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#「サボテンの花」
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 まったく世の中ふざけてる。
 僕の購読雑誌「週間少年ジャンボ」で連載中だったマイナー漫画「イジメを乗り切る1
01の方法」がまた連載停止しやがったので、僕はそんな胸の呟きを絞り出した。
「兄さん声がちっさいねぇ。元気出しなよ元気」
「…………っした〜」
 退屈な世界だ。つまらない私だ。
 いじ百(イジメを乗り切る101の方法)に出てきた名フレーズを唱える。心の中で。

 レジ打ちなんてクソバイトだろう。二十歳越えてもリーターなんて腐ってる。
 こんな考え方は間違っていると姉貴に言われた。
 まったくその通りだと思った。
 ところで友人の歌手志望。(現実逃避)
 あいつ、高校時代から凄腕で、地元ではかなりいかしてる方だったし、そのまま歌手街
道突き進むのかと妄想してたら最近結婚したらしい。
 みんなみんな妥協していく。
 知ってる。分かってる。もうとっくに、僕たちはそんな阿呆なこと言ってるような年じ
ゃないんだ……。
 ぺりぺりと紙幣を数える。
 夢と現実の折り合い。
 その隙間の軋轢に悩んで、社会人になって孤立して、過去の習慣をひとつひとつ喪失し
ながら言いようのない脱力感に見舞われる僕たちロートゥウェンティーン(二十代前半)
の夏が終わる。
 ああ、かつて燃えたあの文芸部はどうなってるだろう。
 実態は漫画研究部だったんだけど。
 むしろ読み専ばっかだったんだけど。
 炎上したのは部の公式HPなんだけど。
 それでも、あの頃部室の隅でひとりだけ別次元の空気を放ってた異才を知ってる。
「…………」
 名前、なんだったっけな。
 少女だった。
 根暗で男嫌いだったけど。つか人間嫌い。つか嫌われ者。そんなだから毎日毎日、窓際
部の窓際で孤立しながら漫画ばっか描いてたんだろうけど。
 たしか松本さん。
「あ。」
「あ。」
 噂をすればなんとやら、まぁ、そんな偶然もあるのだろう。
 大人になってた。
 松本さんの持ってきた缶コーヒーをスキャン機に通しながら、実は彼女以上に根暗で孤
立、つまり窓際部の窓際族のそのなかのさらに窓際だった僕は黙りこむ。
 なのに彼女は自然に喋る。
 心なしかおしゃれさんになっていた。
「久し振り。ここでバイトしてたんだ」
「…………いん」
「へぇ、準社員なの? すごいじゃん」
「…………ーと」
「あら、パートさんなんだ。へぇ〜」
 明るい。
 お社交的になられたらしい。
「じゃ、またね」
 そう明るく言った彼女の手首に包帯を見付けた訂正、よく見ると肩から手首まで全部包
帯だった訂正、四肢全部かよこいつどうなってんだよ邪パワー強化してどうすんの。
 そういえば彼女は昔から謎のカッターナイフなんか持ち歩いてたなぁなんて思い返した。

「ねぇキミ、ぼちぼち次のバイト探そうか」
 ニコニコ笑顔の店長にそう言われたけど無視。あいつ虫。僕の日々に巣くう厄虫。
 勤務時間が終わってお着替え、ロッカーを足で凹ませ外に出ると、社員用出口で彼女が
待っていた。
 松本。
「メアド。教えてよ、最近遊ぶ相手いなくってさぁ」
 聞けばこの女ニートらしい。
 依存先探しか。どうでもいいけどね。
 まったく興味ないし深入りするつもりもないけれど、底辺は底辺同士、あくまでも他人
のままで生存確認し合うくらいはいいのかも知れない。
「ああ……」
 去っていく。
 よく見ると、目の下にクマができてて、垢抜けた代わりに美人度は減ってた。
 たぶん2度と顔合わすこともない。メル友なんてそんな程度だ。
 健康と学歴ばかり潰してく僕の日常。
 周囲の友人たちは夢と現実の折り合いを付け、久し振りに会えば丸くなってる。
『××、まだアレ続けてるのか?』
 この前会った旧友が言ってた。サラリーマンになっていた。
 そのぬるくなった顔が、自ら『俺は現実に負けたのさ。とっくにやめたよ』と言ってい
た。
「……元気出せ」
 思いをお手紙に乗せて送った。松本に。1と0の味気ない電子メールだけど。
「遅いよ。遅刻ー」
「…………ごめん」
 うちの前で本妻が待ってた。
「で、あれは?」
 いわゆる彼女。現行系。
 彼女の趣味は、僕のくそのようなポエムを読むことらしい。
 ヘンな趣味。
 でも僕は、そんなヘンな趣味の彼女に読んでもらうことだけが生き甲斐。
「…………できたよ」
「よし。どこ? 大きいパソコン?」
「…………うん。勝手に読んどいて。コンビニ行ってくる」
「何買うの?」
 糧。
 2人きりならドリンコお菓子にお晩ご飯が必要で、日が落ちれば僕らだけの2人の世界
と決まっている。
 くっだらないポエムについてあーだこーだ語る日常。
 日々牛歩のような進歩を続ける。
 景色は確かに変化した。
 僕たちオトナになりました?
 何か違う。僕が知ってる勝ち組ってのはそう、うちのスーパーの正社員様で、憎き店長
を蹴落としてその座に成り代わって復讐してやろうと燃える先輩だけだ。
 素敵な先輩。
 あの人だけが輝いている。
 目的意識。
 そう、あの人が日々の愚痴まで微笑ましいのは、きっと目的意識があるからなんだろう。
 僕は腐ってる。
 未来がないから。
 詩書きさえ目指す勇気がない。
 彼女も松本も男友達も、みんなみんな腐ってやがる。
 よく考えれば高校時代から何も変わってない。
 結局は「夢を目指して行動する人だけが輝いてる」ってだけのお話。
 こんなにも現実は簡単《シンプル》なのに。
 なのに埋没して捻くれて、それだけのことが分からなくなってく。
 ──退屈な世界だ。つまらない私だ。
「…………」
 インスタントみそ汁を購入しながら考える。
「…………どうでも、いいけどね。」
 元気出せよ。あんたも。
 松本から皮肉なメールが帰ってきた。
 言われるまでもない。
 僕は、元気、です。


                                  /Cactus




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