斬-the black side blood union-

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「ところで――」
 私立青柳高校。
 秋といえど風は冷たい。時刻はもう夜。校舎に挟まれた中庭で、相沢は魔法使いに問い
かけた。
「ところで君が呼びに来たってことは、もう準備が出来てるってことなんだろう?」
「ええ。下準備は終わりましたよ」
「そう……」
 相沢は、周囲を見回す。
 母校。
 切りそろえられた花壇の花に、棚のような造りの校舎と、褪せた灰色のタイルの地面。
 何の変化もない光景。ネバーランドの片鱗ひとつ、どこにもありはしなかった。
「別に疑うわけじゃないんだけど……その、具体的に何を用意したんだい?」
「くすくす……全域知覚を使えばすぐ察知できるのに、律儀な方ですね。やはり肉眼がい
いですか?」
 袖が捲られ、魔法使いの白い手が掲げられる。
「さぁ……これが、あなた方のネバーランドですよ」
「! それが――」
 それは、ブラックホールのような物だった。
 魔法使いの手の平で浮遊している。
 渦巻く球体。
 ただし。
「……ええと」
 ビー玉サイズだった。
「か」
 その毒々しい輝きを見上げて。
「かわいい……!」
「優奈ちゃん、その感性は正直どうかと」
 優奈は星くずを目に灯らせていた。気を悪くした風もない。変わらず頬を朱に染めて、
夢見るように謳い上げる。
「これがピーターパンへと華麗に変身!」
「致しません」
「妖精!? 女の子! ということは、これがあの有名なティンカーベルに!」
「なりません」
「ならフック船長まで妥協します! じゃなきゃいっそ船でもいいです! これから胸が
躍るようなアトラククションが、きっと!」
「あなたの目の前で、繰り広げられません」
 不動の笑顔で窘められて、さすがに気勢が削がれたようだ。
「……そうですか」
 とぼとぼと、相沢の背後に帰っていく。
 優奈はこの魔法使いがどうにも苦手だった。
「正確には片割れなのですけどね。本体は、あこに浮いているのですが……」
 魔法使いは空を指差した。
 遙か頭上、夜の海に浮かぶビー玉。視認できるはずもなかった。
「それにしても小さいな。呪いも微かにしか感じられないし、こんなもので、一体どうや
って?」
「そのために、子供たちを集めてもらったのですよ」
「なんだって?」
 ビー玉を掲げたまま、魔法使いは指さした。
「あなた。こちらへどうぞ」
 それは、無数の腕のうちの1体だった。
 水から陸に上がるように、声もなく1人の少年が姿を現す。
 じっと、魔法使いをみつめている。
「大丈夫……怖がることはありません。みんなで夢を見るだけです。さぁ、手を」
 不安そうに、少年は迷った。
 ちらりと優奈を見やり、怯えたままで魔法使いの手に触れた。
「!?」
 瞬間、少年の姿が揺らいで消えた。
 まさしく魔法のように。気配ひとつ残さずに。優奈には、生気をまるごと略奪され、掻
き消されてしまったように見えた。
「ユウヤ君!」
 優奈の叫びを受けて、相沢の横顔もかすかに揺らいだ。
「……念のために聞いておくが、あの子に危害を加えたわけじゃないね?」
「無論です。あちらへ転送しただけですから」
 そう言ってまた、魔法使いは夜空を見上げた。
 視認できるはずもないビー玉。
 しばし、相沢は黙考。
 静かに結論を述べた。
「…………なるほど。読めてきたよ、ネバーランドの作り方」
 縋る優奈の頭を撫でて、怯える瞳に微笑を向ける。
 その双眸は既に、全域知覚を発動していた。
「大丈夫だ優奈ちゃん。ちゃんと気配が空にある。あの子は消えてなんかいないよ」
「…………」
 それでも優奈は、不安を拭いきれなかった。
 盗み見る視線を向ける。
「ふふ……では残り49人です。じっくりと、作り上げて参りましょう」
 優雅な所作を伴って、魔法使いは作業を始めた。
 1人ずつ1人ずつ。
 鮫の海に、子供を突き落としていくように。




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