斬-the black side blood union-

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#ex_ / 優奈ちゃんとユウヤ君-angel complex-
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 見渡す限りの白い空間。
 広すぎる虚無。
 浅すぎる色彩。
 地平の彼方まで白一色、固い床と、遠く空のない天蓋。
 そんな白い海の真ん中に、四畳半の畳が敷き詰められていた。
「…………」
「…………」
 こぽこぽこぽ、と優奈ちゃんが2つの湯飲みに緑茶を注ぐ。背中に白羽根。空間に溶け
てしまいそうな儚さだった。
 それをよそに、僕こと相沢ユウヤは新聞に目を通す。
 今日も世界はいろんな不幸に見舞われている。
 嘆かわしいことだ。
 優奈ちゃんは僕の隣にちょこんと腰を下ろし、ちゃぶ台に湯飲みを置いて、小動物のよ
うに見上げてきた。
「ねぇユウヤ君」
「なんだい?」
「げーせんって何?」
 ゲームセンター。
 きっと箱入り娘だった優奈ちゃんには縁がなかったのだろう。
「アミューズメント施設だね。いろんなゲームがいっぱいあるんだ」
「!」
 優奈ちゃんが目を見開いた。察したようで察してない顔。案の定、小首を傾げた。
「チェスとオセロと将棋と……あとは?」
「ソリティア」
「!」
 びっくりしている。「なるほど……」とか呟いて感心している。
 僕は静かに肩を竦めた。
「ぜんぶ、嘘だけどね」
「そぉい!」
 ばっこーんとちゃぶ台返しされる。あれも僕が教え込んだ。突っ込みは淑女の嗜みだよ
と吹き込んで。
 優奈ちゃんは興奮冷めやらぬ表情で言ってくる。
「どうだった!? どうだった!?」
「98点。次はきっと100点だね」
「やたー!」
 無邪気に喜ぶ万歳少女。可愛いなオイ。



 とかくその空間は広くて白い。
 無音極まる虚無の真ん中、畳の上で優奈ちゃんは茶柱を見下ろしていた。
 僕は新聞の小説に目を通す。これは面白いのだろうか。そもそも言語が理解できない。
「ねーユウヤ君」
「なんだい?」
 優奈ちゃんはおそるおそるというように、僕を見上げて聞いてきた。
「コーラ飲んだら骨が溶けるって本当?」
「あー……」
 さてなんと答えよう。
 などと逡巡していると、優奈ちゃんはぱたぱたと手を振って訂正してきた。
「って、うそうそ。そんなのありえないよね。骨が溶けてクラゲみたいになった人なんて
見たことないよ私」
 まったくなに子供みたいなこと言ってるんだろう、と呟く少女。
 優奈ちゃんは淑女なのだ。
「だいたい、骨抜きじゃ2足歩行もできないもんね。にゅるにゅるくらげみたいに道歩い
てたら踏んじゃうよ私。きっと骨がないから大けがだよ。危ないよ」
「……」
「それに……そんなニュースもみたことないし。うん。骨が溶けちゃうなんて恐いよね、
絶対そんなのありえないよね。だって恐いもん。ありえないもん」
「……」
 正座して、よし納得した。みたいに姿勢を正す優奈ちゃん。だが頬を一筋伝う汗。
「――いやな事件だったね」
 びくぅ! と天使の羽根が震えた。
「な……ユウヤ君?」
「なんだい」
「嘘だよね? 冗談だよね?」
「何言ってるんだよ優奈ちゃん。そんなの常識じゃないか、誰でも知ってる」
「と、溶けるの? 本当に溶けちゃうの?」
「溶けるね。すごい勢いで溶けちゃうね」
「またまたー、う、嘘だよ、ぜったい冗談」
「化学薬品は体に残るんだよ優奈ちゃん。風が岩を削ってグランドキャニオンが出来るみ
たいに、それはもうガリゴリと」
「ガリゴリと……」
「ぞりぞりと」
「ぞりぞり、と……?」
「そしてにゅるにゅる」
「にゅる、にゅ……る……」
 ふと顔を上げると蒼白だった。
 眉根を寄せ、ふるふると震え真顔で絶句している。可愛いなオイ。



 さりとてその白さが変わるはずもなく。
 面積にして約無限平方メートルもの虚無の真ん中にぽつんと腰掛け、僕はふと畳を撫で
てみた。
 職人か機械か。
 編んだ主は不明だが、長く愛されてきた歴史の匂い。やはり畳だ。日本人は畳に座って
四季を眺めるのが似合っている。
 ぱたぱたと微風を起こす白羽根。
 この子にも、そんな余裕のある大人になって欲しい。僕は白の天蓋にそんな祈りを投げ
かけた。
 ふと、優奈ちゃんが顔を上げる。
「ねぇユウヤ君」
「なんだい?」
 その問いに何の意味があるのかは知らないが。
「チョココルネはどっちから食べる?」
 ぴた、と僕は停止する。
 かすかに期待のこもったまなざし。きっと一致するだろう。僕らは似たもの同士だから
ね。
 ぴっ、と人差し指を立てて答えた。
「太い方」
「だよねー、そうだと思った。やっぱコルネは太い方からでないと」
 うんうんと頷いて、読書に戻る雑談少女。
「ところでさ。やっぱり、日本人はフローリングより畳だよねー」
 にこにこ美笑。可愛いなオイ。



「ふあ……」
 と、不意に優奈ちゃんが欠伸した。
「ごめん。なんだか眠くって……」
 ふらふらと膝枕させられる。
 抵抗する理由もない。
「いいよ優奈ちゃん、ゆっくりおやすみ」
 その髪を撫で、瞬く間に眠りに落ちていく少女を見送る。
 どうだい優奈ちゃん。
 君は笑って生きていけてるかい。
 あの過酷な現実で、すぐに溢れてしまいそうになる絶望を堪えて、君はちゃんと前向き
でいるかい。
「……淋しくなったら、またおいで」
 たくさん笑って生きてくれ。
 悲しまなくていい。
 いつだって、会えるよ。



 俺こと羽村リョウジは夕食を終え、皿洗いを済ませて2階へ上がる。
 ホコリひとつない階段。今日は我ながら綺麗に掃除した。
「ふぁ……眠い」
 疲れた。早寝するか。
「あーらよ出前いっちょーぅ、っと」
 ずばったーんとドアを解放し、どばっしゃーんとベッドに倒れ込む。
 目を閉じる。心地いい疲労感。すぐにでも寝れそうだ。
「でまえ……にちょう……」
「ん?」
 なんか聞こえた。耳元で。あとついでに背中に体温。
「ッ!?」
 体を起こす。
 アユミが寝ぼけて部屋間違ったのだろうか。しかし、俺の目に映ったのは小柄な白色。
「……おい。お前何やってんだ人のベッドで」
 優奈が寝息を立てていた。
 待て、いつの間に上がり込んでたんだお前。とりあえず起こそう。
「ああっ!? 待って待って待って羽にぃいいいいっ!!」
「む――うごはぁぁああッ!?」
 反射で回避。俺の頭上を風が薙ぐ。
 振り返ると、窓から雛子と香澄が侵入してきたところだった。
「おま……出会い頭でバット振り回すな。俺じゃなきゃ直撃だぞ」
「えへへー。羽にぃだからだいじょぶだよ」
 やめろっちゅーに。
「で? なんでこいつはこんな所で寝てるんだ」
「いやー本当は昼くらいに3人で遊びに来たんだけどね。羽にぃ忙しそうだったから待っ
てたんだよ」
 何。まったく気付かなかった。
「んで、待ち疲れた優奈ちゃんがぶつぶつ文句言いながら寝ちゃったと」
 思い返す。確かに、今日の大掃除は戦場だった。先生が訓練室に投げ込んでおいた10
キロダンベルからマッチョな妖精とか現れて大変だったのだ。
「……そうか、悪かったな。つい夢中になっちまって」
「いいよ別に。ねー優奈ちゃん〜ぷにぷに」
 寝ている優奈の頬をつつき、雛子が小さく声を上げた。
 香澄が俺を見上げ、消えそうな声で言ってくる。
「……そっとしといてあげて欲しい」
 静かな寝顔。あるいは。
「うにゅ……ユウヤ、君……らーめん屋って、なんで安い……の?」
 幸せな寝顔と言うべきなのか。
 いいさ、俺はリビングで寝よう。いい夢見ろよ。
「やれやれ。んじゃお前ら、おやすみ」
「おーぅおやすみー!」
「……おやすみ」
 ――月の反射光だろうか。
 天使の胸元で、きらりと黒い宝石が瞬いた。






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