館の最後の展示作品は、殺人鬼による「ひまわり女」ご愁傷様もいいとこだ。
 さて昨夜、俺、相方、先生の三人が美術館に到着してみれば、館内を跋扈していたマネキンに四叉路で急襲を受け、俺が短刀を取り落とし、以下参照と。
「………………げ。」
 ここで最低最悪の事実を思い返した。
「先生、俺の落葉どうなりました?」
「ああそうだ、見当たらなかったぞ。後方に言ってけっこう念入りに探させたんだが――」
 チクショウ。俺の相棒が誘拐された。俺ががっくり肩を落とすと、先生はあきれたようにため息した。
「――少年、この際はっきり言っておく。あれは宝刀だ。値が付かん」
 そうだったのか。まぁそうだろうなとは思ってた。俺のような無能の見習いには似合つかわしくないくらい、異様に美しい刀身だったのだ。
 無骨で渋い輝き、俺の心強い相棒『落葉』。奪われたと実感すると本気で泣きそうになってきた。
「で…………何なんだ。どうしてお前、見てきたように死体の状況を言い当てられる?」
「ああ――それなんですが、たぶんこのイレズミの効果なんじゃないかと。どうにも……」
 グロイ記憶を、共有させられてるようで。ふっと気を抜けば死に顔が浮かぶ。悪質な嫌がらせだ。
「……なるほどね。やはり、お前は目を付けられちまったんだな」
「やっぱり、そう思いますか」
「当然。異常者の習性なんてのは分かりやすい、そうやって目をつけた相手を追い詰め、疲弊させ、弱った所で蜘蛛のように捕食だ。殺人の共有なんて、自分の趣味を押し付けるのと大差ないさ」
 理解して欲しい、あるいは理解させたい――そんな欲求か。カードゲームや食べ物の嗜好ならまだしも、殺人嗜好なんてタチが悪い。
「…………れ?」
「どうした」
「……そういえば」
 ついさっき、眠りの中で新しい殺人現場を見せられていた気がするんです。



 死体の捜索や諸々は先生に一任し、俺はひとまず休憩を貰った。
 とりあえず単独行動禁止。当然だろう。先生の言によると、コロシ系の異常者がちょっかいを出してくるのは、最終的に殺人に至るまでのお遊戯だってんだから。俺は一人になったら取っ捕まえられて監禁され、次に発見されたときには死体になってる可能性がかなり高い。
 で、ここで参上したるは、キッチンで鼻歌歌いながらお料理していたちんまい少女の華奢な背中。
 甘くていいにおいがする。アップルパイとはまたクソ手間の掛かる。
「あ、羽村くんおはよう。食べる?」
 振り返ってにっこり、百点満点を遥かに超越した少女の微笑み。家庭的の権化だ。いつもの赤い髪をちょこんと二つに結びわけてるのもまた良し。
 相方、高瀬アユミちゃんなのであった。
「……おはようアユミ。ひどいぜ、こっちは大変だってのに」
「あれ? 何事もなかったって聞いたけど。お疲れさまもかねて午後のおやつを――って羽村くん、大丈夫?」
 なるほど、連絡不行き届きか。原因は先生だな。
「いや、いい。悪かった。それより食欲の秋がだな」
「……本当になんともない? 顔色、あんまりよくないよ?」
 甲斐甲斐しくて泣けてくる。生きててよかった。俺の日常の半分はアユミでできている。
「ああ、問題ない――いや問題はあるが、忘れておきたい」
「ダメ。ちゃんと説明するまでアップルパイあげない」
「殺人現場を見せられる呪いです」
 我ながら食欲の秋だった。勢い余って姿勢まで正してみた。しかしアユミちゃんは不満気。
「……なに? どゆこと?」
「えーと、な。なんて言えばいいのかな、念写じゃねぇし、テレパシー? いや、感覚共有か。そう。人を殺すシーンを、犯人と同じ視点で見せられるんだ。これが原因」
 シャツを引っ張り、忌々しい毒花のタトゥを見せた。アユミが深刻そうな顔して見てる。
「羽村くん、消そうよ」
「どうやって?」
「消しゴムで」
「消えるか?」
「じゃあ修正液」
「上から塗りつぶしただけで、消えてない」
「いっそ紙ヤスリで」
「血まみれだな……」
「除去手術などいたして」
「そんなんで呪いが消せると思うか?」
 二人して、キッチンでため息吐いて落胆した。そう逃げ道がない。少年漫画の王道に従い、倒して消させるしかないんだろう。
 悪を打倒してスッキリ解決、死者はドラゴンボールでみんな蘇生、どんなに過酷なあらすじでもみんな健康体でノーモア精神病、呪われたら聖水で一発解決。俺も漫画のようなスポーツ武闘がしたい。
「……でも、ひどいね。あんまりな呪いだよ」
 まったくだ。なるべく取り乱さないにようにしているが、実際のところ、不意に脳裏に死に顔が浮かぶと飛び上がりそうになる。
 死体って、どうして恐ろしいんだろうな。同じ人間のはずなのに。
「死を忌避するのは当然だよ。人間だって、生き物なんだから」
 鋭い。ポワワんしてるけどやっぱりアユミは優等生だ。俺も相方が立てた論理を脳内でたどる。
「――なるほどな。死体が落ちてるってことは何らかの危険があるってことか。獣なり争いなり、有害ガスなり毒物なり。警戒させて死を回避させるための反応なのか」
「危険な場所に長居したら自分も巻き込まれちゃう可能性があるよね。それにほら、嫌な話だけど、凄惨な死に方っていうか、グロい死に方ってあるじゃない?」
「ん? おう。グロ死体がどうしたって?」
「グロい=恐怖、だと思わない? 死体が損壊してればしてるほど人間は恐怖を抱くと思うの。それって警戒指数なのかも。グロければグロいほど、人間はより強く怯えて警戒する」
「…………一理ある」
「生物が同種族の死臭を嫌うのも、たぶんそんな感じ。本当いやな話だけどね――」
 アユミがおぇぷと不快そうにした。しかし勉強になった。人間ってのはつくづく深淵だ。
「ん……?」
 でも待てよ。そうなると、おかしいよな。
「……なぁアユミ。殺人快楽者っているだろ? 例えば俺にこの呪いをかけたヤツとか」
「うん」
「あいつら、なんで死が怖くないんだろうな。っていうか異常者は何故に人を殺すんだ? なんで破滅的な行為で楽しくなれるんだ」
「――さぁ。スリル、とか?」
 いまいちスッキリしない解答。俺もまるで浮かびやしない。生き物として故障してるのも異常なのも分かるが、具体的に何が楽しいのかっていう心理が掴めない。
「……?」
分からない。他人の死は自分の死を連想させると思うんだが。