BITTER CHOCOLATE

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「玲奈ちゃん、こっちこっち! 転んじゃだめだよ!」
「沙奈ちゃん、手袋! ぜったいに手で触っちゃダメだからね!」
 ドアの外を駆けまわる騒がしい声。何事かと見守っていると、椿さんが静かに戸を閉めた。
「…………ちょっと、ガラスが割れてしまったらしくてね。大丈夫よ、騒がしくてごめんなさい」
「はぁ、さいですか」
 改めて、畳に正座する椿さんを見返す。山本椿さん。りなが話を通しておいたという事情通なんだろう。
 事情通、っていうか――。
「まぁ、被害者の一人よ。私だってこのスキー場で従業員をやっているのですもの」
 それはそうだろう、火事といいポルターガイストといい観光客減少といい、椿さんたちにとっては迷惑千万だ。
「えぇと……藤原茜さん。あなたが本当に、木ノ崎さんの言ってた霊媒師なの?」
「そんなようなものでもあるし、違うとも言えるわね」
 霊媒師、という単語は私たちが自分の立場を端的に説明するのに適している。実際はただの、暴力主義の悪霊退治でしかないのだけれど。
「はあ……お若いのに大変ねぇ」
「やっぱ、こんな高校生じゃ不安ですかね」
「不安というか、あなたが心配というか…………でも」
 椿さんが、意味深にアリスの方に目を向ける。またチョコ食ってた。アリスの存在に何かを納得したらしく、快く話を前に進めてくれるようだ。まさか戦闘以外で役に立つとは。
「妙なものに好かれていてね――」
 昔からほんの少し霊感があったそうだ。でもCランク未満の霊視はだいたい無色透明、無視していれば頻繁に意識に入ってくることはないし、そのうちに忘れて生きていくことも出来るだろう。極稀に不幸にも“出会って”しまうことはあるだろうけど。
 そんなささやかな平穏が崩れ始めたのは1年ほど前――やはり、身の回りでよく分からない事故やポルターガイスト現象が起こり始めたらしい。
 そして2ヶ月前の火災。やはりおおごとだったらしい。旅館の従業員さんたちも、みんな不安そうに燃え盛るホテルを見上げていた。消防員の懸命な消火活動にもなかなか火の手は収まらなかったそうだ。
 狂乱するようにホテルへ入っていこうとする教師と、それを止めていた板前さんをよく覚えているという。火災の死者は2名、うち1名が修学旅行中の生徒だった。
 舞い散る火の粉の中、取り残された人たちの無事を祈っていた椿さん。その祈りが通じたわけではないのだが――
「――――ホテルの窓にね。白い服を着た女の子が視えたのよ」
 白いワンピース。たとえホテルの中とはいえ、冬のスキー場でする格好だろうか? あるいは火の手が近づいてきて服を脱いだのかも知れない――けれど、遠い少女の影は不思議なくらいに慌てている様子がなく、そのうちにいつの間にかいなくなってしまったらしい。
 死者2名、結局はあの少女も死んでしまったのかと落胆する椿さんだったが――。
 ――――だが、
「…………最近ね。よく、あの子をスキー場内で見掛けるのよ」
 椿さんの顔から血の気が引いていく。それはそうだろう、死んだはずの女の子が、
「……………………半透明なの……陽炎みたいに、景色が透けて見えていて……おかしいのよ? 私、あんなにくっきりと霊を視たことなんて、いままで一度だってなかったのに……」
 静かに吐露する椿さんの表情に、どこか疲弊しきったようなものを感じた。当然だろう、すぐそばに霊がいて、しかもそれが生活圏に住み着いているなんてあんまりにも恐ろしい体験だ。
 震える白い手を、私は安心させるように包み込んだ。
「…………大丈夫、必ず何とかする。来るのが遅くなってごめんなさい」
 見返してくる瞳はぼろぼろだ。よく平気なふりをして笑っていられたものだと思う。本当に、一生懸命に耐えていたんだろう。
「…………ありがとう…………私、泣いてしまいそう……本当に怖かったのよ……」
 心底安堵したその表情に、私はこの事件を迅速に解決することを誓ったのだった。
 窓から見える黒焦げた取り壊し待ちのホテル、そして諸所のポルターガイストに、迷子だっけ。あとそうだ、
「……ガラス、割れたんだっけ?」
「ええ。関係あるのかは分からないけれど、最近よく窓ガラスが割れてしまうのよ。女将さんは風の仕業か、ガラス屋さんの不手際だろうって」
 無関係なはずがない。それこそポルターガイストだろう。
 ――椿さんが見掛けるという、白いワンピースの霊、それがこの事件の黒幕であるらしい。
「……………………」
 しばし思案して、私は状況から逆算してみた。ひとつ足りない。あと1人分――――――――あって然るべき“死体”の数が。
「ねぇ」
「はい」
「もしかして1年くらい前に、このスキー場か、もしくはご近所で誰か、その霊と同じくらいの女の子が死んだ?」
 ぴくりと反応する椿さん。鎮痛そうに口に手を当てる。
「ええ…………火事のことばかりで、みんなすっかり遠くにやっているけれど」
 我ながら名推理。椿さんはとっくに犯人の正体に気付いていたのだ。
「――いた、のね? 死んだ? 女の子が?」
 亡霊がいるんだから死人がいるのが道理。椿さんは、愛するご当地の闇を語ることに余計に鎮痛そうだったけど。
「ええ――そう、1年と少し前。これもまた修学旅行中だった女の子がひとり、夜のうちに怪死したのよ」
「怪死?」
「事故死だか自殺だか何なのだか、最後まで判別がつかなかったのよ。なんて言えばいいのかしらね、こう―――― 一切の外傷がなくてね。怪我も病気もなし、ただ雪の中で、埋もれるように夜中のうちに凍死していたの」
 それはまた奇妙だな。修学旅行の夜、外へ出かけた女生徒が、足を怪我したわけでもないのに雪に埋もれて凍死だなんて。
「…………自殺……か、事故死か。もしくは、」
 異常現象《こっち》側の他殺って線もあるか。それなら外傷ゼロなのも納得がいく。
「性急ね主。らしくもない、人が死ぬのに理由が必要?」
 棺に腰掛けていたアリスが、得意げに偉そうに口を挟んでくる。
「何よ、あんた、いまのヒントだけで何か分かるわけ?」
「いいえ、何も分からないわよ。そもそもそれは、“分かった所で常人に理解できる理由”だとは限らない――――違うかしら」
「意味分かんない」
「要は、“雪葬”ね。私の故郷のドイツでは珍しくない弔いよ」
「嘘おっしゃい、適当抜かさないで。あんたイギリス人のはずでしょう」
「………………」
 ノーコメントと来た。お父様の数学者さん的に、ネタは完全に割れてるんだけど。
「死因は不明――――と」
「雪葬」
「うっさい」
 りなのオレンジファイルに追加で書きこんでおいた。理由、見つけられるだろうか。
「じゃあ……その凍死した女の子が化けて出て、みんなを脅かしたり火事を起こしたりして祟っているのかしら……」
 さらり、といちいちキザったらしくアリスが金髪を掻き上げて口を挟む偉そう。
「それに関しては正解ね、私が感じ取っている呪いもそんな感じよ。身勝手で移り気で、子供じみててどこか悪戯めいてる。なんだか知らないけれど理不尽な怒りの残照も感じるわ。あと雪葬」
「はいはい」
「あの……ひとつだけ、私の方から質問してもいいかしら?」
「「はい?」」
 椿さんが身を乗り出してくる。縋るように、弱々しい顔でそれを言った。
「…………目を……付けられて、いるのかしら? 私が、次は狙われて……その、」
「ああ、それはないわよ。ご心配なく」
「え――?」
 アリスはケラケラと笑った。「まったく妙なものに好かれている」と。
 相変わらず、窓の外、スキー場を見やればぽつんと暇そうに佇む色白の少女がいた。目が合った途端に手を振ってくる。
 その姿が、スキー客が通り過ぎた瞬間に風の様に消えてしまった。
「………………目を付けられてるのは、私なんだから。」




 白い白い、雪に溶けて消えてしまいそうな……いや、実際に溶けて消えてるのかもね、あの女の子。
 あれが修学旅行の途中に怪死を遂げた少女――の、その残留思念体。思い起こそうとすればするほど、脳裏に残った微笑の形や姿を忘却して、白色以外の印象を失っていく。
 ふっと顔を上げると、アリスの大きな瞳が覗き込んでいた。
「――――騙されちゃダメよ。それはそいつが描い《ねがっ》た自己でしかない」
 アリスの吸血鬼のような色彩に、私はこの奇妙な現実世界を思い起こして俯瞰する。私の印象を騙そうとする方向性を無視するならば、少女はありふれた、黒髪おかっぱの座敷わらしみたいな女の子だったように思う。
「ねぇ主《あるじ》、この部屋、少し広すぎるんじゃない? 家賃は大丈夫なの、貧乏人のくせに」
「誰が貧乏人よ。宿代はご心配なく、諸所の事情で普通の部屋より安く借りてるから」
「そうなの? 本当、日本のホテルってよく分からないわね――」
 ぼふん、とだだっ広い空間の真ん中で座布団の山に倒れこんだ。そんなアリスが指人形に思えてくるくらい、40畳は広かった。
 ――――――この大広間だったらしい。修学旅行のクラスが宿泊したのは。
「…………怪死……ねぇ」
 あの雪娘も、生前はこの雑魚寝部屋にごく普通の生徒として紛れ込んでいたのだろう。恐らくは隅の方に、なんだか一人だけ余所余所しい感じで。
 私も、広すぎる空間で大の字になる。
「―――――――」
 そう遠くない天井を見ながら、騒がしい女子生徒たちの声を幻聴する。みてみて、窓の外がすぐスキー場なんてすごいよねー、早くスノボ借りに行かないと無くなっちゃうよー。
 そんな楽しい修学旅行が、翌日には1人の少女の死で凍りつく。どんな朝だったのだろう、その日は。ここに寝泊まりした名も知らぬ女生徒たちは、一体どんな顔して地元へ帰っていったのだろう……。
「…………沙奈ちゃんに玲奈ちゃん……」
「え――?」
「やけに私のことを気にしてたでしょう? 構って欲しそうな物欲しいような、そんな顔してあのドアから私を誘ってたの」
「………………」
「心配だったんですって。深夜にふらっと出て行って、2度と帰って来なかったらどうしようって――」
「……ああ。そういった恐怖による習慣は、意識せずとも残るものよね」
 恐怖だけが、また誰かが死ぬのではないかという不安だけが、価値観の変動という形でそこに残留し続ける。
 突然死は非常識なのだ。日常を生きる人にとって最上位の。非常識は常識を破壊し、人の価値観を歪め、そして二度と戻れなくする。
 恐怖で人を狂わせないために、人は殺しも殺されもしてはならない。
「…………コーヒー買ってくる」
「はい、いってらっしゃい」
 携帯電話を拾って部屋を出る。窓の外は、雪景色に曇り空だけど少し明るい。降雪は止んだようだった。
 階段の所で、布団を抱えた沙奈ちゃんと出くわした。この子はまたパッと子供のように顔を輝かせてくれる。
「スキー、いかがですっ?」
「ありがとう。今はいいわ、またあとで。あと私スノボ派」
「やっぱり最近はスノボのが流行りなんですかねー。やりたくなったら、いつでも言ってくださいね。可愛いスキーウェア用意しますよ」
 ぱたぱたと去っていった。私と同い年くらいだろうに、真っ直ぐな働き者で感心する。
 突き当りの窓の所でケータイを取り出し電話する。
 ……相手はりな。いくつか確認したいことがあったのだ。
 しかし、いくら待っても頼れる親友が電話に出てくれることはなかった。
『――――――ただいま、電話に出ることが出来ません――……』
 何やってるんだろう、こんな時に。あっちもあっちで忙しいってことだろうか。だからこそ前もって資料ファイルを用意してくれたのかも。
 声を聞きながら、考えをまとめて安心したかったっていうのに――。
「…………しょぼくれた顔。怖いの? 主。」
「え――」
 かつ、と硬い足音。スキーウェアにニット帽まで被ったアリスが、薄暗い廊下を背にして私を見ていた。
「怖い、ですって? 馬鹿言わないで、怖いわよ。怖いに決まってるじゃない――」
 窓から見える閑散としたスキー場、その向こうに佇む墓標のような黒焦げたビル。
 2ヶ月前の戦場。
「ねぇアリス…………死んだんですって。あのホテルで」
「ああ、学生でしょう? それも主と同い年程度」
「ううん、観光客。正確には――――――――私と、同じ。」
 かすかに、アリスが責め立てるような剣呑さを帯びる。
「“狩人”が? 負けて死んだの? さっきの雪娘に。主はそんな凶悪な事件に回された?」
「ええ。ひどい話でしょう?」
「あきれた――麗美は何を考えているの…………」
 愛想を尽かしたようにため息つかれ、ぞんざいに何かを投げつけられる。2体のぬいぐるみだった。メリィとベリィと名付けたクマ、旅行にだって手放せない私のお気に入り。
「………調整しておきなさい。意味のない思考に知恵を使ってる暇があったらね」
 強く抱きしめると、慣れ親しんだ柔らかさに少しだけ癒された。親友と姉にもらった双子。
 椿さんの手前、安心させるために格好つけてじゃいたけれど――。
「この事件、私みたいな“新人”に解決できると思う?」
 うちの総括も無茶をやらせるものだ。せめて麗美一人くらいつけてくれたってよかったのに。
 けれど、震える椿さんの細い手に誓った。逃げられはしない。ならせめてどこか、どこでもいいから安心できる要素を見出したかった。
「――――簡単よ。現世はコナン・ドイルの小説ではないもの、すべての真相を天才的に解明する必要なんて無い」
 私は弱い人間だ。アリスにまで縋ってしまっている――
「倒しなさい、主《あるじ》。屠るのよ。何を迷うこともなく、生き残り人を助けるためにすべてを賭けるの。全力ならやれる。Dust to Dust & Go to HELLよ」
 下向きの親指に苦笑する。その牙、本当吸血鬼みたいに毒々しい。けど、いまはアリスのその偉そうな口ぶりがありがたかった。
「……じゃ、私はスキーへ行くから。ちゃんと留守番してるのよ主」
 待て。
「それにしてもすきぃうぇあぁはすごいわね、厚着すれば私でさえ幼女だってごまかせるんだから。ご覧なさいな、天使のように似合ってる」
「よぅ……ぢょ……?」
「じゃあね主。ね、雪の国のアリスって素敵でしょう?」
 私は笑ったおほほほほ、本当、冗談好きな従者で困る。
「ねぇアリス、そういう設定はキライだっていつも言ってたわよね? このスキー場へ来たのは、ご主人様《わたし》の身を守るためなのよね?」
「ええ、ものは使いようって言うでしょう?」
 たんっと身軽に階段へと身を翻す。手を伸ばすが届かない。流れる金長髪、蝶のように遠くなる幻影、目に残る最高の笑顔を残して去っていった。
「あの…………ばか……っ」
 スキー目的だったらしい。



 自販機を探してロビーに降りたのだけれど、タバコしかない。浴場の方にしかないのだろうか。
 柔らかいカーペットを踏んでふらりと周囲を見回せば、今度は玲奈ちゃんを見つけた。
「あ、ちょうどよかった。自販機ってどっち?」
「はい! あ、自販機ですか!? あっちのゲームコーナーに、ものすごい数の自販機が延々と先が見えないくらいに並んでいます! では!」
「ちょ、ちょっと」
「はい! え、自販機ではなかったですか!? 自販……では自飯器、自分でご飯を炊く機械の方ですか! すいませんさっきは言い過ぎました、やっぱり先が見えないというのは嘘で大体3台くらいでした! ごめんなさい、ごめんなさい……!」
 断っておくけど、玲奈ちゃんは大人しい方の子だ。さっきは大人しかった女の子が、か細い声でものすごいテンパっていた。
 ぐるぐるお目目に両手にバケツ、ただ事ではない。
「……えっと、なに? 何かあったの? すごい慌ててるけど」
「はい、あのあの。風が強くてですね、さっきから上の階でガラスがパンパン割れてるんです。3階の廊下なんてひどい有様です」
 そうだったのか。普通に階段で通りすぎてきたけど全く気付かなかった。
「女将さんが言うには、もしかすると建物の構造に問題があったのかも知れないと。家鳴りというか軋みというか、鉄骨が温度変化で伸縮することで窓が圧迫されてうんぬんかんぬん、えと、難しいことはよくわかりません……」
「そう――――下がって。」
「え? きゃあっ!?」
 ぱん、と外から殴りつけられるように私の真横の窓が鳴った。見やると亀裂が入ってる。このガラスはもう取り替えないとダメだろう。
「だ、大丈夫ですか茜さん!? ――あ。」
 咄嗟にお客様、ではなく名前で呼ばれた。ちょっと嬉しかった。口を抑えた玲奈ちゃんに微笑んでおく。
「ええ、大丈夫よ。それにしても大変ね、建物に問題があるなんて……」
 可哀想になるくらいあたふたしてる。本当ひどい。こんなふうに、この子たちの大切な旅館を傷つけるなんて。
「ご、ごめんなさいっ。お客様にはたいへんなご迷惑を……」
「いいわよ、そんなの。それより――」
「玲奈ちゃああんっ! 女将さん呼んで、は、早くッ!」
「「え――?」」
 叫びが聞こえたと思ったら、沙奈ちゃんだった。自動ドアをくぐり、泣きそうな顔をして入ってきた。どうにも外へ出ていたらしい。
 沙奈ちゃんと、それに連れられた、椿さん――。
 その姿を見た瞬間、私は凍りついてしまった。
「…………………………え?」
 玲奈ちゃんが息を呑む。駆け寄ってタオルを差し出し、傷口を押さえる。沙奈ちゃんは駆け出す。フロントにいた人がすぐさま救急車を呼んで、女将さんも駆けてくる。
 私は呆然としていた。ただ突っ立って、椅子に座らされ玲奈ちゃんに額を押さえられる椿さんをみていた。
 白いタオルが、赤く濡れる。椿さんが怪我をしていた。青い顔して「大丈夫よ、大丈夫よ」と若い中居さんを心配させないように繰り返していたのだ。女性が顔に、額に傷を負ってしまったにも関わらず。
 ――――ひどい。
「ガラスが割れて、その破片が落ちてきてしまったの……でも大丈夫よ、ちょっと掠めただけだから……」
 大丈夫なもんか。傷跡が残ったらどうしよう。冗談じゃない。こんな、意味も理由もない事故で――。

 ――――――――ゆるせない。

「…………えらくご機嫌ね。そんなに人を怪我させるのが楽しいのかしら」
 耳を、ロビーを包み込む笑い声――私だけに聞こえる亡霊の声。視界の端に滲む暗黒色の瘴気――――呪い。
『……………………ふ、うふふ……』
 い た。
 亀裂の入った窓の向こうから、食い入るように私を見つめていた。みるみるうちに雪景色に溶けて消えていく。いつしかただの白色になってしまった。
 記憶からも抜け落ちていく――まるで初めから、そこには何もいなかったかのように。
「………………」
 ほどなくして救急車が駆けつけた。玲奈ちゃんに連れ添われ、椿さんはみんなに「ご迷惑お掛けしました」と頭を下げて乗り込んでいった。





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