#羽村リョウジの1日-a day-



【11:12 AM】

「くそっどうすんだ……」
 考え込みながら冷たいコンクリの階段を上がる。実に厄《やく》い。何かの間違いで勝ち残ってしまったのは逆に誤算とも言えよう。
 どう状況を打破するにしても、俺が残るより、先生が残ったほうがいいに決まってる。
「おい。ゴミ捨て場ってどこだよ、遠いのか」
「さー」
「さー……なのです」
 頭に来る悪魔どもだ。さっきから隙あらばとっ捕まえてやろうとしているのだが、壁に埋もれるように距離を取られていてなかなか隙がない。
 そうこうしてる間に階段を上り終え、トンネルを抜ければ民家でした。至って普通の我が家である。そこで気付いた。
「……はぁ」
 アユミがいない。羽村リョウジっていう俺の安心の象徴がそばにいない。由々しき事態だ。
「どうすっかなー……」
 本当、くだらない遊びに付き合わされている。ちらりと横目に双子を窺う。
「にゅっふっふっふ」
「むっふっふっふ」
 怪しく笑んでいるが、距離を取られなかなか隙を見せやがらない。謎ゲームなんてどうでもいいがなんとかしなければいけないだろう。
「…………」
 脱落しないよう、そして怪しまれないようにゲームに乗っている振りをしながら、隙をみて取り押さえよう。
 安全を考えて、部屋に籠城する作戦はどうだ? ――だめだ、それでは一生こいつらの隙なんて突けない。となると。
「はぁ……」
 リスクは高いが、外へ出てゲームを進めるしかない。靴を履き、ドアノブに手をかけたところで双子が言ってきた。
「おいあほはむら、さっきから日記をみていないがいいのか?」
「ふふっ、おろかなのです。とんだいのちしらずなのです。ゲームはとっくにはじまっているというのに」
「え……」
 次の瞬間、玄関のドアが吹っ飛ばされ、俺はハリウッドばりの爆風に巻き込まれて紙くずのように家の中へと押し戻されるのだった。
 何が起こったのかと周囲を見回すが、爆破後につき壊滅状態、どうみたって正面きって発破されたに違いなかった。
「ふん――なによ、大したことないのね、日記所有者1st・羽村リョウジ」
「てめ、ェ……!」
 ドアを押しのけ身体を起こす。実に耳慣れた声だった。ごつ、ごつと音を立てて踏み込んでくる重い厚底、案の定、爆煙をきるように現れた姿はゴス女。
 厚底の黒革ブーツに網タイツ、そして白い布が重なりあったような、垂れ下がった切れ端に白マフラーまでセットの肩を露出したワンピース。珍しく足元以外白系で固めてきたようだった。
 変わらず、服には金掛けてるらしい。
「来てやったわよ羽村! さァ立ちなさい、日記所有者同士、騎士道精神にのっとって、遠慮なく正々堂々勝負といこうじゃない!」
「正々、堂、々……?」
 いきなり玄関を発破するのが騎士道精神なのか。しかし確かに正面突破ではある。
 鷹町美空がそこにいた。
「いくわよ、1st――ッ!」
「なぁにがファーストだコラ、あっさり乗せられやがって!」
 伸ばされる腕、それに従い特攻してくる毎度おなじみ爆破武装・無数のうさぎのぬいぐるみ共。
 俺は短刀を抜き、一体を切断して爆風を浴びながら、すぐさま地下鍛錬場のほうへと退避した。これ以上家の中を破壊されないためにだ。
「ふふふ……やってやるわ。勝ち残って“時の神”になるのはこの、私よ――!」
 ノリノリだなお前。



【11:13 AM】

「待ちなさい――!」
「ぐぅおおおおッ!」
 頭上で自室の窓ガラスが派手に砕け散るのを見ながら、俺は緊急脱出用のロープで2階から滑り降りたのだった。
 庭の芝に着地。靴がないので玄関で拾って行こう。
「この……なんつーアクロバティックな奴。やるじゃない1st」
「るせぇ! てめぇ覚えてろよ、よくもうちの家を……っ!」
 3度爆破された。ひでぇよ、これが人間のやることかよ。ともかくのんびり会話しているわけにもいかず、2回の窓から声を投げつけてくる美空を放置して破壊された玄関側へまわり、靴を拾って逃げ出した。
 近所を逃げる最中、双子が塀の上で並走しながら問うてくる。
「おい、あほはむら」
「んだよ黒幕」
「おまえ、とちゅうで未来をかきかえたなのです。なぜ地下へにげなかったなのですか?」
 んなことは決まっている。
「よく考えると、地下は袋小路だ。美空の武器が武器なんで、行き止まりに逃げ込んだらジ・エンドと踏んだのさ」
「ほほぅ」
「さすがに俺も学習したんでね。未来的日記を見てみたが、案の定デッドエンドフラグが立ってた。ま、間一髪で書き換えたわけだが」
 しかしその次もやばかった。最初は、どこかの部屋に隠れ潜んでやり過ごそうとしたのだが――
「……なぁ。もし、俺が別の部屋に逃げ込んで息を潜めてたらどうなってたと思う?」
「きまってる。あいつが未来的日記でおまえのかくれている部屋をわりだし、げーむおーばー」
「おしいところだったなのです。あほめ、いきのこることにかけてはゴキブリなのです」
 ほっとけ。しかしそうか、相手もこの摩訶不思議な未来的日記を所有しているんだから、通常の考え方じゃうまくいかないらしい。
「……面倒だな。んでもって厄介だ、つーか美空のウサギ連弾が、あれだけでも単純に手強いんだよ」
 鷹町美空が保有する呪い、“ウサギ連弾”。何もない空間から愛らしいウサギのぬいぐるみを生み出し、相手に特攻させて自爆するというかなり特殊で奇怪な攻撃手段だ。
 ウサギ自体の動作速度は大したことがないものの、美空のやつ、必要とあらば手ずからぬいぐるみを投げつけてきやがる。そして無数。弾数制限に関しては聞いた覚えがないが、俺の知る限り“連弾”どころか上級技の“ウサギ軍弾”を見た記憶がある。
 近距離こそ自爆の危険性があるため不得手だが、中距離・遠距離を完全支配できて、間合いを近づけさせなければそのまま完封勝利できる。参った、実に厄介な、典型的な飛び道具使いの特性と自由自在な変化を兼ね備えている。
「……前から思ってたんだが、あいつってどう見ても前線に立つべき適性だよな。なんで裏方なんぞやってんだ」
「ふっふっふ。どうした、ぎぶあっぷか?」
「にゅっふっふっふ。わるいこといわん、あきらめろなのです。とっととケータイ折りやが――うきゃあッ!?」
 小うるさい碧に靴を投げつけてやった。そんな辺りで運命の分かれ道に差し掛かったので足を止める。目の前には直立して2つの顔で見下ろしてくるオレンジの異形、カーブミラー。
 ――T字路だ。
「さてどっちへ行くか…………いや、右だな。」
 11:18 AM T字路を左に曲がって美空宅へ逃げ込む。DEAD END



【11:37 AM】

 しんと寝静まった割れそうな静謐――まだ昼前だというのに、ここは薄暗い。
 錆びた鉄の表面のような、砂埃だらけの廃工場だった。寄り添うように工場の真ん中で向き合った5つのパイプ椅子。この広い敷地内のある場所に息を潜めて、俺は襲撃者を待ち構えていた。
 ごつ、ごつ――
 予定時間ぴったりに、外の日光を背にしたゴス女の影が廃工場内に差し込む。未来的日記の予言通りだ。
「――馬鹿ね、羽村。この日記がある以上、どこに逃げ込んだって私からは逃げ切れやしないっていうのに……」
 あいつも、未来的日記を頼りに俺の居場所を見つけたのだろう。双方、ここまで予定通り。
「隠れているの? ふん――姑息ね。」
 じっと息をひそめて待つ。ごつ、美空がついに工場に足を踏み入れた。ここからが勝負だ。
 無音のまま張り詰めていく空気、息を殺す俺は喉を嚥下させながら強く短刀を握り締める。
 余裕の表情でぐるりと廃工場を見回す美空……もう勝ったつもりでいるのだろうが、誘い込まれたのはお前の方だってことを理解させてやる――!
「はぁ……ダメね、全っっ然ダメ」
 何――?
 あきれたような美空の態度に、俺は奇襲のタイミングを見失う。
「さすが、縁条市生粋の無能サマはお話にならないわ。おばかさんにもほどがある。ねぇ、どこかに隠れて奇襲のつもりなんでしょうけど――」
 そう言って美空の手が掲げたのは携帯電話だった。
 嘘だ。
 まさか。
「ふふっ、さあ観念なさい! この日記さえ見れば、あんたがどこから奇襲してくるかなんてつるっとまるっとお見通しなんだから!」
 高らかに声を響かせて、美空が余裕の動作で折りたたみ式の携帯を開ける。ご丁寧にホーム画面ではなく、すぐに見れるよう日記画面で待機していた。
 怖ろしい展開に鼓動が痛いほど強まる。ノイズ音――いまこの瞬間に日記が書き変わり、美空に俺の居場所を教える――!
「あーっはっはっは! これでデッドエンドねぇ、所有者1st・羽村リョウジぃいいい!」
 ――が、その時。
「……え? あれ? ちょ、こんな時に」
 軽快な着うたが廃工場に虚しく響き渡る。日記を開いていたはずの携帯は強制的に着信画面に変えられ、早く出ろ、早く出ろと自己主張する。
 思わぬ事態にわたわたと携帯を取り落としそうにさえなる美空、その頭上・背後側から奇襲をかけ、あっさり転ばせることに成功したのだった。
「ぐぇッ!?」
 女にあるまじきアヒルのような醜い声、だが無理もない。美空は床に崩れたまま脳震盪を起こして動けなくなり、カラカラと転がった着信中の携帯電話は俺が拾い上げる。
 くらくらしてる美空に見せつけるよう、俺は自分の携帯を取り出してみせた。
 その画面は無論――――発信中。
「た、謀ったわね羽村ぁああ……!」
「ご明察。ま、日記《こんなもん》にばかり頼ってちゃ、勝てる戦いも勝てなくなっちまうわな」
「ぐぬぬ……」
 変わらず床にへばりついたまま立ち上がれないでいる美空。こいつの敗因はただひとつ、あんまりにも未来的日記を使いこなし過ぎていたことだろう。
 発信終了。ノイズが鳴って、お互いの携帯内の未来が書き換わる。試しに美空のケータイの方を覗いてみた。

 11:31 AM 羽村にケータイを折られる。DEAD END

 予定調和だろう。
「じゃ――お別れだな、美空」
「あ、待……やめてっ! ケータイはだめ、壊さないでぇ!」
 いわゆる逆パカの構えで、みしみしみしと力を込めていく。メールが消えるぅだのアドレス帳がぁだの騒がしい女。
「そりゃま、俺だって出来ればこんなことしたかないが」
「ばっ、やめ……本当やめてってば、バカ羽村ぁッ!」
 往生際の悪いやつ――この期に及んで脱落を渋るとは。
 しかし無慈悲にも、ばきりと鳴ってあっさり壊れた。大したことない。携帯電話の耐久性なんてこんなものかとため息した。
「さ、終わったぞ。まぁ全部片付いてから、新しい機種でも買ってくれ」
 無惨に逆方向に曲がった携帯を返してやる。そこで気付いた。俺、固まった。
「ぐず…………ばかぁ……私の、だいじなだいじな保護メールぅ……」
 さっきからうるさいと思ったら、こいつマジ泣きしていやがった。やばい。まずい。残骸を抱きしめて本当に泣いている。
 子供のように声を上げて泣きはらす美空を、ケータイから噴出したブラックホールが飲み込み、無抵抗なまま連れていってしまった。最後の一瞬、美空がごしごしと目をこすっていたのがなんだか侘しかった。
「………………え……あれ……?」
 なんだよこれ。おいなんだよこれ。
「なんか……すげー悪いことした気分……」
 愕然と一人取り残された俺に、けらけらけらと双子悪霊が声を上げた。



【12:01 PM】

 暗澹としたものを纏って道を行く。左右をブロック塀で挟まれた住宅地。すれ違う他人など目に入らない。
「……おい、あほ。なにをぼぅっとしていやがる」
「おい、きいてるなのですか。そのまま車にはねられて死にやがるなのですか」
 変わらず塀の上から見下ろしてくる双子。知らない。
 ただただ俺の脳裏には、いつまでも美空の最後が映しだされていた。泣き腫らしながら壊れた携帯電話を抱きしめるゴス子。誰だ? 一体、どこの誰があいつをイジメたんだ――?
「「ひぅっ!?」」
 ずがん、と俺の拳が塀を鳴らす。迷いを断ち切れ。どのみち美空は襲いかかってきた側――迎え撃つ俺に選択肢などなかった。それに、昨日のアニメで言っていた。『討っていいのは討たれる覚悟のある奴だけだ』。
「……おい。このゲームはどうすれば終わるんだ」
「ふ、ふんっ。ようやくやる気になったか」
「おせぇのですむのー。しかし、分かりきったことなのです。むろん、未来的日記しょゆうしゃのさいごの一人になるまでゲームは続くなのです」
「…………」
 要は、サバイバルだったわけか。なるほど、目の前に現れる奴らを一人残らずぶっ倒していけばいい。
 武力専門の狩人向きだ――俺はガシンと拳を衝突させ、来たるべき敵のシルエットを浮かべた。
 どんな強敵だろう。誰だろうと構わない、鬼のような拳が降り注いでこようとも、俺は磨きぬいた技と知略で屈強な強者を叩き伏せよう。
「…………いいぜ、望み通り勝ち残ってやる。覚悟しとくんだなこのクソ双子」
「だまれむのー、ちょうしにのるなっ。おまえなんかすぐだつらくだ」
「ふふん、むだむだなのです。なんのとりえもねーむのーごとき、ばっこり折られてゲームオーバーなのです」
「るせぇ! 俺は負けねぇ! ああ、どんな怖ろしい敵だろうとぶっ倒して――む。」
 俺の闘志に応えるかのように、携帯電話がノイズ音を発した。
「へ、来やがったか」
 未来が変わるのだ。俺はすぐさま携帯電話を開いて操作。

12:03 PM 四叉路で敵と遭遇。

 四叉路? 四叉路だって? それは俺がいまこの瞬間立っている場所のことか。時刻も、もう間もなく指定と噛み合う。
「いいぜいいだろうやってやる。どっからだ、掛かって来い――!」
 拳を叩き鳴らしワンツーステップ、ファイティングポーズで4方向ぜんぶを警戒。
 かつ――
 果たして、背後から、待ちに待った恐ろしい敵が姿を表すのだった。
「そこかぁぁああッ!」
 勢い良く振り返って戦闘開始。さあ血で血を洗う拳の死闘――かと思いきや。
「――あっ、羽兄?」
 ………………その、あまりに可憐な天使様のお姿に、俺は石化した。
「へ?」
 この世のどんな彫像よりも愛らしく造形された容姿――奇跡のような美しさと、あどけない純朴さを兼ね備えて相乗効果している。触れれば溶けてしまいそう――そう感じさせる眩しさが、少女の形をして俺の前に立っている。
 なんて儚い、折れてしまいそうな細い肩。
 流れる長い髪も流れる天女のショールも、瞬きのたびに、俺を夢の世界へ誘ってしまおうとする。
 天使。それ以外に形容する言葉が浮かばない、
「奇遇だね。今日はアユ姉は一緒じゃないの? ――って、どうかした? そんな、石みたいに固まっちゃって」
 宝生優奈ちゃんだった。
 そのへんで俺はぶっつりと思考回路が断線してしまった。いっそ荘厳なほどに可憐な少女は、これまた一息ふきかけるだけで人を殺せそうなほど儚い声で、疑問符を表現した。
 目を点にしてキョトンとしてる。
「羽兄? あの、聞いてる?」
「あ………………………………………………………………れ……?」
 宝生優奈ちゃんである。
 俺は再度、携帯電話を開いて間違いがないか確認する。

12:03 PM 四叉路で敵と遭遇。

 間違いなく四叉路、間違いなく12時3分、間違いなくここで遭遇である。しかし目の前に立っている相手がおかしい。
「?」
 ぽややんしているユウナ=マジ=エンジェル、いつものように天使さんである。どこも変わりない。
 こいつが未来的日記の所有者で、敵?
 だが待って欲しい。相手は、携帯電話など持ち得るはずのない――
「あっ。そうそう聞いて羽兄、実はねぇ」
 えへへ、なんて自慢するようにポケットを漁る優奈。そういえば、こいつ、こんな素直で人懐っこい性格だっけ。どう見たって異様なまでのゴキゲン状態なのではなかろうか。
 そんな違和感も、1秒後に氷解するのだが。
「ほらっ。見て見て、実は神社の双子にね、携帯電話もらっちゃったんだー。すごいでしょ?」
「…………」
「でも、最近のケータイってすごいんだねぇ。なんかヘンな日記機能がついててね、なんと私の未来を軽く予知してくれるんだよ! 本当すごいよねー、一体どういう仕組なんだろうね?」
 ――なんて、あどけない表情で頬を染めてまで喜んでいる天使さん。把握した。こいつ『未来予知』って事象に抵抗がないんだ。
 そろりそろり、なんて口で言いながら逃げてくチビ共なわけですが、あとであの双子まじシメよう。今は亡きネバーランドの王もそう言っている。
「あっそうだ! ねぇ、羽兄もアドレスとか教えて……けほっ、こほこほ。なんでもない。なんでもない、ちょ、ちょっとした気の迷い」
「…………」
「い、いらないっ! いきなり男の人のメールアドレスを聞くなんて、わ、私そんな、ナンパなデリカシーのない子じゃないんだからっ!」
「…………」
「で、でもでも、羽兄がどうしてもって言うのなら……その、私、アドレス教えてあげてもいい、よ?」
「…………」
「かっ、勘違いしないでよね! 本当、本当仕方なくなんだからね? だってその……うぅ、私、大人ってまだちょっと苦手だし……」
「…………」
 拝啓、鷹町美空さんへ。頼む代わってくれ。
「あー………………えーと、な、優奈。」
「え? なぁに、羽兄っ」
 花が舞う。印象の話ですが。
 その眩しさに挫けそうな羽兄は、ワールドカップでPK戦に失敗したサッカー選手のように天を仰いで劇画調で顔を覆ってみた。
 オーマイゴッド。
 戦闘フラグは既に立ってる。俺は、無慈悲に理不尽に絶望的に、目の前のキラキラしてるいきものから鬼のようにケータイ奪いとって目の前で踏んづけにゃならぬえ。
 地獄か。
「でね、あのね、ここをこうやって押すとなんと! テレビまで見れちゃうんだよー! あとあと、デコメ機能とか可愛くてすごくお気に入り。あのね、えっとね、誕生日とかには……うん、羽兄にも、『お誕生日おめでとう』って、いっぱい絵文字つけて送ってあげるねっ」
「あ、そう……ありがとうな……へへ、ああ、嬉しいようん……」
 2分後、優奈の背後から、住宅地にも関わらず8tトラックが突っ込んできて、危うく二人揃ってミンチになるところだった。
 このままでは先が見えていると決断、俺は困惑する無防備な少女の背中を見ながら心を鬼にした。

 めきり。



【12:29 PM】

 泣いてた超涙目だった。ある日いきなり暴力を振るい始めたDV親を見るような顔をして縋りつかれた。
 確実に天使の心は深く傷ついた。俺の心も千々に引き裂かれて砕け散った。
「ぐ……ぅ、おおお……」
 枯れ老人のように、長い枝を杖代わりにして進む。忌まわしい自分の手を見下ろす。罪深い。実に罪深くて救いようがない、いけない手だ。
 照りつける砂漠のような日差しの下、俺は気が付けば駅前の広場にいた。人だかりに埋もれて彷徨っていた。プルプルと枯れ老人のように、白目むいたままベンチに腰を下ろして活動停止した。
 もう、一歩も動けません。
「………………」
 悄然と灰になって項垂れる。目の前を子供連れが行き、ハナタレ小学生が色素のない俺を指さしてママに窘められていた。
 ――閑散とした宮代駅前の情景。街灯に紛れ込むように直立していた時計の針が12時半ジャストを示す。ちょうど電車が到着したばかりらしく、大通りと同じくらいに人が行き交っていた。それでも閑散としているのだから、所詮は縁条市ってところだろう。
 俺は何をやっているのだろう……。
 しばらくそのまま魚類の目をして駅前広場を観察していたのだが、不意にぐぅーと腹が鳴って、結局朝から何も食べていないことに気付いた。
 ゾンビのようにベンチから立ち上がり、手早くマクドナルドでテイクアウトしてきてもっさり摂取することにした。グランドキャニオンバーガーうめぇ。涙が出そうなくらいに暖かい。
 ジャンクフードの枠を破壊してしまいそうなほどの肉感を完食し、薄いコーラで流し込めば少しだけ清涼な気分になれた。腹も膨れた。また再び、俺はベンチでぼぅっとするリストラサラリーマンと化す。
 ノイズが鳴って何事かと携帯を開けば、日記所有者4thの雨宮銀一が脱落したという内容だった。倒したのは――
「………………」
 気がつけば一人ぼっちだった。
 俺は、人と人とを繋ぐはずの機器を手にして、一体何をやっている――?
 師匠をゴミ捨て場に飛ばし。
 美空の携帯を逆パカして、大切な保護メールが消えてしまうと泣かせて。
 優奈にも本当に悪いことをした。せっかく携帯電話をゲットして、「誕生日にはいっぱい絵文字つけておめでとうって送るね!」――なんて涙が出そうなことを言ってくれたのに、その携帯電話を奪って踏みつけ破壊したのだ。
 優奈は俺を見て怯えていた。せっかく得られていたのかも知れない信用をゼロに返した。
「グゥゥオオオ……!」
 中学時代のポエムノートを掘り返した時のような、得も言われ得ぬ苦さが胸に渦巻く。掻きむしっても消えない。頭を抱えても、俺から離れていく背中たちの幻影が消えない。
 みんな、冷めた目で俺を見捨てて去っていく。あなた最低よ――。そんな幻聴が聞こえて、駅前を通り過ぎる全員が俺を嘲っているような気がしてくる。
 みんなみんな俺を見て嫌悪している。
 もういやだ、消えたい。俺を見るな。ああその通りさ、俺は、俺はどうしようもない“クソ野郎”なんだ……。
「…………こんなものが……あるから」
 右手に握りしめた携帯電話がひどく忌まわしかった。未来的日記のみならず、きっと携帯電話って存在が逆に人を孤独にしてるケースってあると思う。
 ――そう。携帯電話っていう存在は、人と人との距離を縮めるすごい発明だ。でも、近すぎる、ってことが逆に軋轢を生む場面はいっぱいあるよな?
「………………」
 またノイズが鳴って日記を読めば、あっちの中古CD屋で気になっていた名盤を見つける未来があるらしい。本来なら駆けずり回った果てに見つけられず、忘れた頃に偶然中古屋で出会って歓喜するはずだった過程。そんなものをすっ飛ばして結果だけがここに書かれている。
 ――気乗りしない。そのままぼぅっとしていると、また未来が書き換わってさっきの可能性は消滅した。ついでにいまから5秒後にメールが入るって未来と、何故だか明日の競馬の当たり馬券が示される。
「ん――」
 時間きっかりにメールが入ったので、携帯を操作してメールボックスを開く。誰だろうこんな時に。
「のう少年、どの馬がすきじゃ?」
 いつの間にか隣で新聞紙を広げていた老眼鏡のじいさんが言った。競馬らしい。ハンチング帽が印象的だった。
 不意に前方を見れば、向かいのベンチにカップルがいた。ガングロさんとチャラ男。いまどきガングロ? なにやら、チャラ男が一生懸命ガングロ彼女の気を引こうとしているのに、ガングロはケータイでメール打ってばかり。チャラ男は若干あきれ気味だ。
 人と人とを繋ぐ機械が、目の前の相手にだけはご利益がないっていう不思議。
「…………8-12-3、っすよ。サクラって名前に入ってるのが好きなんで」
 気怠く笑って立ち上がると、じいさんは上機嫌で「大穴狙いか」と口の端を吊り上げていた。
 大穴もクソも、日記に書いてあったんだけどな。
「さて……おい、クソ双子。いるんだろ」
「なんだくそあほ」
「えらそうによびつけるななのです、このむのー」
 どこからともなく左右に現れる。俺はさっきのメールを確認しながら不機嫌そうな双子に投げた。
「サバイバルなんだろ? 未来的日記の所有者、残り何人なんだ」
「ふんっ、ざんねんだがもう2人だけだ。おまえをふくめてな」
「ちっ、うぜーのです。とっととだつらくしやがれなのです、このむのー」
「…………」
 行くか。

 from 高瀬アユミ
 件名 
 本文 西通りで待ってます。