とある少女の手記「郵便屋ヴァイスについて」
郵便屋ヴァイスという人物を語る上で、欠かせない事柄がいくつかある。
まず、その特異な職業。個人経営の郵便屋という、訳の分からない、まるで利益の見えない生き方を知ったとき、私はいっそ感動を覚えた。
なにそれアーティスト? いまどき、この、一歩塀の外に出れば魔物が闊歩していて一人歩きなんか決してできないこのご時世に、敢えて一人で旅するその無謀さ。
なにそれ、サバイバー? 武者修行だとしか思えない。なのに当人は間違いなく断言するのだ。自分は戦士でも兵士でもなく、手紙を届け人の心と心を繋ぐ仕事をやっているのだと。
花屋さんの隣くらいの位置付けのつもりらしい。地獄を一人旅する修羅だという自覚が足りてない。渡り行列も待たずに一人歩きだなんてプロの魔道士だって恐怖するだろう。なのにこの男、あろうことか魔法すら使えない。剣一本で旅する恐ろしい剣豪なのだ。
当人は飲食店の接客業くらい平穏なつもりであるらしいのだが。実際、そのさらりとした女の子みたいな金の長髪はエプロンとか超似合いそうだし、腕まくりしてサンドイッチとか作ってテーブルに持ってきてもらいたいくらいのイケメン様なのだが、ひとたび剣を持たせれば鬼の正体が露になるのである。
届けるのは手紙なのだが。このまえ、4歳のお嬢ちゃんが一生懸命かいたお手紙を、遥か遠くのパパのもとへ届けてたの知ってる。受けとるときは保育園、道中は人食い獣と血だらけ死闘、たどり着いたらパパにお誕生日ソングである。その晩、道中で死にかけたことも忘れたのか「ふぅ、いい仕事した」とか爽やか顔してたのでやはりこの男狂ってる。しかも道中の魔物との殺しあいで見せた容赦ない剣士の顔でなく、よんさいのおじょーちゃんからお手紙を受けとる時の保育士顔のほうが素顔だってんだからとにかく始末に終えない。
しかしながら、彼が時おり見せるその優しげな微笑は魅力的だ。数々の矛盾を思わず許しくなってしまうその保育士顔。この前、彼が石に尻尾を挟まれたトカゲを助けてあげてたのを知っている。救われたトカゲすら不思議そうに彼を見上げていたが、彼は優しげにほほえんでいた。
ともかく心だけは平和な男なのである。心だけは。
─ある少女の手記─