エヴリデイ

「……あの、あなた、誰ですか?」
 そう言って少女が困惑していた。慣れたもので、嫌な顔ひとつせず笑顔を作ることが出来る自分に辟易した。
「やあ、こんにちは。僕は大したものではないよ。ただの、キミの、友達さ」
「そうですか……」
 そういって病床の少女は祈るように手を組んでいる。警戒されているのだろうか、無理もない。
「ごめんなさい、覚えていなくて……」
「ああ、いいよ。記憶喪失なんだってことは理解している」
「……でも、」
「え?」
 こちらを見上げる少女の目には、憧憬のような淋しさのような感情が浮かんでいた。
 きっともどかしいのだろう――気持ちは、痛いほどよく分かる。
 少女は悲しそうに、しかしほんの少しだけ嬉しそうに言った。
「なんとなく――分かるような気がします。ええ、あなたの顔と声、なんだか懐かしい……」
 また祈るように目を伏せる。それはきっと体が覚えている感覚なのだ。彼女が敬虔なクリスチャンだったことは、彼女自身は記憶していない。
「見舞いの花はここに……さて、すまないが今日は時間がおしていてね。すぐに帰らないといけない」
「そうなんですか? あの、もしよろしければ、私が記憶を失う前の話を……」
「ああ、明日また来るよ。いまはひとまず心を落ち着けて、気持ちを整理するといい。キミにとっても小さな事ではないのだからね」
「そう……ですか…………」
 しゅんと落ち込んでいる。我ながら冷血だと思い直し、病室のドアを開けたところで振り返ってやることにした。
「明日来るよ。だからそんな悲しそうな顔をしないでくれ。な?」
 少女が顔を輝かせる。ああ、それだけでいろんな思いが本当に報われる。
「――はい。お待ちしていますね」
 後ろ髪引かれる思いだったが、童女のように手を振る彼女に見送られて病室を後にした。
 自分の薬指に嵌められた少しサイズの小さなリングがいつも通り痛みを発していた。

 翌日、自分はまた少女の病室を訪れた。顔を合わせるなり少女はこんな台詞を口にしたのだった。
「……あの、あなた、誰ですか?」
 そう言って少女が困惑していた。慣れたもので、嫌な顔ひとつせず笑顔を作ることが出来る自分に辟易した。