BITTER CHOCOLATE
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ぱきんと割れるクッキーの音
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いつもと何も変らない事務所での出来事でした。
私、木ノ崎りなが親友の茜ちゃんと、学校帰りの制服のままでRPGに夢中になっていた時のこと。
「そういえばさぁ――」
茜ちゃんが、翼の生えたボスキャラをしばき倒しながら不意に語り始めました。いつもと同じ他愛のない会話の始まりです。
「AKBって、あるじゃない?」
「うん。あるね」
「すごいわよねー」
「うん。すごいね」
「流行ってんのかしら?」
「さあ。流行ってるんじゃないかな?」
「ふーん……」
窓から差し込む夕陽が素敵。この乾いた事務所と合さればとても画になっています。
画面の中のボスキャラは、翼が4枚になり、一回りほど豪華になったようでした。
茜ちゃんは何故だか少し声を沈ませて、よくないうわさ話でもするみたいに目を細めました。
「……48人もいるなんて、大変よね」
「だね。うちのクラスより8人も多いよ」
「集団行動とか、出来るのかしら。喧嘩したりしそうじゃない?」
「うんうん。派閥争いに発展してエライことになっちゃうよ」
「っていうか48人もいたら、誰が誰だか覚えられないわね」
「テレビとか映ってても、どこを見ればいいのか分からないよね」
そういえばこの前の音楽番組でPVが流れた時も、そんな感じでした。濁流のように画面内に女の子が現れては流されて行って、とても忙しい。
ボスキャラは6枚羽になり、また一回り巨大化して、顔が邪悪な仮面みたいになってしまった。全身の紋様が邪属性。
うんうんと頷いて、茜ちゃんはしみじみするのだった。
「アイドルなんだから、色々と……あるんでしょうねぇ」
「そうだね。見た目のままの華々しさなんてきっと、半分以下でしかないんだろうね」
「表では言えないような嫌なことも一杯ありそう。それに、振り付けとか大変だ」
「例えばプリクラとかだってさ、常に可愛く映すのなんて難しいよ。そんなことを毎日毎日やってるんだよね。それもプロとして」
「そりゃまぁ、悪いことばかりじゃないんでしょうけど。でも良いことばかりでも決してないのよね」
「人前に立つって大変だ」
「怖いことよね。私なんか、あんな風に大勢を相手にしてたら、ちょっとみんなに文句言われただけで泣いちゃうかもね」
「そりゃあそうだよ、人間なんだから。ただ文句を言われるだけで怖いのに、大勢を相手にするなんてゼツボウテキだよきっと」
「そうよねぇ。平均年齢とか、何歳くらいなのかしらね」
「さあ。私たちと同じくらい?」
「ふーん。そっか、こうやって私がだらだらやってる頃に、毎日毎日時間に追われながらカメラに向かって仕事してるわけか」
いよいよボスキャラに、魔法使いの放った特大火炎球がトドメをさした。断末魔を上げて崩壊していく羽怪人、少しだけ侘びしそうな主人公たち。
そこまでシナリオを進めて、疲れてしまったのか、茜ちゃんは夕陽で真っ赤に染まったテーブルにコントローラーを置いた。
テーブルの上には紅茶とお菓子。どこか無表情のままで、茜ちゃんの小さな唇がクッキーを噛む。
「………………なんていうか……ちょっとだけ、可哀想かもね」
ぱきんとクッキーの割れる音が響いた。その音に、私はなんだか少しだけ目が覚めた気がした。
/ぱきんと割れるクッキーの音
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