斬-the black side blood union-
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#002 / 百腕-Never LandII-
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「……オトナがね。嫌いなの」
背中合わせの少女はそう言った。
彼女の名前は宝生優奈。長い髪の、小学生くらいの年齢には到底そぐわない空気を纏う
少女だった。
場所は人もまばらな商店街脇のベンチ広場。
後ろのベンチに腰掛ける彼女がそう言ったので、その高校生──相沢ユウヤは小さく笑
った。黒髪に埋もれて瞳は伺えないが、確かに優しげに笑んでいる。
「どうして?」
流れてゆく雑踏にも目をくれず、天女のような少女は視線を下ろす。
美しい顔を僅かにしかめ、絞り出すように呟く。
「裏切られたから」
「そう……」
かた。
相沢ユウヤは静かに缶コーヒーを置いて、立ち上がった。
ぽつぽつと零される少女の言葉を聞きながら、優雅にベンチの周囲を歩き、彼女の正面
に立つ。
「オトナは嘘つき。人でなしばかり。私たち子供をペットか何かと勘違いしてる最低の生
き物。ねぇ、あなたはそうは思わない?」
見上げてきた縋るような双眸。
本当に、冗談のように儚い少女だった。
相沢ユウヤは当然食指を動かされ、
「まったくもって同意だ」
それを微笑で浄化した。
完全に。
跡形もなく。
先の衝動を粉々に打ち砕き、この少女を対象外と強制認定し、彼女への暴力という選択
肢を永遠に廃棄する。
少女と友好の笑みを交わし合う。
次の獲物にするつもりだったが──気が変わった。
「……僕もね。同じなんだ」
「え?」
相沢ユウヤは逆光の中、ブティックのショーウィンドウに目を向ける。
そこに映っている人間は、流れる雑踏を背景に、からのベンチの前に立つ自分だけ。
鏡の中の真実には、目の前に座っているはずの宝生優奈は映っていなかったのだ。ぽっ
かりと穴が空いたような空白。天女の少女は死者だった。
「ひどい裏切りを受けてね。僕もキミと同じなんだよ」
哀れな少女に目を向ける。
長い睫毛。霞む輪郭。伏せられた瞳はあまりにも澄んでいて、それでいて僅かな影と共
存していた。目を奪われるなという方が無理だった。
人形のようという喩えは失礼だろう。冷たい人形とは一線を画す、けれどいまにも消え
そうな。そんな儚すぎる生気こそが、宝生優奈を構成している美しさだった。
相沢ユウヤは恭しく手を差し伸べる。
心からの微笑と共に。
「一緒にいくかい? キミの大嫌いな大人たちに、復讐しに」
差し伸べられた手を見下ろす瞳。
聡い少女だった。その右手から薫る血臭を一瞬で見抜き、ほんの僅かに迷ってみせた。
だがそれも束の間のこと。
「……私はね、お父さんに裏切られて殺されたの。首を絞められた。裏切りが許せなかっ
た」
育ちの良さを感じさせる所作で、大きな右手の上に自分の小さな右手を重ね合わせた。
「悪魔でもいい。私をどこかへ連れ出して」
見上げた顔は淋しげで。
天女は悪魔の右手を握り、狂気に身を委ねてもいいと受け入れた。
「結構。共に生き、共に死のう。僕らの願いが叶う時まで」
善意の悪魔は慈愛で応える。
この少女のためなら神をも殺そう──そんな、不誠実な真摯さをもって。
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