生徒会長 06/14
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ザワザワと。
騒がしい2年教室の廊下を歩いている。
しかし、1人1人と私に気付いて静かになっていく。不愉快ではないが、別に心地よく
もない。これも役職柄仕方ないことだろうと思っている。
「だっはっはー! 九条君マジ冗談きついわぁ!」
「そうかな。朝野君だし仕方ないと思うよあっはっはー」
「黒っ! 鬼黒ッ! やってられんわ悪魔かいなホンマだっはっはー!」
ふと、聞き覚えのある関西弁が耳に入る。
窓にもたれて朝野が雑談していた。
「だっはっはー!」
「あっはっはー」
相手の少年は見覚えがない。割と背の低い普通の男子。特に印象深くもないのですぐ忘
れるだろう。
「よーし、そんな九条君に俺、関西式の本格突っ込み入れてまうでー! だっはっはー!」
「やーめーてーよー、突っ込みなんて並盛りでいいよー。あっはっはー」
「なんでやねぇぇえええええんッ! そぉいやうおるぁああああああああ!」
「強!? 鬼強ッ! もうパンチ通り越して体当たりの域!?」
どんっ、と男子が吹き飛ばされて転倒した。
廊下を滑り。
「…………」
まるで進路を妨害するように、私の足下で突っ伏したのだった。
「うげ! まままま、不味っ!? 九条君、九条君! はようこっち!」
「え? なになに朝野く——」
青。
少年が笑顔でこちらを振り返り、秒速で青ざめた。
「ぁ……あの、ははっ。やだなー朝野君ったら、ほんと突っ込みキツ過ぎだよー」
カタカタと震え冷や汗まで垂れ流しながらがんばっている。
私は思うところがあったので、つかつかと朝野に歩み寄った。
睨み付ける。
「…………」
「へ? あ、あの生徒会長。俺になんか御用で?」
「ねぇ朝野。この関西人」
「はい?」
「遊びで友人を突き飛ばすな、バカタレ」
「ふごッ!」
鳩尾一蹴。膝が入った。
「うは! やばい、笑えるほど痛いでこれ、うは、うははは……じぬ」
崩れ落ちる。
心底痛そうな声だが、まだしぶとく笑いにしようとしているらしい。
「あきれた。関西人って本当分からない人種だわ」
「えーと、その……たぶん朝野君個人が特殊なんだと思いますけど」
名も知らぬ少年が訂正を入れてきた。どうでもいい。
またつかつかと歩き出し、私はその場をあとにした。
人気の薄い階段に差し掛かる。
そこで足を止めた。
「——ん」
役職柄。
私は背中に掛かる視線の感情が分かるのだ。この感じは興味の視線。振り返る。
「…………」
1人の女子生徒が私をみつめていた。
「……?」
目が合った瞬間に違和感。
不思議そうに、どこか窺うように私を見つめてくる女生徒。学年はたぶん下だろう。
何だろう。何かがおかしい。
2つに結った茶髪。左耳の十字架ピアスと、少し前まで流行だったルーズソックス。別
段おかしな所なんてないはずなのに。
なのにその女子は、にっこり笑ってお辞儀して、早足で去っていった。お辞儀される覚
えもないが。
「………」
しばし立ち止まって考える。何だ? この違和感は。
「……あ、なるほど」
セーラー服だ。校舎の中にも関わらず、制服がうちの学校のものではなかったんだ。
見学者か何かだろう。ああ見えて中学生だったのかも知れない。
「せいぜいがんばりなさい。受験生」
ま、あの子が入ってくると同時に私は卒業しているが。
それよりどうする調理室。
「……はぁ」
重い足取りで生徒会室に向かう。
割とどうしようもなかったりするのだ。とことん気勢が削られていく。ガリゴリと。ま
るで心が食われていくようだ。
+
カタカタカタ、カタカタカタ。
「…………」
定位置に帰って事務作業。
生徒会室にて、私とユウカは黙々とキーボードを叩いていた。
「………ん」
ソファではちとせが横になって眠っている。掛け布団はユウカのブレザー。
少しくらい休ませたっていいだろう。あいつもあいつなりによく頑張っているのだから。
カタカタカタ、カタカタカタ。
カタカタカタ、カタ——
「よし」
ぱん、とユウカが手を叩いて立ち上がった。私の集中も合わせて止まる。
非難の視線を向ける私にふんわりと笑い返して。
「お茶にしましょう」
久しく息をついた自分に気付く。確かに、そろそろ休憩した方がよさそうだ。
+
「そういえばさっき、廊下でラクロス部さんに会いました」
テーブルで向かい合ってティーカップを傾けながら、雑談に応じる。
「へぇ。また何か悪さしてたの?」
「ええ! あの人たちったらなんと、人生最後の授業までサボって懲りずにカツアゲして
るんですよ! 本当筋金入りって感じよね——私、少し感動しちゃった」
きらきらの虹を纏って謳い上げる。そんなユウカに、私は冷静に尋ねた。
「どうしたの?」
「撃破しました。絶対に仕返ししてやるからな、覚えてろ〜ですって」
仕事が速い。いや手が早いというべきなのか。とにかく武力行使(はぁと)している最
中のユウカとだけは、絶対に敵対したくない。右京&左京という通り名はまったくダテで
はないのだ。
「そうだアオイ、調理室の方はどうだった? 噂の悪霊さんに会えた?」
私は首を横に振る。
「日が落ちてからもう1度行ってみるつもりよ、ちとせ連れて。あんたは確か予定がある
って言ってたでしょ」
「そう……ええ、ごめんなさい。今夜は親が取り決めたお見合いの日だから」
「————」
耳慣れない単語を聞いた気がする。
お見合い? 高校生が? どんな家だ一体。
「ま。会うだけ会って、丁重にお断りするつもりよ。だって損だもの。いまどき花の女子
高生が、結婚前提のお付き合いだなんて」
「へぇ……」
あまり深くは突っ込まないけど。
物憂げな微笑を見る限り、ユウカもなかなか大変そうだ。和製貴族だったってのは初め
て知ったが。
「ところで。アオイは、おばけって本当にいると思う?」
ティーカップをお上品にかき混ぜながら聞いてきた。
私は反射で答えを返す。
「民衆がいると信じればそこにいるのよ。姿形が実在しなくても、観念として存在すれば
影響と結果が出てくる」
「そういう哲学のお話ではなくて」
くすくす、と優雅な仕草で笑われた。失礼なやつだ。
「アオイって、本当はおばけもユーレイも信じてるんじゃないかしら。なんとなくそんな
気がする」
被害総数計6名、いずれも軽傷だが無視できる数じゃない——そろそろ実在するかもね。
そう言ってきたのはアンタだろうに。
そんな素っ気ない答えを横に置いて、自分の胸に聞いてみる。
意外と素直な回答が返ってきた。
「信じる信じないは置いといて。とりあえず、いて欲しいと思ってるのは事実よ」
「どうして?」
ふふ、と私は笑みを浮かべる。
「だって面白いじゃない。短い人生で1度くらい、絶対だと信じてた常識を覆されてみる
のも一興でしょ?」
「そう……」
それはきっと、価値観の崩壊だ。
いままでになかった要素が現実に入り交じり、斜述が暴かれ、私はいままでの私とは違
う視点を手にするだろう。
新しい価値観で見る
日常
。あちこちが真新しく塗り替えられるのだ。魔法が
奇術に、ホ ラーがミステリーに、異常が日常に。きっと痛快に違いない。
だっていうのに、ユウカは何故か悲しそうにティーカップを置いた。
「そっか、アオイは退屈だったのね……無理もない。あなたは本当は、何だって1人で出
来てしまう子だもの」
「え——」
真っ直ぐ見据えてくる瞳はただ淋しそうだった。
まるで何かを予見しているように。
「でもね、アオイ。夢がないからって悪夢を求めてはいけない。もしそんなものに出会っ
たらきっと、楽しい日々は終わってしまう」
白カーテンがさらさら揺れる。
窓から風が吹き込んできた。
吹かれた書類がはらはらと生徒会室に舞う。どこか虚しい空気の中を、散らされた天使
の羽根のように。
ユウカは静かに、ひだまりの祈りを呟いていた。
「私はあなたと過ごしていたい。ちとせちゃんも一緒に。ずっと、こうして——」
夜と昼の狭間に腰掛け、逢魔が時の街に向かって。
一瞬、言葉に詰まった。
何故だろう。
よく分からない不安が胸を掠めたんだ。言葉を辿って私に伝えられた、この侘びしさが
ユウカの抱いた感情なのだろうか。
「…………」
なら、私はあえてこの不安を笑い飛ばそう。
ここで一緒になって沈むなんてらしくない。脅威の壁は踏み越えていく。邪魔者はみん
な薙ぎ倒していく。
それが、生徒会長・日向アオイというキャラクターなのだから。
「私は大丈夫よ。何があっても味方でいてくれるお節介がいるから」
「————」
ユウカがかすかに目を見開き、ようやくいつもの柔らかな表情を取り戻す。
「……そうね、そうだった。うん。アオイは必ず私たちが守りきる」
それでいい。
たとえどんな場所に出掛けても、私は必ずあんたたちと一緒だ。
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