暇潰しの夜

 

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#「TorT」
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「先輩、今日が何の日か知ってます?」
「知らない」
「…………」
 灰崎が言ってきたので、僕は即座に切り捨てた。
 灰崎は何故かゴスパンクな格好をしていた。
「……先輩、今日が何の日か知ってます?」
「知らないってば」
「…………」
 ゴス灰崎は不満そうに僕を睨みつける。
 丈の短いスカート。黒と赤の色彩がまるでヴィジュアル系バンドの1員。片目に眼帯ま
でして、髪の一房を白く染め、いつもの十字架ピアスも輝いて見えた。
「……先輩、」
「知らない」
「そうやって毅然と知らないフリするのは何故なんです?」
「…………」
 今度は僕が黙り込む番だった。
 ベッドに寝転がってジャンプ今週号と睨み合いながら、理由を捏造して、口にした。
「そこにハロウィンがあるから」
「知ってるんじゃないですかっ!」
「知らない! 僕はそんなコスプレイベントは知らないんだってば!」
 がばっと起き上がって睨み合う。
 自室を満たす殺気と障気。
「むぅううう……」
「ぬぅううう……」
 ゴス灰崎。
 何故知らないフリをするかって?
 決まってる。イヤな予感しかしないからだ。こいつの、灰崎の考える楽しい遊びなんて
僕の死に直結するか僕の命に関わるかの2択なんだから。
 ゴス灰崎は気を取り直し、持っていたバスケットを掲げ、愛らしくウィンクしながら言
ってきた。
「拷問《トリック》・オア・死刑《トリート》?」
「うわぁ」
「トリート推奨です、激しくトリート敢行しますっ! やっておしまいなさい!」
「はぐっ!?」
 暗殺の気配を感じてベッドから飛び退く。ずがしゅっ
「…………」
 えげつない音を立てて、僕の枕に鎌を突き立てた人がいた。
 髑髏の仮面をかぶった死神が、くけけけけと頭に響く声で囁いた。
「……えーと。灰崎、この悪役さんは誰?」
「スペシャルゲストですね。昨日道端で襲われたので、返り討ちにしちゃいました」
 その人は、灰色コートに身を包んだ、あからさまにあからさまな人だった。
「お詫びに1日だけ私の言うこと聞いてくれるそうです。けっこう紳士ですよね。お名前
は、鎌男爵さんというそうですよ」
 うへぇ。悪霊どもめ。
「ぬふふふふふふ」
『くけけけけけけけ』
「う……」
 怨霊たちが、邪悪な殺意を僕に向ける。鎌男爵さん手下の割にノリノリである。
 灰崎は素敵な笑顔で言ってくる。
「先輩、ハロウィンですよハロウィン。一緒にコスプレしましょうよ。首無し死体に扮装
とかマジナウいと思います」
「余るパーツは切り落とすんでしょ? 死ぬから。数分かけて死に至るから」
 にじりにじりと寄ってくる悪霊たち。
 見付からないように、僕はポケットの中でそれを操作していた。
 ぴぽぱ。よし、繋がった。
「「きしゃー!」」
「“助けてメリィちゃん”、行き先はマツタケ山っ!」
『はいはい』
 電話越しの呆れ声。瞬間移動屋さんである。
 ぶん、とゴス灰崎&鎌男爵が消え失せる。跡形もなく。
「…………」
 沈黙のマイルーム。残されたのは僕1人。
 やっと静かになったか。
 よし、これでゆっくりジャンプが読める。
「……でも意外と似合ってたね」
 ゴスパンク灰崎。
 ばいばいハロウィン、ばいばいホラー。
「……トリック・オア・トリート?」
「え──!?」
 鈴の声に振り返る。
 僕の部屋に。
 ゴスパンク灰崎が、バスケット片手に立っていた。
「ちょ、灰崎!? もう戻ってきたの!?」
「……トリック・オア・トリート?」
 灰崎は静かに繰り返した。
 僕が聞いたこともないような、儚い声で。
「……?」
 気のせいだろうか。瞳の色が青っぽいような。それに、なんだか身に纏う空気も違う気
がする。
「あれ……灰崎、だよね?」
「……トリック・オア・トリート?」
 3度、唇が繰り返した。
 なんとなく気圧されて普通に返してしまう。
「え……じゃあ、トリート」
 言うや否や、少女は儚い微笑を浮かべて何かを手渡してきた。
 冷たい右手がすり抜ける。
 そしてすぅううと消えていく。
「灰崎? どこ行くの?」
「…………」
 答えはなかった。
 またしても1人取り残される僕。
 沈黙のマイルーム。
 右手に残された、手作りらしいミルクキャンディ。
「……あれ……灰崎、いま十字架ピアスしてなかったような」
 様子がおかしかったゴス灰崎。
 部屋に残された冷たい香り。
 あれですかね。
 もしかして、実は灰崎ヒカリに扮装した妖精さんだったとかそんなんですかね。
「……いや、ないない。ありえない」
 バカな考えを振り払いながら、僕はジャンプのページを捲る。
 月も冴えるハロウィンの夜。
 枕元で、誰かにもらったミルクキャンディが沈黙していた。
 



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